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謹慎三日目、夏輝は自分の部屋で与えられた課題をこなしていた。喧嘩をして帰った時は父親に怒鳴られ、ついでにもう一度殴られ、母親には泣かれた。さすがに母に泣かれるのはバツが悪いので、夏輝はこれ以上心配をかけまいと日々ひっそり暮らしていた。
今日も課題を片付けたら読書に耽ろうと決めていた。謹慎していれば本がたくさん読めるのでこれはこれでいいかもしれないと思い始めた自分の頭を振ったところだった。
ボォウ!ボボゥボゥ!
聞き慣れたバイクの排気音が聞こえた。夏輝は今の音を聞かなかったことにして、再びシャープペンシルを動かし始めた。
しばらくバイクの音が聞こえていたが、それはふと止んだ。どこかに立ち去ったわけではない。そんな音はしなかった。では、エンジンを止めたのか。
(マズイ!)
エンジンを止めたということはバイクから降りるということである。そのまま家のチャイムを押されようものなら母が出ていってしまう。あんなのが友人だと思われたら、今度こそ母は卒倒するかもしれない。
夏輝は椅子から立ち上がり、二階にある自分の部屋から階下まで駆け降りた。しかし、いつまで経ってもチャイムの音が聞こえない。自分の思い過ごしだろうか。
(おかしいな…)
夏輝はとりあえず自分の部屋に戻ることにした。階段を上がり、自分の部屋のドアを開ける。
「よっ、夏輝」
ベッドの上に、豪が座っていた。
「お、顔の腫れ引いたじゃん、良かったな」
夏輝は顔だけでなく全身の筋肉が強張るのを感じた。自分でも口が引くついているのがわかる。
「七紀ッ!?」
「水くせーな、豪でいいよ」
「そういう問題じゃない!」
ここは言うまでもなく二階である。確かに庭に生えている木を上れば容易にたどり着ける。だがしかし、問題はそこではない。実行できる・できないではなく、実行するか・しないかの思考が問題なのだ。
「やっぱ謹慎中って暇だからよ、遊びに行こうと思ったんだけど、一人じゃつまんねーじゃん?だから、仲間のお前を誘おうと思ってよ」
「変な仲間意識を持つな」
「かったいね~。もっと柔軟に行こうぜ。夏輝、カラオケ行こうぜ」
「行かない。お前、謹慎の意味を知っているのか?」
「知ってんぜ。家の中でじっとしてろってことだろ?」
「じゃあ…!」
「ルールは破るから楽しいんだぜ?」
ニッと笑って豪はベッドの上に立った。左手を夏輝に差し出して、足は窓枠にかけている。
「来いよ、夏輝」
「嫌だと言って…」
「何で、嫌なんだ?お前は、なぜそんなにルールを破ることを忌み嫌う?」
「ルールは守るためにあるんだ。それを破ったら、秩序が乱れてしまうだろう。そうしたら、社会は立ち行かなくなる。僕は、社会の中で生きる人間として、当たり前のことをしているだけだ」
「知ってるか、社会にはな、必ずはみ出し者がいるんだ。そして、そいつも含めて社会が成り立っている。考えてみろよ、世界にはどれだけの犯罪者と呼ばれる奴らがいる?そいつらも含めて世界なんじゃないのか?そいつらは全員排斥するか?じゃあ、自分はどうだ?一切の罪を犯していないと言えるのか?蟻を殺したこともない?一回ですら信号無視をしたことも?未成年で酒飲んだことも?毎日精進料理か?」
「それは問題のすり替えだろう!」
「オレが言いたいのは」
そこで豪は一区切りつけた。今や夏輝のベッドは彼の演説台となっている。
「オレは、好きなように生きる。好きな服を着て、好きなもん食って、好きな時に寝る。…けど安心しろ。人として堕ちるような真似はしねぇ」
豪はそれだけ言うと、左手を下げて窓枠を潜った。身軽に木に飛び乗って夏輝を一瞥する。
「七紀!」
そんな豪に、夏輝は話しかけた。夏輝の目はいつになく真剣で、鋭い眼光を豪に突き刺している。
「本当なんだな?人として堕ちるような真似はしないというの、本当だな?」
「オレに二言はねぇ」
「僕も行く」
豪の顔が、固まった。目を開いたまま、動かない。
「今、何て?」
「カラオケでも、ゲームセンターでも、お前と一緒に行く」
「何、お前、どうしたの、急に?」
「お前が誘ったんだろう!」
「いやそうだけど」
「僕は自分で決めたんだ。このことについては、自分で責任を取る」
豪はそこで大笑いして、足を滑らせて地面へと落下した。夏輝が急いで下を覗くと、彼は勢いよく起き上がって、頭に葉っぱを付けたまま二カッと笑った。
「行こうぜ!」