ロボット少女がいる日常(2)
目玉焼き。焼き魚。味噌汁。納豆。ご飯。
王道過ぎてまるで漫画の世界のメニューのような朝食が、フローリングの上に置かれた四角い卓袱台の上に並んでいる。
見るからに素晴らしい焼き加減の魚や、半熟でプルプルの目玉焼きが、視覚的にも、嗅覚的にも、飛鳥を刺激する。
「……いただきます」
しかし、それでも飛鳥には味を楽しむ余裕はあまりなかった。まだ、食欲よりも眠気の方が強い。あんなアグレッシヴな起こし方をされて、瞬間的に眠気が吹き飛んでも、三時間しか眠っていない脳にとっては、まだまだ休息が必要であることに変わりはなかった。
「ねえねえねえ、どうかなぁ?」
飛鳥の体面に座る、ピンク色のパジャマ姿のネネが、右手に箸を握りしめたまま、眩いばかりの期待の眼差しビームを飛鳥に照射している。ネネの前にも、飛鳥と同じメニューが置かれているが、飛鳥が食べるまでは食べる気が無いらしい。
味噌汁を一口すすった。
「……うん。おいしいよ?」
寝起きで鈍感な舌では、ネネの料理を楽しむことが出来ない。ただ、これは不味いものではない、という識別は出来た。
しかし、この二週間で、ネネの料理の腕は嫌というほど味わってきた。最初は、ロボットなんかに料理が出来るのか、という心配があったのだが、そんな心配は初日の夕食で完全に置き去りにしてきた。今も、ネネの料理を味わうのは難しいが、今までのネネの実績から言ってネネが不味い料理を作るわけがない、という確信があった。だから、飛鳥のセリフは全くの真実である。
「ふっふーん」
ネネは、誇らしげに、そのまな板と形容するしかない哀れなまでに平たい胸を反らした。
「味が薄いけどね」
飛鳥は、遠まわしにネネに抗議した。確かにネネの料理は美味しい。しかし、飛鳥はネネが来るまでは一人暮らしで、自炊をしていた。そして、その味付けは男の料理そのものである。つまり、塩分多めで大味なメニューだったのだ。そして、そんな味付けに慣れた飛鳥にとって、ネネの料理は微妙に物足りないものである。
再三言っているのだが、一向に味を濃くしてくれない。ネネ曰く、
「おにいちゃん、高血圧で死んじゃうよ?」
だそうだ。飛鳥の体を気遣ってくれるのは、とてもうれしい。しかし、飛鳥にとっては少しだけ有難迷惑であった。
「夕飯は辛いものがいいなあ……」
「カレーでも作っちゃう? でも、一晩寝かした方が美味しくなるから、出来るなら明日にしたいんだけど……」
美味しい、不味い、という判断というのは、非常に単純な判断である。しかし、それは人間を基準に考えた難易度のそれであり、機械にその判断をさせるのは、かなり難易度が高いことだ。その判断を余裕でやってのけ、更に自分の手で美味しい料理を作ってしまうネネ。今でも、飛鳥は疑問に思う。本当に、ネネはロボットなのか、と。
飛鳥が食べている姿を見て、ネネは嬉しそうに自分の目の前の料理を食べ始めた。箸を上手に使って口へ。咀嚼し、嚥下し、再び箸を使って口へ。
世間一般では、ロボットをいかになめらかに歩かせるか、ということに各メーカーが尽力しているというのに。この目の前にいる機械仕掛けの少女は、それを軽く超越して何千歩も先に進んでしまっていた。
その百三十センチ前後しかない矮躯からは考えつかないほど重い体重と、ルビーのように赤い瞳くらいしか、少なくとも人間ではない、と判断できる材料になりえない。それほど、ネネは人間じみていた。挙動、思考能力の部分では、機械であると判断可能な材料は皆無である。
飛鳥は、ある意味畏怖を感じていた。こんな非常識な存在のネネに。そして、そんなネネを開発してしまった、自分の父親を。
いくら考えても、ネネの駆動原理が全く理解できない。だから飛鳥はあまり考えないことにしている。
柔らかい魚肉と、パリパリの皮。それを、御飯と一緒に口に入れる。ちょっとだけ味覚がはっきりしてきた舌に、魚の香ばしい味が広がった。