表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河の覇権と太陽の艦隊  作者: 生誕祭
第1章
8/10

第1話

 宇宙歴287年11月7日。セレノア共和国首都星『セレニアス』。



 

『自由と平和を愛する解放同盟の市民諸君!われらは此度、新たなる銀河の同志と巡り合った!』


 星間軍事同盟体、セレノア解放同盟。銀河に住まうすべての知的生命体の自由と平等を標榜するこの国家連合の議事堂前広場に、多くのセレニア人が詰めかけていた。中にはセレニアと同じく解放同盟の一角を担う星間国家ロゾス王国やターラント共和国、シラナナ連邦、ウィルヴァンス教国の民の姿もある。


 同盟議事堂のバルコニーから彼らに向かって演説をする男の名はアルバ・ティーグ。セレノア共和国の大統領にして解放同盟における最高意思決定機関である元老院の最高議長を務める男だ。


 彼の発表を受け、広場に集った群衆は大いに沸いた。30年ほど前にあったファーラン統一帝国との接触以来久しくなかった星外人類との接触である。しかもそのファーランとはろくに交渉もできず一方的に宣戦布告を受けたのだ。新たな同志との出会いは何よりも喜ばしいものになるはずだった。


『しかし私は諸君らに厳しい現実を伝えねばならない!アメリカ人を名乗るかの同志たちは、外宇宙に進出する技術を持ちながら愚かな統治者に率いられ、われらが領土を侵食する動きを見せている。中国人と名乗る同志たちは、独裁政権の圧政を受けざるを得ない状況下にある。彼らは地球連邦という連合体に属しているが、その統治機関は一部の強国に独占されており、多くの小国は大国の言いなりになっているのだ!』


 アルバは地球連邦の状況を嘆き、悲しむように民衆に訴える。テレビ放送で全同盟国に放送されるその姿は、多くの同盟国民たちの共感を生んだ。


『自由と平和を愛する市民諸君!われらは抑圧された宇宙の同志を解放する正義の民である!宿敵ファーランとの戦争もあるが、地球連邦という巨悪を無視することは私にはできない!』


「そうだ!」


「われらは平和と自由の使者だ!」


「愚かな地球連邦とその手下から同胞を解放しろ!」


 彼の魂の叫びを受け、群衆は一斉に賛成の意をあらわにした。


『諸君。地球連邦は200を超える国家の集まりだが、力ある国家はほんの一握りだ。そんな烏合の衆である地球連邦は、稚拙な外交でわれらに偽りの友好を、平和を訴えてきた!われらはそれを飲んでいいのか!?』


「ふざけるな!」


「そんな平和は嘘だ!」


「わたしたちこそが絶対の正義よ!」


 気勢を上げる群衆が静かになるのを待ち、アルバは静かに語る。


『君たちの声、確かに聞き取った。われらセレノア解放同盟、無駄な戦いは望まない。しかし交渉の結果、彼らがその悪行を止めぬのであらば、この私、アルバ・ティーグの名のもとに、地球連邦に正義の鉄槌を下すことをここに誓おう!』


 宣言の直後、議事堂は爆発的な歓声に包まれた。







「お見事な演説でしたわ、お父様」


「おお、ルルカか。いつこっちに戻った」


「つい先ほどです。お父様の晴れ姿を見逃すわけにはまいりませんもの」


 バルコニーを後にし議事堂内に戻ったアルバに一人の美女が声をかけた。


 ルルカ・ティーグ。アルバの娘にしてセレノア解放同盟宇宙軍百隻将軍、第3解放艦隊の提督を務める才女である。まだ24歳と若いが、名門ティーグ家の跡取りとして育てられたルルカはすでに政、軍問わず多大な影響力を持つ。


「ところでお父様。具体的にいつまで地球連邦やアメリカ政府の茶番に付き合うつもりですの?最初から交渉で和解するつもりなんてないくせに」


 アルバの執務室に入った途端、ルルカはセレノア人の特徴である赤い瞳に冷たいものを乗せ父親に尋ねる。


 単刀直入な物言いに苦笑しつつアルバは娘をたしなめた。


「滅多なことを言うんじゃない。われらが望むのはあくまで対話での平和だ。彼らがこちらの要求を蹴らない限り、戦争なんて起きないさ」


「あら、どこの世界に軍事力の放棄に国土半分の割譲、施政権の移譲を要求されて呑む国がありますの?」


 今度こそルルカはその美貌に冷笑を浮かべる。それは強国の無理難題を受け、自暴自棄になり絶望的な戦争に臨もうとする弱国の姿を思い浮かべてのものだった。


 セレノア共和国とアメリカ合衆国が接触したのは昨年の12月。それから今に至るまでの間、両国政府は国民にその事実を伝えず友好関係を結ぼうとした。


 しかしそれはほとんど無理な話であった。セレノアはアメリカの国力が自国より小さいと判断するや否や、いきなり高圧的な態度を取り始めたのである。アメリカはおろか地球連邦すら見下すその態度に両者の感情は一気に悪化した。第3国の立場から仲介を買って出たガリオス政府に対してもその姿勢は変わらず、すでに有識者の間では開戦は秒読み段階に入ったといわれている。


 アルバが国民に地球連邦の存在を公表したのは、自らのシナリオ通りに事態が進んでいるためだった。


「なに、仮に連邦政府が本当に国民のことを大切に思っているなら飲むはずさ。この銀河の同胞すべてはわれらセレノア人に率いられることが何よりも幸せなのだから」


 あくまで対地球連邦、対アメリカの姿勢は変えないとするアルバ。正直なところ、アルバ、というよりも解放同盟元老院はアメリカや地球連邦を脅威と捉えていない。そして今現在戦火を交えている軍事国家、ファーラン統一帝国はセレノア解放同盟よりも国力が高く、今後苦戦することが予想された。そのため元老院は、多少強引な手を使ってでもセレノアの国力を増強する方針をとったのである。


「まったく、わが娘は好戦的でいかんな。まぁデル将軍のように慎重すぎるのも考え物だが」


「われらが英雄は連邦との戦争に反対ですものね」


 対ファーラン統一帝国戦線で多大な戦果を挙げた大英雄、ロムワルド・デル万隻将軍、宇宙艦隊総司令官。彼は今回の元老院の対応をことあるごとに批判していた。今敵を増やすことは愚策、むしろ地球連邦と同盟を結び、ともにファーラン統一帝国に立ち向かうべきだと。


「彼の主張は大いに理解できる。しかし、弱い味方とは強敵よりも厄介だ。しかも指揮系統が異なる軍隊と戦線を共にするのは彼とて望むものではないだろうに」


 アルバは嘆くようにつぶやく。彼自身、ロムワルドに対し強い尊敬の念を抱いている。そんな相手に自らの考えを否定されるのはアルバにとっても面白いことではない。


「デル閣下についてはわたくしのほうでも説得してみます。お父様は連邦との交渉に集中なさってください」


「頼むぞ。ある意味、そちらのほうが重要だ」




_______________________________________




 宇宙歴287年12月1日。太陽系『地球』、旧インドネシア領地球連邦本部。




 複数の小型シャトルがジャカルタの連邦政府専用空港に降り立った。その中の一機、日の丸が描かれた日本国首相専用シャトルに、集まった多くの報道カメラが向けられる。


「毎度思うが、ここはいつ来ても暑いねぇ」


「赤道直下の国ですからな。さっさと中に入りましょう」


 燦々と日差しが降り注ぐ旧インドネシアのジャカルタ。そこに設置された地球連邦本部で、明日から一週間対セレノア解放同盟交渉における各国首脳級会議が行われることになっていた。


 シャトルから降り立ち報道陣の前に現れたのは、地球連邦における最有力国の一。常任理事国日本の総理大臣、北条忠ほうじょうただしだ。御年80歳、政治家としては比較的若手だが、最大与党の『日本国進歩党』、通称国進党の党首である。


 身長は169センチとやや小柄で髪がやや後退気味の、一見そこらにいるただの好々爺だ。しかしその実彼の影響力は日本内部にとどまらず地球連邦政府まで及び、他国の政治家にはある種の怪物として認識されている。


 その傍らに立つのは日本軍のトップにして北条同様本会議の参加者である山県誠司やまがたせいじ。日本宇宙軍上帥にして日本軍統合幕僚監部幕僚長の座に就く男だ。北条と同じく80歳で、北条の中学、高校時代の同級生でもある。


 北条と同じ黒髪黒目だが、身長193センチ、体重90キロという日本人離れした体格が彼という存在を強烈にアピールしている。


 空港に隣接する連邦本部に移動する間、北条と山県は大量のフラッシュを浴びせられた。


「北条首相!今回の会議ではセレノアとの交渉に関する何か重要なことが決められるそうですが!?」


「そうなのですか?じゃあ気合を入れて臨まなくてはいけませんねぇ」


「首相!先のセレノア解放同盟で放送されたアルバ元老院議長の発言はおよそ友好的なものではありませんでしたが、今後の方針に影響はありますか!?」


「いまわたしの口から言えることはありません。公式発表をお待ちください」


「山県閣下!最近アメリカのニューカリフォルニア星系で連邦、同盟双方の艦隊が頻繁に目撃されていますが、何か一言お願いします!」


「さぁ、我が国の艦隊はあの宙域で活動してませんのでな。何とも言えません」


 記者から投げかけられる質問に手短に答えつつ、二人は本部へと入っていった。




「北条首相、山県閣下。お待ちしておりました。ようこそ地球へ」


 うるさい報道陣の群れを抜けた二人を待ち受けるように、連邦政府関係者がエントランスホールに集まっていた。その中央に立つ一人の男が北条らに声をかける。


 その人物を見た途端、北条と山県が顔を緩ませる。その人物は彼らにとって既知の人物だった。


「これはクレヴィング首相。わざわざお出迎えとはかたじけない。ご機嫌いかがですかな?」


「お二人のお顔を見て大分よくなりましたよ。何せ先ほどまでひどくご機嫌斜めなテイラー大統領の相手を務めておりまして。失礼ながら少し気が滅入っていたところです」


「それはそれは。ご愁傷様ですな」


 北条と談笑するこの男はハンス・クレヴィング。地球連邦政府におけるEU代表を経て、地球連邦の首相を務める最重要人物だ。


 51歳のハンスはEUのドイツ出身であり、ドイツ連邦の国務大臣就任後、EU首脳部に入閣したという経歴を持つ若き英才として連邦内に広く知られている。1期4年で3期制の地球連邦首相職だが、彼はまだ1期の3年目。彼が目指す政策が実るのはまだまだこれから、という時期である。


「だというのに今回のこの騒ぎ。心中お察ししますよ」


「ありがとう、山県閣下。さ、立ち話もなんです。控室に案内させましょう。私はこの後インドのガンディー首相と挨拶した後昼食会場に向かいますのでまたその時に」


 互いに会釈してその場を離れる。係員に誘導され日本関係者控室に到着した北条と山県は、護衛を室外に待機させると今後の打ち合わせを始めた。


「さっきの印象だと、ハンス君はともかくテイラー大統領が開戦をごり押しする感じだねぇ」


 どっかとソファーに腰掛け、深いため息をつきながら北条が言う。


「仕方なかろうよ。入植したてのニューロサンゼルスの近域を艦隊にうろちょろされ、名指しで悪の国家指定。おまけに主権の移譲まで要求されて黙っているほどアメリカって国はおとなしくなければ小さくもない」


 北条と向かい合うように座った山県も、その眉間に深いしわを寄せた。


「問題は、だ。なぜセレノアがここまで強硬姿勢をとっているのか、その理由がわからんということだ」


「そうなんだよねぇ。調べてみたら別に独裁国家ってわけでもないし、何よりほかの国とも現在戦争中ときた。なんで今このときなんだろうか?」


 二人が言うとおり、セレノアは現在他国と戦争中であることがわかっている。それなのにあえて二方面作戦を選ぶのは、よほど地球連邦に勝つ自信があるのか、そうせざるを得ないほど何かに追い詰められているのか。


 戦争は、互いの利益が相反しぶつかり合うことで発生する。逆に言えば、相手が望むものがわかれば和解の糸口が見え、それがわからなければ戦争が長期化する恐れがあるとも言える。


「まあともかく、わが日本にも飛び火するのは間違いないんだろうし、早めの動員令をかけたほうがいいよね。誠ちゃんとしてはどの艦隊を動かすつもりなんだい?」


 北条が笑いながら中学時代からのあだ名で聞いてくる。それはすでに答えがわかっている顔だった。そう感じつつも、山県は律儀に答えた。


「立花君の第2外洋艦隊。戦力、能力、状況から鑑みるにこれ以外選択肢はないだろうな」


「そうだよねぇ、どうせアメさんやEUも彼女ら出してくるだろうし。軍の広告としてもそれが最適かな。弟弟子の晴れ舞台、と喜べないところが君としてはつらいだろうけどね」


 弟弟子。その言葉を聞きほんのわずか相好を崩す山県だが、次の瞬間には先ほどまでの厳しい顔つきに戻っていた。


「とにかく、我々は我々の仕事に集中しよう。すべてはそのあとだ」




_______________________________________




 宇宙歴287年12月2日。地球連邦本部大会議場。




『では次にアメリカ合衆国、マーカス・F・テイラー大統領の意見をお伺いします』


 地球連邦に所属する200を超える国家のトップが参加する会議が始まりすでに1時間が経過した。議長に指名されたアメリカ大統領のテイラーが手元のマイクをとる。


『先ほどクレヴィング連邦首相が説明された通り、今現在わが合衆国、ひいては地球連邦すべての国が主権を失おうとしています。セレノア解放同盟を名乗る武装集団は、地球連邦憲章に基づき我が国固有の領土と明確に証明されるニューカリフォルニア星系の第1惑星ニューサクラメント、並びに第2惑星ニューロサンゼルスの安全保障を脅かしているどころか、我々すべての国家に対し主権と領土の割譲に加え、隷属を要求してきました。これはガリオスとの接触とは異なり明確な脅威であり、地球連邦総力を挙げてかの帝国主義国家連合を打倒すべきだと考えます』


 テイラーの主張が終わると、EU、トルコ、中国、韓国の代表が挙手をした。


『中華人民共和国、馬長竜ばちょうりゅう国家主席。発言を許可します』


『ありがとうございます。わが中国はテイラー大統領の主張に反対せざるを得ません。すでにアメリカは日本、EU同様4つの有人惑星を保有している。他国はいまだ衛星やコロニーしか保有していない国も多い中、無理に既得権益に固執してセレノアとの関係を悪化させる必要は感じられません』


『大韓軍国の金相文大統領。あなたは?』


『我が国も中国の主張を支持します。先ほどテイラー大統領は、いまだ有人惑星を保有できていない国家も動員してセレノアとことを構えられるような発言をされましたが、われらの負担はどうなるのですか?仮に軍事衝突を起こすのであれば、派兵国、特に惑星無保有国に対し無制限の惑星開拓支援を要求します』


 露骨なことを。中国と韓国の発言を聞いた先進五か国、並びに惑星保有国の代表はみな一様にそう思った。つまり両国の主張はお前は惑星をたくさん持ってるんだから一個ぐらい減らしてもいいだろう、ついでに国力も下げろ。それが嫌なら自分たちにも惑星をよこせ。こういうことである。しかも厄介なことに、多くの途上国はこの意見に賛成するだろう。いつまでも他国の後塵を拝するのをよしとするような人間は、少なくとも今この場にはいないのだから。


『トルコ共和国、ヌーフ・サヤン大統領の意見を伺います』


 議長が指名すると、外見年齢70歳ほどの男性が立ち上がった。


『ではわしからも一つ言わせてもらおうかの。この問題じゃが、テイラー大統領の主張にあったようにもはやアメリカ一国の問題ではない。われら加盟国すべてがセレノアの要求対象なのじゃ。みなさんもご覧になったじゃろう。アルバ・ティーグを名乗る代表は、われら地球連邦の存在そのものを否定する演説を行った。己の利権確保に動くのは結構じゃが、明日は我が身だということを忘れんようにの』


 そう言うと苦々しい顔をする各国代表の顔を横目にサヤンは着席した。その姿を見ながら北条は思う。


 ヌーフ・サヤン。先進五か国の一角である大国、トルコを率いる大物だ。121歳という高齢に加え、北条同様他国や連邦政府にまで及ぶ影響力から『オスマンの大帝』とあだ名される怪物である。


(今回の問題、少なくともわたしとサヤンのじい様がアメさんに賛成すればおそらく開戦となる。彼の意向を掴むまでは迂闊に動かないほうがいいのかなぁ?インドのスジャータちゃんはEUのニエッキさんに反対するだろうし)


 現在の連邦内のパワーバランスを考えれば、北条とテイラー、サヤンの意見が一致した場合その意見は可決されると考えてよい。問題は、サヤンが先ほどの場面で自分の立場を明確にしなかったことだ。


(漁夫の利狙いの国を窘めつつ、アメリカの意見を明確には支持しなかった。となると今回トルコは開戦には積極的じゃないのかな?)


 北条が考え込んでいる間に、EUのアリーゴ・ニエッキ大統領が指名された。


『今回、EUはアメリカ支持の立場をとらせていただきます。しかし先ほど韓国大統領からありました通り、国力が比較的低い国家にまで協力を要請するのは酷ではないかと。ですのでこの件は、先進国と準先進国を中心にあたるべきだと私は考えます。われら先進国は連邦を守る盾となる代わりに、開戦後セレノアから得られる技術、物資を優先的に享受する。これが落としどころではないでしょうか』


 ニエッキの発言で議場は大きくどよめいた。要は連邦は守ってやるから、そのかわりその後の分け前は後進国にはくれてやらない。そういったのだ。


『ニエッキ大統領!その発言は大国が利益を独占するということだろうか!?』


『イーガル・メイア首相、発言はこちらの指名後行っていただきたい』


 思わず、といったようにイスラエル首相が叫び、議長に窘められる。


『そういうわけではありません。ただ調べたところによると、セレノア解放同盟の国力は先進五か国の総力をやや上回ります。いかに連邦政府の直轄戦力や準先進国を加えた場合戦力比がこちらに傾くとはいえ、楽な戦いにはならないでしょう。各国の後方支援が得られないのであらば、その補填をセレノアから受ける。私はそういいたいのですよ』


 メイア首相の発言を受けニエッキが弁明する。直球すぎる物言いではあるが、これは連邦内の強国の意見を代弁したものだ。


『議長、発言許可を願います』


 このあたりが潮時か。そう考えた北条が立ち上がる。


『わが日本はアメリカの立場を支持します。戦争の経費などの負担に関しては他国に妥協していただくよりないかと。セレノアとの戦争によってどのような結果が出るかまだわからんのです。今から分け前の話をしてもしょうがないでしょう』


 各国代表から笑いが起きる。


『それよりも目先の危機です。かの国はおそらくわれらに対し交渉での和平を結ぶ気は今のところありません。ならばここは開戦に踏み切り、緒戦で相手方の出鼻を挫く。こちらの力を見せつけた後、もう一度交渉を開始してはいかがか』







「お疲れ様でしたね」


 初日の会議が終わり、ロビーのソファーで北条がくつろいでいると後ろから声をかけられた。


「おお、ガンディー首相。お疲れ様でした」


振り返るとそこには妙齢の美女が。インド共和国首相のスジャータ・ガンディーである。


「結局、初日は平行線でしたねぇ。ま、予想通りといえばそうなんですが」


「どの代表も自国の利益を損なうわけにはまいりませんから必死なのも当然ですわ」


 後退気味の頭をなでる北条に微笑みかけるスジャータ。若くして起業し、一大でインド有数の大企業に育て上げた才媛である彼女だが、初日の会議ではほとんど発言をしなかった。


「どうせ開戦は避けられないのです。ならば、あえてわかりきったことをいうこともないでしょう」


 北条の指摘に笑って答える。面倒なことはほかの大国に言わせ、小国の反発が自国に向かないよう配慮したのだ。


「てっきりニエッキさんに反対すると思ってたんですがねぇ」


「あら、わたしだって政治家ですよ?国益を考えれば個人の感情くらい無視しますとも」


 その後いくつか言葉を交わし、北条は控室に戻った。


「誠ちゃん。悪いんだけど、早めに準備するよう立花君に伝えてもらえるかい?」


「……もう確定か?」


「うん。アメリカに日本、EUが開戦派に回って、ブラジルや中国、オーストラリアも乗り気だ。トルコのサヤン爺さんがちょっと微妙だけど、この流れだと理事国の派兵はもはや動かないだろうね」


 北条の言葉を受け、山県は深いため息とともに立ち上がる。


「ならば準備だけは万端にしなければな。今から動員令を発令すれば態勢が整うのはおよそ一か月後だ。俺たち制服組が会議に参加するのは明後日からだが、事前に開戦予定日を各国代表と決めておいてくれ」


「りょーかい。彼によろしくねぇ」




 その後、会議は開戦の方向で一致。当面は先進国、準先進国を中心に部隊を展開することとなる。開戦予定日時は二か月後の2月16日と決まった。


 しかし1月17日。アメリカ海軍軽巡洋艦『USSスプリングフィールド』を旗艦とする、軍艦8隻からなるニューロサンゼルス宙域調査艦隊が突如消息不明となる。地球連邦、アメリカ両政府は、艦隊が直前にセレノア艦隊を発見したとの通信を入れていたことからセレノア解放同盟政府に調査を依頼する。しかしセレノアはこれを拒否。この事実は一般報道され、国民の感情は一気に反セレノアへと向かっていく。


 そして1月30日。ニューカリフォルニア星系外縁部にて調査艦隊の残骸が見つかる。連邦政府はこれをセレノアによる攻撃と認識、予定を繰り上げ戦闘参加予定の各国艦隊をニューカリフォルニア星系へと集結させた。


 こうして、地球人類初となる地球外人類との全面戦争は始まるのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ