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ロボット少女は恋をする(17)

 結論を言うと、ネネは壊れた。

 研究所にある、人型情報端末の管理システムを道連れにした、はずだ。少なくとも飛鳥にはそう見えた。

「オワ……ッタヨ、……オニ……イチャン」

 そして。酷くたどたどしく、更にノイズさえ乗っている声でネネがそう言うのだ。間違いないはずだ。少なくとも、飛鳥が確かめる術は無い。

「ああ、分かった、分かったから、その、直してもらおう! 父さんに!」

「イヤ」

 ネネの、冷酷な、有無を言わさない拒絶の言葉が、飛鳥に突き刺さる。

「えっ!」

「ネネ、モウロ……ボットハ、イヤダモ……ン。ニンゲン、ノカタチ、シテタラ……キット……オニイチャンノコト、アキラメラレナイモン。キットマタ、ネネノセイデ、オニイチャン、メイワク」

「そ、そんなこと……!」

「ソレニ、ハカセ、シュウリトショウシテ、エッチナコトヲ」

 ちょっとだけ。機械音声に、おどけたような色が混じった、気がした。それはきっと、半分本音、半分冗談なのだろう。

 飛鳥は、脱力した。この期に及んで、そんなことを言えるネネの強さに、感服した。もう、いいや、という気持ちになった。

「そ、そう、か」

 後ろから、ネネの、そろそろ火傷しそうなほど熱い体を抱きしめた。今、飛鳥に出来るのはこれだけだった。

「チョット、ツカレチャッタ。チョットダケ、システムヲヤスマセルネ?」

 その言葉はきっと、別れの言葉。それを感じ取った飛鳥は、一気に涙腺が熱くなるのを感じた。今、目の前で、腕の中で、ネネと言う存在が、消え去ろうとしている。

「ね、ネネ!」

「オヤスミ、オニイチャン」

「ネネ! ネネ!」

 だがしかし、ネネは答えなかった。

 その返答の代わりのように。携帯電話の着信音が鳴った。発信元は、孔雀蓮和飛であった。


「……もしもし」

 今にも泣きそうな、震えた声で応答する。忌々しいまでに、無感情な和飛の言葉が返ってくる。

『どうだ、ネネは』

「こっ! 壊れたよ!」

 その、激情をぶつける飛鳥の声はしかし、まるで深淵のような和飛の声に吸い込まれた

『ふむ。では、これで人型情報端末試作機『ネネ』は完成としよう』

 冷徹なまでに、科学者の声だった。実験結果を公表する、淡々とした、無感情。

「な、ん……」

『では、この《実験》について、話をする』

「じっ……けん?」

『ネネのクラッキングは、全てサンドボックスの中で行われた』

「な……!」

 サンドボックス。それは、システムから隔離された領域でプログラムを動作させることによって、プログラムが暴走しても、また、万が一ウイルスが混入していても、システムに影響を与えないようにするセキュリティ手法のこと。そしてこの場合のサンドボックスというのは、人型情報端末の管理システムからは隔離された場所、という意味でのサンドボックス。

『ネネ、そしてお前のパソコンのIPアドレスからこちらへ来る通信は全てサンドボックスへ通じるように操作した。……ネネはサンドボックス内にに置かれた、ダミーの管理システムを破壊した。ただそれだけの事だ』

 ネネが自らを破壊してまで、破壊した管理システムは、結局壊れていなかった。ネネは、壊した、と、誤認していたのだ。

「じゃ、じゃあ、ネネは犬死じゃないか!」

『大体にして。私が構築したシステムが、私が作ったネネに破られるわけがないだろう。ネネの計算能力では、こちらのセキュリティを破ることは、理論上不可能だ。まあ、その理論を越え、ネネは理性を手に入れたわけであるが、それもプログラムが進化したもの。プロセッサの能力を上げるには、交換するしかない。そしてネネに積んでいるプロセッサでは、セキュリティを破ることは出来ない』

 愕然とした。全ては和飛の掌の上で転がされていたことだったのだ。意図的に弱いセキュリティを張り、ネネに侵入させたのだ。そして、無意味なクラッキングをさせた。

 大体にして、攻撃して、パスワードを盗み出して。その状態で数十分放置している時点でおかしいと思うべきだったのだ。

「あっ、あんたそれでも人間か! 一体なんのためにそんな!」

『聞け、飛鳥』

 その声は、科学者の物ではなかった。一人の父親が、駄々をこねる子供に言い聞かせるような、やわらかい口調だった。

『ネネは一度、壊れてるんだ』

「……は?」

 その意外な台詞に、飛鳥は茫然自失した。壊れて、今は腕の中で動かなくなっているネネを、上から見つめる。

『そうだな。お前の家からこっちに帰って、二日ほどした時だ。ネネは、研究所の屋上から飛び降りてバラバラになった』

 絶句した。しかし、心当たりは、いくらでもあった。飛鳥の家を出て行く直前の、ネネのネガティヴさは、人間ならば自ら命を断ってもおかしくなかったかもしれない。

『結果的に、ネネは一つだけ残っていたロボット工学三原則、第三条、ロボットは自らを守らなければならない、を破壊したわけだが、しかしそんなもの、もう副産物でしかない。私も完全に予想外だった。大体にして、自ら命を断つような人間は、人間としても欠陥品だ。有り得ない。……理性のようなものが芽生えていたから、ネネの記憶、思考パターンのバックアップは取っていた。だから、ネネには今は自殺の記憶は残っていない。しかし、もう状況は変えられないと悟ったよ。再び自殺することは目に見えていた。だからせめて、死に場所を、与えてあげたかった。本人も、ロボットの体を嫌がっていたし。……自殺なんて、あんまりだろう。ネネが納得する、死ぬ、大義名分を与えたかった』

「も、もしかして、人型情報端末を近いうちに量産するって話は……」

『完全な作り話、というわけではないがね。将来的にはそうするつもりだ。しかし、今のところはまだ絵空事の段階。ネネの主張は全く正しい。社会が、ついてこれないんだよ、人型情報端末という存在にね』

「じゃ、じゃあ、あのネネへの攻撃は! あのウイルスみたいなのは! そこまでする必要あったのか!?」

『苦労して、苦労して、やっと管理システムを破壊した。後続の量産機達を守れた。その、達成感、ていうのか。それを演出したかった。あそこで飛鳥がネネの中身を見るかは正直賭けだった。しかし、事前に言っていたら、どうせお前は色々とごねただろうし、何よりも、“彼女”を泣かせることにもなるかもしれなかっただろ? ネネに走ってさ。それだけは避けたかった。自分が作ったロボットで、人の仲を引き裂くようなことはしたくなかった。だから黙っていた』

 残念ながら。和飛の言葉は全く正しい。事前に言われていたら絶対にこんなことさせていない。

『……ネネは最後の最後で、量産機達を助けるための自己犠牲、という形の、理性よりも人間らしい感覚を芽生えさせて、壊れた。主人でも何でもない存在を守るために! どうだ、どこからどう見ても人間しか出来ない行動だ! ネネは、完成している! 完全に!』

「ネネは、完成と同時に、壊れた」

『そう。それに、ネネという存在に与えられていた、社会に溶け込むこと、そして、ロボット工学三原則を破る、という役割。その役割を、完璧にこなした。ネネという一つの存在は、完璧に完成している。ネネは十分すぎるほど、役に立ってくれた。だから、手段こそ茶番劇ではあるが、決して犬死ではない。胸を張って自慢したい、立派な"娘"だよ。……しかし、人型情報端末という存在に対する課題は、まだまだ沢山残っている。今後は、その課題を潰していくことが、人型情報端末の開発に求められていること。……量産態勢は、程遠いよ』

「……あんた、狂ってる」

『そうだな。お前が羨ましいよ。技術者としてはド三流でぶん殴りたくなってくるが、人間としては超一流だ』

「……あんたにはもう、ネネは触らせない。僕が、ネネを助ける。真の意味で!」

『そうだ。それでいい。私にはそれをする資格など無い。……親父なんて超えるものだ。私よりも優秀な技術者となり、やがては人型情報端末と人間が、健全に共存する社会を作ってくれ』

「分かってるよ!」

 飛鳥は吐き捨てるようにそう言って、通話を切り。そして、携帯電話を、フローリングの床にたたき付けた。電池パックが飛び出し、液晶にヒビが入った。

 ネネが自らが壊れてまでして破壊したものが、実は何の意味も成していなかった。すべて、開発者たる和飛の手のひらの上で行われたことだった。。

 確かに、和飛の主張は、分かる。しかし、それをはいそうですかと、受け入れることは出来なかった。

 なんて。なんて、胸糞の悪い話なのだろう。

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