ロボット少女がいる日常(8)
「じゃあ何かお菓子作るね?」
「ああ、貰おうか」
「帰れよ」
いかにも不服そうな飛鳥の文句は聞き届けられず、ネネは制服の上からエプロンをつけて、居間に至るまでの途中にある台所へと行ってしまった。
飛鳥的には、この親と会うのは一年に一回でお腹いっぱいである。しかし、今年はもう正月に実家に帰った時に出会っている。すでに過食状態である。
飛鳥は、ため息交じりに卓袱台を挟んだ和飛の反対側に座る。
「で? どうしたんだよ。ネネに関しては何も問題ないと思うんだけど」
ネネのコンディションは遠く離れた、和飛が所長を務めるロボット研究所で常時チェックをしているはず。そして、ここ数日を振り返っても、全く問題はなかったはずである。
だが、こうして開発者がここにわざわざ来ているということは、なにかあるということを暗に示しているはずである。
「うむ……実はな」
文庫本を置き、机に両肘をついて、指をからませ合った手を口元に当てた。その表情は、いつもの大人気ないほど明るい和飛からは考えられないほど、シリアスなものである。
飛鳥は、生唾をひとつ飲んで少しだけ身構えた。こんな表情の和飛、見たことが――
「椎葉がな……ついに過去最高レベルで切れてしまったんだ」
「……帰れよ」
「ワタクシとそのテレビの中の女の子、どっちがいいんですか、って……」
「どうせテレビの中の女の子って答えたんだろ」
わかりきったことである。和飛の二次元倒錯ぶりは異常なのだ。結婚して飛鳥が誕生したこと自体が奇跡に近い程度に。
椎葉というのは当然和飛の妻、飛鳥の母。和飛のどこに惚れて結婚したのか、未だに飛鳥には理解不能である。
「ああ、パソコンのモニターをテレビと言い放つ椎葉が可愛くて可愛くて……つい、悪戯をしてしまったんだ。調子に乗っていたら撲殺されそうになった」
つまり。和飛がアダルトな恋愛シミュレーションゲームを嗜んでいたら、その姿に妻である椎葉が切れたわけだ。確かに、そんな父親の姿、飛鳥でも見たくはない。
「夫婦喧嘩で息子の所に逃げ込んでくる父親ってどうよ。威厳もへったくれもないだろ。もともとないけど」
「いや、それはわかっている。情けないことこの上ないと自負している。しかしだ、お前も知っているだろう、椎葉の武力を……! 関節がいくつ外されたと思っている……」
と。和飛は両腕を抱いてガタガタ震え始めた。確かに、年に一度か二度、椎葉にボロボロにされる和飛の姿を幼いころより見てきた飛鳥としては、理解できないわけではない。
「……いや、マジで帰ってさっさと謝れよダメ人間」
「おお、父親に言葉の槍を突き刺すか、息子よ。だがそれではいそうですかと聞けるほど人間が出来てないものでな! ほとぼりが冷めるまで三日ほど泊まらせてもらうぞ!」
さも当然のごとく言い放つ和飛。仕送りなどで世話になっている故に、強く拒否することは出来ないのは確かだ。
しかし、和飛に非があるのは火を見るよりも明らかであって同情する余地も無いが。
息子ながら、この夫婦は今までよく持ったな、なんて本気で思ってしまう。だからといって家族霧散するような事態は頂けないが。
「はぁぁぁぁ~~~~~……」
深く。深くため息をつくことしかできなかった。この親の下に産まれた不幸であった。