ロボット少女がいない日常
「じゃーなー! ちゃんと瑠璃の世話してくれよー!」
月代が手を振りながらそう言い、詠輝と並んで歩いていくのを、飛鳥は見送った。もう新幹線も止まっている。きっとその辺のホテルにでも泊まるつもりなのだろう。
「あはー、じゃーねー、つきよー」
そして、その隣で。飛鳥に半ば抱き抱えられるようにして辛うじて立っている瑠璃が、アホみたいに明るい笑顔で、右手をぶんぶん振り回した。その手が飛鳥にダイレクトヒットするが、全然気にしていない。
「ほら瑠璃っ! 帰るぞ! しっかり歩け!」
言いつつ、しかしその言葉が全く聞き届けられないことは分かっている。飛鳥は、瑠璃に肩を貸した状態で、ゆっくりと歩き始めた。
異常気象による豪雪。夕方から降り始めた雪は、この時間になると街を三十センチも覆い尽くしていた。歩くたびに、スニーカーの中に雪が入って大変気持ち悪い。
「きゃははは! つめたいよぉぉー?」
隣で瑠璃が、はしゃぐように甲高い声笑い声を上げる。飛鳥はその隣でため息をついた。
チェーンを巻いた車が車道を走っていく。路面状況や、時間からして、もうほとんど車は走っていない。ただ、時々瑠璃が意味も無く爆笑する声だけが、寝静まった街に響き渡る。
「うおっ! いてえ!」
瑠璃が隣で足を滑らせ、飛鳥を道連れにして地面に尻もちをついた。しかしそんなこと気にせずに、何がおかしいのか瑠璃は笑っている。
飛鳥は何度目か分からないため息をついて立ち上がり、丁度近くにあったジュースの自販機に向かった。自分用にあったかいコーヒーを買い、更にお金を投入。
「瑠璃何がいぐはぁっ!?」
目の前が真っ白になった。ズボンがグジャグジャに濡れることも気にせずに尻もちをついたまま、その辺の雪を集めて作った雪玉を投擲してきたのである。
「きゃはははは! 私のかちー!」
もう、未来永劫瑠璃に酒は飲ませない。そう決心した飛鳥は、自分と同じコーヒーを黙って購入するのであった。
――八年が経っていた。
飛鳥は国立大学の工学部を卒業し、今は孔雀蓮ロボット研究所で研究員をしていた。完全に親のコネであるかと思われがちであるが、就職活動ではそこそこの企業から複数の内定を貰っていたのだ。しかし、結局ロボット研究の最先端を行くのは孔雀蓮ロボット研究所であったわけで、内定を全て蹴るという伝説を残してしまった。
そして瑠璃はというと、短大を卒業して、今は飛鳥と共にロボット研究所のある県に移り住み、市立図書館の司書という、あまりにも順当すぎる職業に就いている。ついでに言うと、戸籍上、彼女は先月から、四柳瑠璃ではなく、孔雀蓮瑠璃であった。
更についでに言うと、月代と詠輝は、割と早い段階で結婚していた。結局、クラスメイト4人組の中で綺麗に二つに分かれた状態となったわけだ。
瑠璃が務めている市立図書館に程近いマンションに、二人は居を構えている。
結局、そのまま寝てしまった瑠璃を背負って家に帰ってきた飛鳥は、寝室のベッドに琉璃を寝かせた。
そして寝室を出て、専門書の山に埋もれかけているパソコンスペースに直行した。
ネネの置き土産とも言うべき、大人になって随分と大きくなった猫を椅子から追い払い、休止状態にしていたパソコンを起動。
立ち上がった画面に、コマンドプロンプトが表示される。そして、何かしらのプログラムが勝手に走り始めた。
『おはよう、おにいちゃん』
そして、一言そう表示される。飛鳥は、それに答えるように、キーボードをたたいた。
『おはよう。どうだ、気分は?』
『良好だよ? ちょっとレジストリにゴミが多いかも。クリーンアップをお勧めするよ』
『そうか、ありがとう。あとで見とくよ』
それは、ネネ。いや、実際にはネネではなく、ネネを模した人工知能であった。
研究所へのクラッキングの負荷で壊れたネネの断片を取り出し、整形したものである。
ネネという試作型の犠牲は、現在、和飛と飛鳥の親子共同で行われている人型情報端末開発に少なからず影響を与えている。
ネネは、人型情報端末と人間が健全に共存できる世界への足がかりであり、また、指標の一つであった。
飛鳥が和飛への宣言通り、自分の力だけでネネの意思を抽出し、パソコンという新しい形の体を与えて直したという行為が、決してネネの事を後悔しているセンチメンタリズムに起因しているわけではないと言える根拠が、そこにあった。
和飛がかつて言ったように、課題はたくさんある。特に大きなものが、社会基盤の変革であった。人型情報端末に人権に近しいものを与えなければ、ネネの意思が無駄になる。しかし、そんなこと、政治家にでもならない限り無理。いや、政治家になっても決して簡単なことではない。だが、やってみなければ始まらない、と、和飛は現在、選挙に出馬する準備を進めている。その行動力の凄まじさは、飛鳥が和飛の事を認める、数少ないファクターであった。
『おにいちゃん。瑠璃先輩との結婚式はいつ?』
『来年の二月だよ』
『そう……。ネネも行ければいいんだけど』
『何言ってんだよ。ノートパソコンに入れて持ってくに決まってるだろ』
『えっ!?』
『だって妹が兄の結婚式に来ないっておかしいだろ?』
何を今更。と、飛鳥はパソコンの前で鼻で笑った。
おはようございます。こんにちわ。こんばんわ。はじめまして。くろうんもと申します。
私の拙作を読んでいただき、本当にありがとうございます。
私はロボット少女を始めとする人外少女が割と好きです。しかし、人外少女と普通の人間が恋愛をしたらどうなるか、を考えると、幸せになれるビジョンが思いつかないのです。これは作中でも飛鳥を通じて常々主張してきたことだと思います。
突っ走って行って、時間がたつとどうなるのかなあ、と考えてしまうのは、きっと私がひねくれているからでしょう。
結果として、こんな妥協案のようなものに軟着陸することになりました。不完全燃焼のように感じる方もいらっしゃるかと思われますが、こんな形もあるんだ、という程度に笑ってやってください。こんな形にしか出来ない私を、思いっきりバカにしてやってください。それが私の活力です(笑)
重ね重ね、ここまでお付き合いしていただいたことに、お礼を申し上げます。これからもよろしくお願いします。ではでは、今回はこの辺で。