第二戦
「あ、アニキ……」
「なんだ?こいつは川にドボンだ」
「そうじゃなくて……このままじゃ僕らがドボンです」
周りを指差すのに合わせてアニキも視線を動かし状況を理解してくれた。
「こいつらもドボンか?」
「そうじゃねぇよ!? このままじゃ僕らがドボンされるんだよ!」
僕はそう捲し立てた。しかし、アニキは動揺することなく腰の剣を抜いた。細長くしなやかに反っている剣……アニキの無茶な注文を聞いて僕らの親父が打った剣だ。
「こいつを抜いた俺に敵うやつはいねぇ!!」
そう叫ぶと同時にアニキは手近な奴を峰打ちで吹っ飛ばす。しかし、はるか奥の方で女性の悲鳴がまたあがった。
「アニキ……もしかして……」
「てめぇ、なに女に体当たりかましてやがる!? ぶっ飛ばすぞ!?」
「そうじゃねぇよ!? アニキがぶつけてるんだよ!?」
「違う!!ぶつかったのはアイツらだ!!」
アニキはまた吹っ飛ばした。また悲鳴が上がった。今度はさっきよりも長く悲鳴が続く。
どうやら野次馬で集まっていた人たちが逃げたようだ。
「カルロ、ボサっとすんな! 剣を抜け」
アニキに言われ僕は腰に手を当てる。僕の右手は綺麗に空振りした。
「伏せて!」
少女の声に反射で身を沈める。すると左後ろから頭の上スレスレを通るように剣が滑っていき、僕に向かって来ていた驚異を弾き返した。
「戦えないなら下がってて」
さっきの銀の鎧の少女が僕を守るように立っていた。
「は、はい……」
僕はそれだけ言うとアニキの方に近寄る。
「アニキ、僕の剣がないよ」
「何?……ならこれを使え!」
アニキはそう言うと後ろの荷車から鞘に収まったままの剣を取り出し、それを放り投げてきた。鞘と柄が白銀の剣だ。
「うわ、何この綺麗な剣……高そう……」
「無いよりマシだろ?」
確かにそうだとアニキに頷いて僕は剣を鞘から抜いた。刀身は鞘と同様の白銀で、ほのかに光り輝いているように見えた。
そして気が付くと周りの音は全くしなくなっていた。
迫る敵の、襲いかかってくる刃の緩慢さに驚く。しかし、刃が届くのをわざわざ待っている必要はない。一斉に斬りかかる黒いのを剣の背で打ち抜いた。
打ち抜いた瞬間に音と速度が戻ってきた。石ころのように黒いのが飛んで行き、その方向にある家を全壊した。
「…………な、何家壊してんだ。家の人に迷惑だろうが!?」
僕は力いっぱいそう叫んだ。
「クソ、撤退だ。逃げるぞ野郎ども!」
突然そんな声が聞こえたかと思うと黒ずくめの男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「よう、怪我ないか?」
アニキはいつものように話しかけてきた。
「うん、なんとかね……」
僕はそう言いながら、少し離れたところにいる銀の少女に近づいた。少女の仲間の姿はなく、壊れた荷車と少女が置き去りにされていた。
「あの、大丈夫ですか?」
声を掛けると少女は「大丈夫です」と言って立ち上がった。
「アリカ・グラン・ジブニエスです。助けていただきありがとうございます」
丁寧に自己紹介と共にお礼を言ってきた。
「おう、気にすんな。お礼は食事と寝床でいいぜ」
アニキは図々しかった。
「ちょっ……アニキ、それは恥ずかしいよ!」
「ちょうどいいだろ?あとどうすれば正規軍に入隊できるかも聞こうぜ?あんな格好してるからきっと知ってるはずだ」
アニキは「どうだ、冴えるだろ?」と目で語りながら丸聞こえのヒソヒソ話をしてきた。
「正規軍?あなたたち入隊しに来たの?」
アリカは何か抑えたような声で聞いてきた。しかし、それに応える前に僕の視界が一八〇度回転した。
「ちょっとあんたたち!?私の家どうしてくれるの?」
大きな体のおばちゃんが僕の腕を捕まえて凄い形相でそう聞いてきた。怖い、怖いよ。
「えーと、生きてれば挽回のチャンスはいくらでも……」
「挽回しなくていいから弁償してくれ!」
おばちゃんのメンチ怖い。
「大丈夫です。こちらの建物の修繕費は国が全額負担致します。前金としてこちらを」
鬼気迫るおばちゃんと僕の間に入りアリカはそう言って金貨を十枚ほど渡した。
「あ、そう。ならいいわ」
おばちゃんはそれだけ言うとクルリと身を翻して群衆の中に消えていった。
「ありがとうございます」
僕はそう言って頭を下げる。
「いいのよ。割と下心のある交渉だから」
アリカはそう言うとこちらに笑顔を向けてきた。
「それより、あなたたち入隊しに来たんでしょ?」
「はい、そうですけど?」
「ちょうど良かったわ。ならついてきて貰ってもいい?」
アリカはそう言って僕の手首を掴んだ。
「ついていくってどこにですか?」
「ジブニエス城よ」
アリカに手を引かれながら僕とアニキは着いていく。
道すがら何を話せばいいのか分からず、アリカは前だけを見てスタスタと歩いているので話しかけづらい。
アニキはいつも通りなんか自信満々で僕の横を歩いていた。