ロボット少女は恋をする(16)
「オニイチャン」
「うひゃぁ!?」
三十分ほどだろうか。ネネが、酷く機械音声じみた無機質な声を上げ、復元ポイントに戻したパソコンのセットアップをする飛鳥を驚かせた。
後ろを向くと、布団の上で仰向けになって身じろぎひとつせず、ただ目を開けて天井を見据えたままのネネが、そこにいた。
その姿を見て、飛鳥はゾッとした。マネキン人形のような、不気味なまでな無表情。
「パスワード、カイセキシテ、セキュリティ、ヤブッタシュンカンニ、ナンカ、メノマエガマックラニナッテ」
更に、そのネネの話しぶり。ただでさえ不気味な機械音声の上に、一応話をしているという演出のつもりなのだろう。口を動かしてはいるが、その動きは台詞と全くかみ合わず、一定間隔でパクパク口を開いたり閉じたりするだけ。出来の悪いプレゼンテーションロボットのような有様である。
「ツナイデ、オニイチャン。モウ、ヘマハシナイカラ」
「……待ってろ。今いかれたパソコンを使えるようにしてるから」
そんなネネから顔をそむけたくて。言いながら、ふと診断ツールを走らせていたノートパソコンを見て、絶句した。
「って」
どこが悪い、というのが一目でわかるような、人を正面から見たものと横から見たもののシルエットが映し出され、しかしその体の各部から伸びる噴き出し状のメッセージスペースは、『ERROR』の五文字で埋め尽くされていた。
「お、おい! 何でこんなにボロボロなんだよ! おかしいだろ!」
「カイセキ、ダケデ、ケッコウ、フカガ。ソレニ、タブンウイルスナンダロウケド、カラダジュウニ、イジョウ、ナ、デンリュウガ、ナガレテ、カイロガショートシチャッタ。デモ、アトヒトフンバリナンダ。アタマ、ハ、イキテルカラ」
外に意思を示す唯一の手段である口を、カクカクとからくり人形のように動かしながら、ネネが嘆願する。
正直言うと、飛鳥はもうやめさせたかった。これ以上負荷をかけたら十中八九、ネネは壊れる。もう、当初の決意など無くなっていた。こんな惨めすぎるネネの姿を、見たくは無かった。
しかし。ここでやめたら、意味がなくなってしまう。ここまで来たのに、引き返すことなど出来ない。飛鳥は、振り返らずに、進むしかないのだ。
熱を帯びたネネの体を、力ずくで抱き上げ、パソコンの前に座り直す。先ほどと同じ姿勢で。ただ、ネネはもう体を支える力など無い。ネネの上半身の重さが全て飛鳥にかかる。
目を閉じることもせず、ただ斜め下一点を見つめ続けるネネの首から伸びたUSBケーブルを、セットアップが済んだパソコンへ差す。
同時に。ネネの意思が飛んでいく。破壊する意思が。遠く離れた研究所のシステムを、侵食する。
ファイルの消去を示すコマンドが次々に流れて行く。