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進化する翼レグナ  作者: 影絵企鵝
七章 忠義
14/35

前編

 緑の茂る山に囲まれ、麦色の畑が広がる片田舎。そんな景色の中にぽつんと立つ一軒家。その縁側に敷かれた毛布の上に、あるシェパードがいた。

 その犬は横ざまに倒れ、苦しげに全身で息をしている。その焦げ茶の体毛はところどころ禿げ上がり、皮膚は赤く腫れ上がっている。瞳は白く濁り、側で身体を撫でている老婆の顔もわからない。耳も全く遠くなり、老婆のかける言葉も聞こえない。

 ただ、労るような手の感触を感じたのか、微かに尻尾を振り、そのシェパードは静かに目を閉じた。老婆は静かに涙をこぼし、その横で見つめていた壮年の女性もその顔を歪めて俯く。

「……ミハエル……」

 月明かりの下、犬の亡骸を囲んで人々が泣く光景を、藪の隙からローブを纏った人物が見つめていた。その口元は大きく歪み、歯を剥き出しにしている。

「フフ。ハハハ。これは、素晴らしい逸材だ……」

 ローブの男は、ゆっくりと黒い手を伸ばし、死んだシェパードに向かって差し向けるのだった。


「はっ!」

 レグナに変身した典史が、仰々しい機械に取り付けられたサンドバッグを正拳で殴る。数秒の沈黙の後、笹倉のモニターの前に『500』の文字が表示される。

「ふむふむ。パンチ力は五百キロ……助走を付けてないから、実戦ならそれ以上の破壊力がありそうだね……じゃ、次はキックしてみてよ」

「どんな風にですか? 蹴り方で威力なんて簡単に変わってしまいますよ」

 典史がちらりと笹倉の方を見る。すると、彼は何やら手元のキーボードを操作する。すると、縦になっていたサンドバッグがいきなり横向きになり、足元まで降りてきた。

「助走なし、全身の捻りは加えず、単純に足の前後動作のみでオーダーだ」

「了解です」

 典史は頷くと、言われた通りに右足でサンドバッグを蹴る。戦いもしないのにレグナに変身するのは変な気分だったが、典史はともかく笹倉の熱意に応えようとしていた。

 そんな様子を遠巻きに見つめながら、衛士は深々と溜め息を付いた。そして携帯をこっそり取り出し、その待ち受け画面を見ては表情を険しくする。横にいた冴子はそんな衛士の様子が気になり、こっそりと携帯の画面を覗きこむ。そして画面の犬を見た途端、冴子は思わず真っ青になって飛び退いてしまった。

「いっ、犬!」

 その声があまりに大きく、衛士は勿論、笹倉や隣の部屋の典史さえ冴子の方を振り返った。いきなり悲鳴を浴びせられた衛士は、しかめっ面で冴子を睨む。

「人の携帯を覗いておいて何だ」

「だ、だって、犬、犬が……大きな犬が犬が……」

 冴子はすっかり気が動転し、蒼白な顔でぶるぶる震えていた。いくら衛士といえども冴子の怯え様は気の毒になり、若干声のトーンを丸くして話しかけた。

「な、何だ? そんなに犬が駄目なのか」

「だめ、だめ、だめ!」

 冴子は頭を抱えながら首を振る。そして何度か深呼吸し、どうにかこうにか自身を落ち着かせた。冴子は血相の悪い顔で何とか笑みを繕い、ふらふらと立ち上がった。

「携帯を覗いたのは謝ります。私、昔大きな犬に酷く噛まれちゃって……チワワとかミニチュアなんちゃらとかならそこそこ大丈夫なんですけど……シェパードとかは、もう無理で……」

 そう言いながら、冴子はもう一度身震いした。衛士は溜め息をつくと、目を彼女から逸らしながら小さく呟いた。

「そう怖がってやるな。もうミハエルは死んじまったし……」

「え?」

 冴子が衛士の呟きに首を傾げたその時、典史が計測室から飛び出してきた。彼はレグナの姿のままで叫ぶ。

「また出た! 俺は先に行ってるからな!」

「あ、おい! 待て!」

『応答せよ、武藤』

 衛士のポケットに入っていた無線から署長の声が響く。弾かれたように衛士はその無線を手に取った。

「はい。こちら武藤です」

『南区と中央区の境付近に未確認生物が出現した。すぐに駆除へ向かってくれ』

「了解! ……笹倉教授!」

「わかった。ロックを解除するよ」

 衛士は計測室へと入り、隊服の上着を脱ぐ。開いた壁の奥から、Dアルファのプロテクターとスーツが現れる。衛士は素早く運動補助スーツを身にまとい、プロテクターの前に立つ。

「装着!」

 Dアルファの装甲が青く光り、一気に開いて衛士の身を固めた。横のスタンドに置かれているマスクを取って口元を覆い、最後にヘルメットを手に取り、一気に被る。

「武藤衛士、出場します!」

 拳を握り締めて動作を確認すると、衛士は一直線に部屋を飛び出した。

「くれぐれも気をつけて! 今日からは私も協力するよ!」

 その背中に笹倉は激励を投げかけ、急いでキーボードを叩き始めた。すると計測室と操作室を仕切るガラスがモニターへと変わり、流れ行く町並みが映し出される。にわかに活気づいた笹倉の様子を見つめながら、冴子は静かに目を閉じた。

「頑張って。典史」


 その頃、大型スーパーの中で獣は暴れていた。四つん這いで普段の獣よりもさらに獣じみているそれは、血走った目で辺りを見渡し、人々を追い散らしながらペット用品を扱うコーナーへ突っ込む。そして餌の袋を爪で破き、溢れてきたドッグフードの粒を直接床に顔を付けて食べた。その異様な光景に、人々は自分たちに目を付けられないうちにと脱兎の如く逃げ出していった。

 一通り食い荒らすと、鼻を持ち上げて匂いを嗅ぎ、獣は涎を垂らしながら食肉コーナーへ飛び出した。無人となったその空間で、獣はボローニャソーセージを見つけ、それに飛びついた。ビニールを引き裂き、中のソーセージを獣は貪る。獣は至福な表情を浮かべ、さらにまた一つ、もう一つと手をつけていく。

「やめろ!」

 そこへいきなり典史が割り込んだ。獣の首根っこを掴み、陳列棚から引き離す。獣はその弾みで頭を打って呻いた。典史は舌打ちしながら拳骨を固く握る。

「ったく。手癖の悪い獣だよ。……まあ、怪我人いない分、他に比べりゃ可愛いもんだけどな」

 そう言うと、立ち上がった獣の頭目掛けて拳骨を炸裂させた。獣は悲鳴を上げて跳び上がり、いきなり逃げ始めた。典史は逃がすまいと駆け出し、菓子の陳列棚の間を走る。しかし、そんな彼へいきなり菓子の滝が襲いかかった。

「うう……ってまだ来る!」

 続いて彼の頭に壊れた陳列棚が襲いかかった。典史は慌てて菓子の山から抜け出し棚を押し返すが、結局獣の事を見失ってしまった。

「やってくれたな……ちくしょう」


 一方、外では一歩遅れて出場した衛士がスーパーへ乗り込もうとしていた。それが獣の方から突っ込んで来たお陰で、衛士は思わず面食らってしまった。銃を構える間も無く、衛士は体当たりで突き飛ばされ、横ざまに倒されてしまう。

「くそっ」

衛士は受け身を取って起き上がると、逃げる獣へ向かって数発の銃弾を撃ち込む。しかし一目散に逃げて行く獣には当たらない。衛士は素早くバイクに乗り込み、サイレンを鳴らして獣を追いかける。

 駐車場を抜け、道路の遥か向こうに獣の姿を捉え、追いかけようとする。しかし、獣を見て恐慌した人々が混乱してしまい、避難しようと歩道も車道も構わず走っていた。これをかわしながらでは追いかけるものも追いかけられず、結局獣はビルの狭間へと消えてしまった。

「むぅ……」

 バイクを止め、衛士は顔をしかめて唸った。通信ラインの向こうでは、笹倉も物惜しそうな声を上げている。

『参ったね。これは』

「市民を責めることはできないでしょう。あれを怖いと思うのは自然のことです」

『君の言う通りだ。署長から帰投、待機命令が出た。戻ってきてくれ』

「了解しました。……一応奴にも言っておきます」

『それがいいだろうね。これから君と神原君の協力は不可欠になるはずだから。積極的に関係を構築してくれ』

「……了解。通信切りますよ」

 衛士はヘッドホン状のパーツを回してラインを切る。途端に彼は舌打ちした。余程典史のことが気に入らない様子である。しかし、言い出したのは彼自身だ。重苦しくバイクを反転させ、彼はスーパーへとバイクを走らせた。


 ぽつぽつと人が戻り始め、見分のために警察官もやって来る中で、典史は変身を解いて精肉コーナーの前に立ち尽くしていた。顎に手を当て、考えこむような仕草をしている。

「おい」

 そこへヘルメットを取った衛士が現れ、突っかかるような口調で典史に声をかけた。典史は一瞬不機嫌な顔をしたが、すぐに取り繕った。

「武藤か。一体どうしたんだ?」

「俺に待機命令が出た。お前も戻れと伝えに来た」

「へえ。そりゃ親切にどーも」

 典史は気の入らない返事をすると、再び視線を食い散らかされたソーセージに戻した。衛士もその視線を辿って獣が荒らした跡を見つめ、そしてはっとなった。

「ミハエル……」

「あ? なんか言った?」

「どうもしない」

 衛士は押し殺した声で典史の質問をかわすと、典史を放って歩き出した。典史はその背中に慌ててついていく。その途中で散らかったドッグフードに気が付き、典史は指差した。

「あれも獣がやったんだ」

「フン」

 衛士は気にも留めないという態度で答えたが、そのドッグフードの粒を見た途端、衛士は飛び付くようにしてペットコーナーに近寄った。そして、破れた袋を思わず見つめる。改めて見直すと、思わず後悔してしまう安さのドックフード。隣やそのまた隣の高級品には目もくれず、獣はそれを口にしたのだ。

「まさか。そんなわけはない……」

「おい、どうしたんだ。さっきから変だぞお前」

「うるさい。……戻るぞ」

 衛士は典史を睨みつけると、静かに立ち上がって再び歩き始めた。典史はその背中を見つめて首を傾げる。以前会った時は背筋正して堂々と歩いていた彼が、今日はどうにもくたびれた雰囲気だ。

「本当、どうしたんだ……」



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