ロボット少女がいる日常(4)
住宅街の中に空気を読まずにデカデカと構えた近代的な校舎を持つ、翆龍学園。
近隣住民には変態の巣窟として疎まれ気味なこの学校に、飛鳥は通っている。
ネネが来る前は、近いから、と油断していつも遅刻ギリギリで走り抜けていた校門も、今では始業三十分前に通るのが日常であった。おかげで、いつも早めに行っている月代と一緒に登校することも多くなっている。正直、飛鳥は月代が苦手である故に、少しだけ疎ましかったが。
「じゃね! おにいちゃん!」
「おー」
昇降口の一年生の区画から、ネネが手を振る姿を見て、飛鳥も軽く片手を挙げて返した。その隣の月代も、ネネと同じようにブンブン手を振っている。
飛鳥と月代は二年生。ネネは一年生であった。とは言ったものの、ネネの場合一年生ですと言っても相当苦しい、幼い外見をしているが。
「いい子だよなあ、ネネちゃん。飛鳥の妹とは思えないぜ」
「そりゃあどういうことだよ。……まあ、正直、ネネが来て相当助かってる。料理の味が薄いのが不満だけどな」
昇降口から、階段を昇っていく。
「いいじゃん、素朴な味。飛鳥はおこちゃまのお口でちゅねー」
「うるせえ」
おどける月代に、飛鳥も子供っぽく不貞腐れてみせる。半分本気、半分冗談で。
「ははは。……ああ、飛鳥。ウチ、図書室行くからさ。またあとで」
「おう」
二階まで上がってきたところで、月代はそう言い残して行ってしまった。
飛鳥は、別にその背中を見送ることもなく、ようやく解放されたか、と息を一つついて、三階への階段をのぼる。
そして、踊場に来て体の方向を変えたとき。
「あ?」
ふと、階段の下の方に微妙な違和感を感じて立ち止まった。何やら人影が、飛鳥から隠れるように動いたような。
階段の下の防火扉の影の方をしばらく見てみたが、特別変わったところはない。
気のせいか、と、飛鳥はまた足を進め始めた。
三階で階段を離れ、教室くらいの幅がある廊下を歩いて三つほど教室を通り過ぎた所に、飛鳥の教室がある。
まだ時間が早いせいで、教室には数人しか生徒がいない。飛鳥の姿を確認しても、誰も特には気にしていないし、飛鳥も別に気にしない。教室の前の方で談笑している男子生徒うちの一人が軽く手を挙げたのを見て、飛鳥も礼儀として軽く頭を下げる程度だ。
教室の左から二番目。前から四番目の席が、飛鳥の席である。漫画などの主人公の席となると教室の窓際の一番後ろと相場が決まっているらしいが、残念ながら飛鳥の席からは桂馬跳びで離れている。飛鳥としては微妙に羨ましかったりした。
自分の席に座り、肩にぶら下げていたリュックサックを下して、机の横にあるフックに引っかけ。そして、カバンの中から本を取り出して、読み始めた。ただし、その内容は職業エンジニアが読むようなソフトウェア開発の本であるが。
飛鳥は高校生にしてパソコンマニアであった。家には年に二度構成パーツを最新型に更新してきた自作パソコンがあったりする。ちなみに言うと、いざという時に使えるようなジャンクパーツなんかも床とかに転がっていたのだが、ネネに問答無用で整理整頓させられて、物置の奥に押しやられてしまった。棄てられなかっただけよしとしよう、と思っている。
飛鳥は、本を読むのに没頭していた。家ではネネが騒がしいし、学校では月代が騒がしいし。自分の世界に入り込む暇がなくなってしまっているゆえに、こういう時間を大切にしたいと思う飛鳥である。
傍から見れば気持ち悪いと思われるかもしれないが、この学校にはもっと気持ちの悪い集団が存在しているし、理事校長からして制服に妙なこだわりを持つような変態な学校である。飛鳥にとっては、絶好の隠れ蓑であった。特別変な眼で見られたことはない。
飛鳥が変な眼で見られていることに気づいていないだけなのかもしれないが。知らぬが仏、である。