ロボット少女がいる日常(7)
「学校の授業ってどうなんだ?」
スーパーからの帰り道。ふと思いついたように、右手にネネが持参していたエコバッグをぶら下げた飛鳥が問う。
問われたネネは、ちょっとだけ渋い顔をした。その反応に、飛鳥は意外だと思った。
ネネはもともと、起動実験として飛鳥の傍にいる。社会に溶け込めるか否か、を確認するために。故に、学校初日に、突出した行動は控えた方がいい、と飛鳥は言った。例えば数学などでロボットゆえの異常な演算能力を発揮したりだとか。加減が分からないのだろうか。
「難しいよ。国語とか。文脈を解析したりするのは出来るけど、作者の気持ちなんてわかるわけないじゃん?」
今朝、飛鳥が言ったことをそのまま言ってのけた。そう。つい忘れがちであるが、ネネは悲しいまでにロボットなのであった。国語の問題ならまだしも、人間の気持ちを読み取るというのは、人間でも完璧にこなすのは不可能に近い、曖昧な作業を、ロボットたるネネにできるわけがない。
「僕と同じだねえ。理系の最高峰がネネということか」
マンションに入り。エレベーターに乗り込む。10階のボタンを、ネネが押し、不服そうな表情をした。
「数学は出来るんだけどなぁ」
「9853248652×956324は?」
「9422898163875248(約0.5秒)」
もちろんそれが正しいということは飛鳥には分からない。
数十桁の四則演算や複雑な微分積分なども数秒で軽くこなすネネの天敵は国語であった。
バランスがとれていいのではないだろうか、と飛鳥は思う。転入当日の数学の実力テストで100点を軽く取ってさっそく目立ちまくったネネには、国語ができないくらいの欠点があった方がリアリティがあって良い。
エレベーターが十階に止まり、通路に出て飛鳥の部屋へ。
鍵を回すと、違和感があった。開錠する方向へ鍵を回しても、空回る。その代わり、閉める時の方向へ回すと、軽い抵抗の後に、ガチャン、という作動音。
飛鳥は、首を傾げてもう一度開錠する方向に回して鍵を作動させ、ノブを握ってこちらに引っ張った。
キィ、と音を立てて、ドアが開く。
「……開いてる?」
「ど、泥棒!?」
ネネが慌てた声を上げる。しかし、飛鳥は玄関に置いてある靴を見て、ひとつ溜息をついた。
「父さんだ」
あからさまに嫌悪感たっぷりな表情と口調で言い、ドアを全開にして中に入った。
「えっ、ハカセ?」
飛鳥と対照的に、ネネは嬉しそうに息を弾ませる。
玄関を抜け、廊下の奥にある居間へと入った。
「何をしに来た変質者」
開口一番に罵り言葉を吐いた飛鳥に、卓袱台のところで表紙に萌え萌えした美少女が乱舞している文庫本片手に勝手に淹れたであろう茶をズルズル啜っている、父親としてはあまり理想的とは言えない姿を見せている飛鳥の父親、和飛が渋い顔をする。
「むっ。父親に向かってその口調は何だね?」
「父親気取りたいんだったらまずは父親らしい姿を見せてほしいものだね」
「わーい、ハカセー」
和飛の姿を見たネネが、ふざけて和飛に飛びついた。しかし、飛鳥と同じく見るからにインドア派な和飛に受け止められるはずもなく。
「ぐほぉああああ! 質量78.9kgがああああ!」
なるほど。どおりで重いわけだ、と納得しながら、飛鳥は箪笥を漁って部屋着を引っ張り出すのであった。