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豪は、短い染めた銀髪を立たせて、黒いジャージの上下を着ていた。ジャージには銀色の虎が描かれていて、とても派手だ。俗に言う不良であるが、それは今となっては服装だけであり、中身はちゃんと丸くなっている。胸元に光るシルバーネックレスはトライバルの龍をモチーフとしており、これは高校時代からの彼の宝物だった。何しろ銀色が好きな男で、夏輝が知る限り彼が黒髪だったことはない。彼曰く、小学校の卒業式の日から髪を銀色に染めているらしい。本人は高校生が卒業式終了後にピアスを開けるのと同じだと言っていたが、まったく意味不明である。
「あのバイク、やっぱりお前のだったんだな」
「懐かしいだろ?」
あのバイクこそ、カワサキZ1。昔のバイクだが、今尚多くの人間を魅了してやまない伝説のバイクだ。
「よくお前を後ろに乗せて色んなとこ行ったな」
二人は近くの公園のベンチに腰掛け、昔話に花を咲かせていた。すぐ横にはZ1が停められていた。二人が出会ったのは、高校時代のことだ。もう九年前のことである。豪と会うのは、二十歳以来だ。六年も会っていなかったのかと思うと、時間の経過が恐ろしくなる。
「どーよ、元気だったか?」
「ああ。それなりにね。お前は…聞かなくても元気なのはわかってる」
「どーゆー意味だよそれ!」
豪の平手が夏輝の背中にバシンと当たる。彼は基本的に力加減というものを知らないので、夏輝はひどく咳き込む結果となった。
「しかし、家族は何も言わないのか?お前のその自由奔放さというか、豪放磊落ぶりに」
「もう親父もお袋も何も言わねーよ。弟だけだぜ、帰ってきたとき駅まで迎えに来てくれるの」
「…お前、弟いたのか?」
約一呼吸置いた夏輝のその言葉に、豪はもう三呼吸置いて頬を掻いた。
「…言ってなかったか?」
「初耳だ」
今度は夏輝が豪の背中を叩く番だった。二人はしばし笑いあい、豪は頭の後ろを掻いた。
「ワリーワリー。言ってなかったんだな。オレ弟いるんだよ。七個下のな」
「…お前の名字って『七紀』だったよな?」
「何今さら言ってんだよ!お前、物忘れするようになったのか?」
夏輝はそこで一.五呼吸置いて、豪の目を見て言った。
「弟の名前は、『丈』か?」
「お前超能力者か!?」
その反応に、夏輝は堰を切ったように笑いだした。自分がこんなに笑うのは何年振りかと思ったが、思い出せない。
「何だ、豪の弟って丈君だったのか」
「夏輝、丈のこと知ってんのか?」
口を開けて驚いている豪は、何の事だかさっぱりつかめていないようだ。夏輝はようやく笑いを堪えて、目元の涙を人差し指で拭った。
「僕が今働いている文房具屋の店主が丈君と幼馴染でね。そのつながりで丈君とは大分前から見知っているよ」
「文房具屋って…まさかハルのとこじゃないだろうな?」
「何だ、ハルのこと知ってるのか?」
「オイオイ…マジかよ。お前ハルのとこで働いてんのかよ。ってかハルの文房具屋ってまだやってたのか。何だ、改装して新しくなったとか?」
「いや、古いままだよ。ちょっと訳有りでね」
「ふ~ん。そっか、じゃあ夏輝、琉妃香のことも知ってんだ?」
「ああ。今でも二人ともよくウチにご飯を食べに来るよ」
「悪いな、世話になって」
豪は笑いながら言った。言われてみれば、笑った顔が丈によく似ている。童顔な所もそっくりだ。
「こないだ帰ってきた時…三年前か。その時にトランプの三人組を見たけど、みんなでかくなってたな。今会ったら大人になってんだろうな」
トランプと言うのは春一、丈、琉妃香につけられたチーム名である。不良として名を馳せていくうちに(もっとも本人たちにその気はないのだが)周囲からつけられた名前である。春一の「一」がエース、丈が「ジョーカー」、琉妃香の「妃」が「クイーン」を表すことから、「切り札」という意味のトランプという名前が付いた。
「僕達も年を取るわけだね」
「やなこというなよ!…でも、ま、そうか。俺達が会った時は十六だったもんな…。そうそう、今くらいの時期でな」
「あんまり、思い出したくないな」
「何だよ、どうせなら思い出に浸ろうぜ」
「…それも、悪くない、か」
二人が出会ったのは、今から十年前、二人が十六歳の冬である…。