ロボット少女は恋をする(15)
パソコンの右下に表示してあるパフォーマンスモニタが、パソコンへの負荷がどんどん上がっていることを示す。使用率の折れ線グラフがどんどん上昇していくのが見て取れた。
コマンドプロンプトを次々流れていくコマンドを断片的に読み取ってみると、どうやら接続を繰り返し試みているように見受けられる。
「おいおい、そんな派手に動いていいのかよ?」
少なくともあまりスマートなやり方とは到底思えない。
『いいの。どうせハカセにはばれてる』
唐突に追加で現れたコマンドプロンプトに、そんな言葉が表示される。ギョッとした。それがネネの言葉であることに数秒のラグを伴って理解する。
具体的に口から発音するよりも、パソコンにテキストを表示させる指令を送る方が処理が少ないと言えるのだろう。つまり、今のネネにはそれをする余裕すらないということだ。この飛鳥謹製のパソコンですら、この高負荷であるのに。
服越しに伝わってくるネネの熱。普段ならば内部で完結し、体表に伝わる熱を操作することで体温を演出する余裕すらある冷却機能ですら、作業が間に合っていないのだろう。
まだ火傷するほどではないが、既に人間の体温よりは遥かに高くなっている。
パソコン側のプロセッサ温度も上昇しているのがモニタから分かる。もう少し冷却効率を考えた方が良かったか、と冷静な頭で考えた。メモリを16個も入れているせいで、内部はかなり圧迫されているのは事実。
手持無沙汰である。忙しなく動き回るパソコンのモニターを暫くジッと見つめていた、その時。
「ぐっ!」
突然、ネネが体を痙攣させた。体を仰け反らせて一瞬見えたその表情は、瞳を大きく見開き、驚愕と苦痛の色に染まっていた。
「えっ?」
その反動で、そのまま前方へ倒れこみ、パソコンデスクに額を強くぶつけ、鈍い打撃音が響き渡った。
唖然とする飛鳥の耳に、パソコンから、あまり聞きたくない不快な警告音が断続的に発せられ、正体不明の警告を示すウィンドウの羅列が現れた。
こんな異常状態、プログラムのバグかウイルスくらいしか思いつかない。そしてこの場合、どう考えても原因は後者である。
「お、おい! ネネ! ネネ!」
ネネの肩を持って揺さぶってみるが、ネネはピクリとも動いてくれない。
忌々しげに舌打ちし、飛鳥はパソコンからネネを取り外す操作を行った。正常に動作してくれるかどうか心配だったが、その心配を余所に、普通にパソコンから切り離すことに成功する。
重いネネの体を四苦八苦しながら傍に敷いてあった布団の上に寝かせた。
さてどうしたものか、と考え、パソコンは念のために取っておいた復元ポイントまで戻す操作を行った。
問題は、ネネだった。パソコン用のウイルスならば検出出来るだろうが、ネネの動作に直接影響してくるウイルスなど。
とりあえず、メインのパソコンは復元作業中。予備として置いてあるノートパソコンを持ちだしてくる。
電源を入れ、ネネを接続してみると、一応は正常に認識してくれた。先ほど笑ってしまったメッセージが、今はどれだけ飛鳥を安心させてくれたことか。
しかしこれ以降どうすればいいのか、と考え、先ほどのネネの台詞が思い出された。
――必要なんだからね! データのバックアップとかウイルスチェックとか!
成程。しかしそのためのソフトなど知らない。
ひょっとしてネネに搭載されてないかな、と、『NENE』というデバイスの中身を開いてみることにすると、意外にも普通のパソコンで使えそうなソフトのショートカットが置かれていた。
当然と言えば当然である。商品化を考えているのだから、持ち主たる人間が整備しやすいようになっているのだろう。
祈るような思いで、診断ツールっぽいショートカットを押してみると、パソコン上で何かしらの処理が始まった。残り時間を示すバーが表示されているが、少し時間がかかるようだ。
しかし、冷や冷やしたが、何とか持ち直せそうだ、と安堵の息を吐いた。
体を投げ出し、ネネの熱と先ほどまでの焦燥で熱を持った体を冷やすように流れ出た顔の汗を二の腕で拭い、両足を投げ出した。
この時の飛鳥は、微塵にも思っていなかった。上手く行き過ぎている、と。