エピローグ
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全国区的に見てみればそれは、田舎のちょっと小金を持った夫妻とその子供二人とが襲われて放火されたという、退屈なほどに有り触れた事件の一つに過ぎなかっただろう。東京都心部などで売られている大手の新聞などでは、こんな事件などほんの数センチ四方のスペースが割り振られていれば幸運な方で、そもそも掲載されていないという可能性の方が遥かに大きかった。
これはどうしたって仕方がないことで、そもそも殺人や放火という犯罪というものは、豪くセンセーショナルに見えてはいるが、その実、毎日必ずどこかで起こっているものなのだ。そのどれもが、これまでに起こったことを延々と繰り返しているような、代わり映えのしないつまらない事件たちだ。動機も手口も犯人と被害者の間柄も状況も何もかもが同じで、キャストが入れ替わっただけの、使い古された型に嵌まった事件。今回のあたしたちが起こした事件だって、その内の一つに過ぎない。
しかし、同じような事件ばかり報道していたって、視聴者は満足しないのだ。同じものを繰り返し用いていいのは名作のドラマくらいのもので、ニュースに関してはその手法は通用しない。だからこそ、ニュースを発信する新聞社やテレビ局は、今までにないような斬新にして残忍な事件には食いつくが、今まで類似した事件が何回も起こっているような、ステレオタイプな事件にはあまり興味を示さない。報道の偏りなどといったものは、即ちこういった思惑による取捨選択から成り立っているのだ。
まあ、だからどうしたという類の話でしかないのだが。
「お、見てみろよ甘瓜。オレらの事件、こっちの新聞じゃ一面トップだぜ! 『地主の家燃やされる!』だってよ! そのまんま過ぎんだろ!」
「……睦月、あんまり大きい声で騒がないでよ。万が一あたしらが犯人だってばれたら、面倒じゃん」
「へいへい、全くクールでつまんねーな、甘瓜は。その他は全部面白いっつーのに」
「究極の面白人間であるところの季師走睦月さんがなにを仰るやら」
いやいやそれほどでもありませんよ。
照れたように頭を掻く睦月の正面で、あたしはメロンソーダをストローで啜っていた。自分と同じ名前をした果物を原料とする炭酸飲料は、甘くって刺激的で、喉越しもよくって――――要約すると、普通に美味しかった。
欲を言うなら、ちょっと炭酸が強過ぎるように思えたけど、まあ地方のファミレスのドリンクバーにそこまで多くは要求するまい。こういう場で食事というのも久し振りなのだし、あまり贅沢は言わないようにしよう。でないと、折角の臨時収入がすぐになくなってしまう。
まあ、収入なんて常に臨時でしかあり得ないのだけど。
今度、兄さんたちに逢ったら、いくらか金をせびっておかないと…………。
「それにしても、あれだな、甘瓜。その服……」
「服?」
「似合わねーな」
「放っとけ!」
悪かったな!
どうせあの黒嵜家長女の服ですよ! 寸胴体型のあたしには似合いませんよ!
背丈の違いからそれくらいは予想していたさ!
あー、丈長っ! 袖余るっ! 裾が地面に擦れるっ!
あと胸んとこスッカスカっ!
「金はいくらか奪ったんだし、それで新しい服買えばよかったのに……」
「勿体ないでしょそんなことしたらっ! 服を買うくらいなら食費に回すわよっ! 服なんてどんなもの着てたって死にはしないんだからっ!」
「それが女の子の台詞かよ…………」
「一人称が『オレ』の睦月に言われたくないっ!」
ボーイッシュを通り越して、もう性別が訳分かんないよっ!
文面だけ見ていたら、睦月が女の子だって気付く人なんていないよっ!
しかも、あたしは似合いもしないサイズぶかぶかな黒ワンピース姿だというのに、睦月は相変わらずの死に装束だ。返り血を一滴も浴びていない、綺麗な真っ白の装束は、しかし、やっぱり着こなしが左前。
彼女と一緒にいるだけで、何故かあたしまで奇異な目線を向けられるのだけど…………でも、それにももう慣れた。
気にしなければ、大して障害にもならない。
なにより、こんな面白い人間が身近にいるのに、関係のないつまらない人間たちなどにいちいち構ってなどいられない。
殺人鬼の卵。
季師走睦月がその殻を破った時、どのような変貌を遂げるのか。
あたしは、それが楽しみでしょうがない。
初めっから出来上がった、既製品の殺人鬼じゃない。
0から作り上げられる、完成品の殺人鬼を、この目で見てみたい。
睦月のいく末を――――見てみたい。
「なぁ、甘瓜。食事が終わったら、次はどこに向かう?」
「ん~、別に? どこでもいいよ。気の向くままにブラブラと、睦月の仇を見つけるまでテキトーに歩き回ろうよ。お金がなくなったりしたら、また誰かから奪えばいいし」
「それもそうだな…………。よしっ、それじゃ取り敢えず、太陽かなにかにでも向かって歩いていくか。学園ドラマの最終回っぽくていいかもだぜ?」
「好きにしようよ。あたしは睦月についていくからさ。元々当ても目的もない旅、睦月の行きたい方向が、あたしの行きたい方向だよ」
「お、嬉しいこと言ってくれんじゃねーか。オレが男だったら惚れてたぜ。いや、女の今でも、あんたのことを押し倒したいっつー情欲で一杯だ」
「さり気無く百合ものに方向転換をしないでよ…………。あ、料理来たよ」
「お、本当だ」
そう言って迎えた店員が持っていたのは、あたしの燃え盛るように赤いキムチチャーハンと、睦月の血の滴るステーキだった。
あたしたちは二人して料理を口に入れ、同じような顔で笑い合う。
殺意の炎で妖しく歪んだ、殺人鬼の笑みだった。