前編
かくして、典史と冴子は笹倉教授と共に大学にほど近いビルを訪れていた。少々古いビルらしく、壁が少し色褪せており、入っているテナントも少ない。一体どうするつもりか。二人の疑問は深まるばかりであった。
「教授、見せたいものって一体なんですか?」
「まあ来たまえよ。冴子くん、入り口はこっちだ」
笹倉は悪戯っぽい笑みを浮かべ、正面切ってビルに入ろうとしていた冴子に手招きをする。慌てて路地裏に入ってきた彼女だったが、入り口らしい入り口は見つからず、彼女は首を傾げた。
「入り口って……どこにも見当たらないんですが……」
「まあまあ、だから見ていなさい」
そう言うと、笹倉は何やら壁に手を滑らせ始めた。
「えーと、どこらへんだったかな……ああ、ここだここ。いつまでも覚えられないな……」
笹倉は壁の一点で手を止めると、そこで懐から聴診器の先のような物を取り出してそこに当てる。そして捻ると、いきなり壁が開いて鉄製の扉が姿を現した。いきなりの出来事に典史は目を丸くする。
「こ、これは?」
「どうだい。若かりし頃から節制して貯めに貯めた貯蓄、そして親から受け継いだ遺産、そして妻と子の承諾によって完成した、我らが日ノ出防衛基地の入口だよ」
「へぁっ?」
二人は自分の耳がおかしくなったかと思った。ついでに笹倉教授の頭もどうにかなったかと思った。二人は深刻な顔で目配せする。
「あの……何をおっしゃってるんですか?」
冴子が慎重に尋ねる。だが、二人の心配を他所に笹倉の調子は外れていくばかりである。
「さあさあ! 二人とも入っておくれ!」
「あ、ああ。はい……」
二人はこっそり肩を竦め合うと、揚々と歩く教授の背中を小さくなって追いかけた。
入ると、そこは大量の機材が並べられた部屋と、何もない部屋がガラス一枚を隔てて別れていた。機材のある方には大きな机が置かれ、その上には大量の書類が広げられていた。
「ほ、本当になんかすごい空間ですね」
典史がコンピュータ類を見渡しながら呆然と呟く。今の今まで、笹倉教授がこっそりとこんな空間を準備していたとは知らなかった。教授は会心の笑みを浮かべ、頷いた。
「だろう、だろう?」
「……でも、遺産と貯金だけで何とかなるんですか? テナント代だけでも一千万くらいするでしょうに、この機材だって揃えたら一億くらい吹っ飛びそうな……」
「大丈夫だとも。協賛組織があるからね」
教授が不敵に微笑んだ時、一人の男がさらに違う部屋から現れた。その顔を見るなり、典史は思わず素っ頓狂な声を上げる。
「あっ! あんたは!」
「……大きな声を出すな。耳に響く」
そこに立っていたのは、紛れも無く武藤衛士だった。典史を見て明らかに顔をしかめている。
「彼は日ノ出市警察署、未確認生物対策係所属の武藤衛士くん。ちなみに、私も技術提供者として特別に籍を置かせてもらっているんだ」
「……警察?」
冴子が首を傾げると、衛士は堅苦しい仏頂面で頷いた。
「そうだ。笹倉教授にはディフェンダーシステムの開発を担って頂いた」
「そうか。なるほどな。こりゃあ笹倉教授もこそこそしなきゃならないわけだ」
典史が勝手に納得して頷くと、よく呑み込めない冴子は典史の顔を覗き込んだ。
「え? どういうことなの」
「冴子くんはそういった事情とは無縁かもしれないが……ほら、大学と警察とは相性が良くないとよく言うだろう? 日ノ出大学も結構そういうところがあってね。警察の人と関わってることがバレたら、一部の教授や学生から白い目で見られちゃうんだよ。これが発言力あるから馬鹿に出来たもんじゃないんだよ。ホントに」
「ああ……なるほど……」
冴子はきょとんとした顔のまま曖昧に頷く。それを確かめると、急に笹倉教授は手を叩いて話し始めた。
「さて、今衛士くんが言った通り、私は対未確認生物用強化スーツ、Dシステムを開発した。だが、先日の結果を見てもらえば分かる通り、まだまだ十分な実力を持っているとは言いがたい。だから、典史くんにはそのレグナの力で未確認生物と戦ってもらいたいんだ」
笹倉が典史に向かって手を合わせると、彼は溜め息をつきながら困ったように苦笑いした。
「そんなことを言って、レグナについて調べたかったりするんですよね。教授の考えることはそれなりにわかりますよ」
「そうでもあるがっ!」
再び手を叩くと、笹倉は典史たち二人を鋭く指差した。
「私は君達の頭脳を買っている。あと数週間で倫香くんも帰ってくる。君達三人の頭脳が加われば、Dシステムをさらに強化することなどいとも容易い! どうだろう。日ノ出市の平和のため、協力してくれるね」
二人は顔を見合わせる。その時、典史は目を見開いた。
「ええ。もちろんですとも……誰かが助けを呼んでるなら、絶対に助けると覚悟は決めましたから。冴子も、いいよな」
「ええ。Dシステムとやらの改良で典史の負担が減るなら、私は両手を挙げて歓迎しますとも。よろしくお願いしますね。武藤さん」
「あ、ああ」
冴子がにっこりと会釈すると、衛士は若干戸惑った顔で頷いた。典史はスーツを脱ぐと、ワイシャツ姿になって出口の前に立って振り返った。
「武藤とか言ったな。そういうことだ。これから宜しくな」
「……ふん」
基地を飛び出した典史の背中を睨みつけ、衛士は鼻を鳴らした。そして彼は腕組みを解いて笹倉に気を付けをした。
「教授。私も出場します」
外へ飛び出した典史は左手を一旦天に突き出し、それから自らの前に突き出した。その手に赤い光が飛んできて篭手となって彼に宿る。彼が戦う決意を明確にした夜、こっそりと彼に閃いたのだ。
「よし……変身!」
右手に取ったプレートを篭手に嵌め込み、典史は青炎を武具として纏う白騎士へと変身した。そして翼を広げると、助けの声が聞える方角へと飛び出した。
それと同時に、秘密基地の出入口がさらに開き、小振りなシャッターが顔を覗かせ、さらにそのシャッターも重々しく開いていく。その中から、白バイに跨る青い戦士が飛び出した。
「奴と協力することになるとは……」
衛士は溜め息混じりに呟くと、サイレンを鳴らし、アクセルを全開にして路地を飛び出した。
その頃、真昼の繁華街ではまさに化け猫と言える外見の獣が二体、空腹に苛立ち暴れ回っていた。それぞれ飲食店に飛び込み、中で食事をしていた人間達をその巨大な爪で薙ぎ払い、テーブルの上に乗っている料理に喰らいつく。虫の息の人々など歯牙にもかけず、食べるだけ食べると店を後にし、再び違う店を襲いにかかる。
そのために道路を渡ろうとした時、白い騎士が空から飛びかかった。猫の頭を掴んで道路に叩きつけ、典史は地面に降り立つ。そして、その青く光る目でそれを睨みつけた。
「さあ、人を傷つけた報いを受けてもらうぞ!」
「イアグナァマ、イ!」
黒い化け猫は全身の毛を逆立てて叫び、両腕を振り上げて飛びかかった。典史は身を伏せてその一撃をかわし、そのまま猫の足を蹴って転ばせる。抜き放った剣を天高く掲げ、倒れた怪物へ向かって一気に飛び込む。しかし、横から黒い影が飛びかかり、典史は地面に突き倒されてしまった。
「ぐあっ! 二、二体?」
歯を食いしばりながら起き上がり、典史は戸惑いの顔で黒と白、二体の化け猫を交互に見つめた。二体は牙を剥き出して爪を研ぎ、揃って典史に飛びかかる。
「うおっ」
典史は弾かれたように立ち上がり、一体を切り払い、もう一体を蹴り飛ばす。だが、その足が捕まり、再び地面に倒されてしまった。その鋭い爪で兜に傷を付けられる。腕を捕まえて何とか後ろに投げ飛ばし、典史はどうにか立ち上がる。兜に付いた深い傷を触り、典史は真っ青になった。
「これは洒落にならな……ぐあっ」
黒の化け猫に脇腹を引っ掻かれる。軽く血が滴り、典史は呻く。さらに白の化け猫が爪を光らせて突っ込んできた。しかし、その肩に何かが炸裂し、白猫は吹き飛ばされる。肉の吹っ飛んだ右肩を押さえ、白猫は震えながら爆弾の飛んできた方角を見つめる。そこには、バズーカを構え、白バイに跨ったDアルファがいた。典史は安堵の溜め息をつくと、黒い化け猫を背負い投げでいなし、静かに歩いてくる衛士に向かって叫んだ。
「助かった! 白い方を何とかしてくれないか!」
左手にサブマシンガン、右手に機械の短剣を構えて歩く衛士は、黒い獣と取っ組み合う白い騎士を一睨みした。
「俺に指図をするな」
衛士は走りだす。黒の化け猫に銃弾を撃ち込み仰け反らせる。その上で、その肩口に刺さって飛び出している銃弾を剣の腹で叩き、さらに深く突き刺した。さすがの化け猫もこれには堪え、悲鳴を上げた。
それを聞いた白猫が、歯を剥きだし、右腕をぶら下げながら強引に突進する。衛士は動じず、サブマシンガンで顔付近を撃った。一発が左目に突き刺さり、白猫は飛び上がってもんどり打ち、そのまま呻いて転げ回る。衛士は冷淡な目でそれを押さえつけようとするが、その背中を黒い猫が殴る。衛士は地面に叩きつけられた。
「くっ……」
起き上がる衛士に二体の化け猫が迫り、一斉に跳び上がる。しかし、黒の方はその背後から伸びてきた茨に絡め取られて地面に引き倒された。衛士は驚きに言葉を失ったまま、咄嗟にその白い猫に弾丸の雨を浴びせて吹き飛ばす。見れば、黒猫は見るからに重厚な鎧を纏った緑の騎士に茨で絡め取られていた。
「くらええっ!」
典史は白く光るトマホークを振り上げ、その肩口に叩きこむ。鮮血を散らして黒い化け猫は悲鳴を上げる。それでも化け猫は死なず、再び敵意ある眼差しを向ける。
「これでどうだ!」
白騎士に再び戻った典史はさらに青白く光る右足で鋭い蹴りを加えた。これには化け猫も耐えられなかった。全身が光に包まれ、猫は典史を睨みつけて叫ぶ。
「レグナ! レグナ! レグナ!」
黒い化け猫はそのまま豪炎を上げて爆発した。それに続いてもう一つ大きな爆発が起きる。典史がはっとして注目すると、銃を下ろした衛士が、プレートを手にして立ち尽くしていた。
「やったのか……」
典史は一人呟くと、じっとプレートを見つめている衛士に向かって歩み寄っていく。
「武藤さん、一応俺たち、同じチームになるんだぜ。少しくらい協調して戦わないか?」
衛士はバイザーを上げた。典史は努めて明るい声を出したものの、衛士の厳しい視線は少しも和らいでいなかった。
「断る」
衛士はきっぱりと言い放つと、典史にははっきりと背を向けて白バイへ向かって歩き出してしまった。一人取り残された典史は、不満を隠しきれずに声を荒立てる。
「何だよ、あの態度……」




