ロボット少女は恋をする(11)
「く、クラッキングぅ!? おいちょっと待て! それは普通に犯罪だろ!」
ネネの言葉を聞いて、飛鳥は素っ頓狂な声を上げた。当たり前だ。今ネネは、自分に犯罪を犯せと言っているようなものだ。
クラッキング。すなわち、研究所の計算機に侵入して、何かしらを破壊しろ、ということ。
「そうだね。おにいちゃんがやれば、それは犯罪だね」
ネネは、しかし何か面白いものを見ているかのような笑みを浮かべ、浮かしていた腰を下ろした。
「勿論、ネネがやるよ。そもそもネネは人間じゃないから人間の犯罪は適用されないし。それに、試作品のネネにクラックされてもさ、それはハカセのプログラミングが悪いって言い張れる。ハカセの自業自得だよ。プログラムのバグで、大事なものが消えちゃうっていうのは、よくあるよね?」
確かによくある。飛鳥も、自作プログラムのバグで変なところを参照、上書きしてしまってシステムファイルを破壊してしまった経験もある。
成程。ネネ、という社会的なイレギュラーの存在によって、法の抜け道はいくらでも開いているということだ。
「おにいちゃんはさ。パソコンを、“強く”してほしいんだ。さすがにネネの頭だけじゃ、演算能力が足りないからさ。それだけでいい。おにいちゃんは何も知らなかった。ただ、クラッキングの直前に“偶然”パソコンをアップグレードしただけ、って言い張ればいい」
研究所をクラックする。それはつまり、研究用の高性能計算機を相手に戦うということだ。飛鳥の自作デスクトップパソコンも、所詮はそこそこの性能の民間普及型のパーツを使って組んでいるだけ。ならば、全てのパーツを極限まで強くすれば、あるいは。
ネネの悪魔のような誘惑に、飛鳥はだんだんと乗り気になってきた。
パソコンマニアな飛鳥にとって、ハッキング、クラッキングというのは、一度やってみたいものではある。そして、ネネが、安全にそれを行うためのお膳立てをしてくれる、というのだ。
「ね? お願い」
「……いいよ」
と。あまり悩みもせずに返答。
何よりも。
「大事な大事な妹の願いだ。聞かないと、男が廃るっていうもんだ」
「ありがとう! おにいちゃん!」
「ああ、でも、パソコンをアップグレードするのにもお金が……」
いくらパーツの値下がりが続いていると言っても、あまり需要の無い“高性能すぎる”パーツの値段は相変わらず高い。今飛鳥の貯金通帳には、先月の研究補助金として振り込まれた二十万円を足しても、二十五万程度しかない。本気でやるには、足りない気がする。CPU一つでも、普通にパソコンショップで売っているもので一番高性能なものは十万を下らないはずだ。
「それなら大丈夫!」
ネネが、また悪戯っぽい笑みを浮かべ、床に転がしてあった自分の鞄を漁って、卓袱台の上に一冊の通帳を置いた。
「ハカセのヘソクリ」
飛鳥は盛大に噴き出した。
非常に親不孝なことである。しかし、和飛のお金で、和飛に痛い目を合わせる。傍若無人な和飛に対して溜まっているフラストレーションを思い切りぶつけることが出来るのだ。成功したときはどれほど気持ちいいだろう。それを思い、飛鳥はほくそ笑んだ。この状況、楽しすぎる。
こうして、父親に対する息子と娘の、ささやかというには大きすぎる悪戯が開始されたのである。