幕間(1)
少年の家に超絶な美貌を持つ少女が、一人、ないしは複数、ある時は親の事情により、またある時は悪の組織に追われて命かながらに、更にまたある時は何の理由もなしに転がり込んできて、少年のことをよってたかって大好きになってしまう、という、男ならば一度は想像するであろう、夢のような事象がある。
これは、漫画やアニメやゲーム等の二次元世界で多々使用されてきた、その物語の著者の妄想と欲望を顕現化\させた、空想の産物である。
他にも、布団を引っぺがして起こしてくれる、お隣に住んでいる幼馴染や、懐いてくるその妹。とっても勝気な少女との曲がり角でぶつかる出会い。血の繋がらない妹との危ない恋。等、挙げてみれば切りが無いが、現実世界で起こることはあるか、という質問をされると、そんな質問はナンセンスだ、と答える。そんなことが起こる確率など、限りなくゼロに近い。
両親が海外に出張した? 家出してきた? 許嫁? 悪の組織『ブラックモエモエ団』から逃げてきた? 机の引き出しから出てきた?
そんな非日常的なコト、起こると思うほうがおかしい。きっとあなたは頭が狂っている。幼い少女に対する犯罪を起こす前に、さっさと病院にいって適切な治療を受ける施設に入りましょうね。
そう信じて止まなかった孔雀蓮飛鳥の信念と平穏無事で無風状態の日常は、あの日、木っ端微塵に砕け散り、巻き起こった暴風に乗ってあっという間に霧散してしまったわけであって。
飛鳥は自称我慢強い人間である。父親がこの世のものとは思えないくらい美少女オタクでロリコンという極めて残念なことになっている時点で、生まれた瞬間、いや、生まれる前からある意味理不尽を強いられてきたと言っていい。入学した高校が、周辺住民に恐れられる変態の巣窟であると入学した後に知った時とかも、目立たなければ問題ない、と柔軟に対応したものだ。だからこそ、多少の理不尽は我慢することが出来た。
しかし。今回彼を襲った理不尽は、飛鳥の想定をはるかに超えた。
黒い猫が描いてあるトラックで配送を行う黄緑色の使者から受け取った、父親から届いたトランク。それを開けたら、何か白っぽい肌色の物体がミッシリと詰め込まれていました。だけどよくよく見ると、それは裸の幼女でした。以上、誰も思いもしない人生最大の超絶理不尽。
飛鳥は、非常に反応に困ってしまった。こういう場合、どう反応すればいいのだろう。あんまりな理不尽さに思考が停止してしまっている。
少女の外見は九歳くらい。当然のごとく一糸纏っておらず、凹凸がほとんど無い白い裸身を曝け出している。まるで神様が自らの欲望を枯れ果てるまで注ぎ込んで作られたかのように可愛い顔をしており、幼女嗜好者でなくても変な気を起こしてしまいかねないくらいである。
少女は、開いたトランクの中に崩した正座で座って、間の抜けた表情をしている飛鳥の顔を、ルビーのような瞳で「穴が開け! ええーい!」という感じに見つめてくる。
やがて少女が口を開いた。
「照合中」
その、ちまっとしていて思わず触りたくなるような唇の間から、声変わりする気配なんて微塵も無いほど甲高いが、全く強弱が無い、まるでコンピュータで作ったような発音が飛び出した。
「照合完了。98.2658パーセント一致。孔雀連飛鳥本人と断定」
そうだ。このトランクの差出人に確認を取れば良いだけの話じゃないか。
そう思い立ち、ピクリとも動かない少女をとりあえず放置しておいてテーブルに駆け寄り、携帯電話を取った。
そして、このトランクの差出人である、飛鳥の父親、孔雀蓮和飛をアドレス帳から呼び出す。
飛鳥は今までの理不尽の原因が全てこの男に集約していると考えており、正直苦手な人物であったが、こんな破天荒な事をやらかして黙ってはおけない。
数回のコールの後、繋がった。
『はい』
「もしもし、父さん?」
『お、飛鳥。お前から連絡してくるなんて珍しいじゃないか。一体どうした』
電話の向こうで父親がそ知らぬ顔をしているのが目に浮かぶ。よくもまあぬけぬけと自分は無関係です的な声が出せるものだ。
「どうしたじゃないよ。とりあえず、アナタサマが送ってきたトランクについて聞きたい。あの幼女は何だ」
『……やったね飛鳥。家族が増えるよ!』
携帯電話の向こう側にいる、遠く離れた実家の父親、和飛の声。
そして、それを聞いて額に手を当て、飛鳥はどうしようもないほど悩んでしまった。
『どうした。嬉しくないのか。妹という設定だぞ。世界は妹を中心に回っている。第二次世界大戦も某国の皇太子の妹を巡って大国が戦ったんだぞかっこ嘘。はにゃーんはぁはぁだ。分かるか』
「分かるわけないだろうがーっ! 何処の世界に宅配便で全裸の妹を郵送する奴がいるんだーっ!」
字面だけ見ると犯罪臭しかしない台詞を吐きながら激昂する飛鳥。
普段はあまり自分からしゃべることは無い根暗な少年な飛鳥だが、父親たる和飛に対してはこんなテンションになってしまうのは親子の宿命だろうか。飛鳥が幼いころから培われてきた、頭のおかしい和飛へのツッコミ根性故。
『おお、息子よ。妹に萌えないとは情けない。それでも私の息子か。まさか姉萌えなのか? 確かにお前は私と椎葉の第一子であるが故に姉を与えることはできなかったが、姉などという糞ビッチ属性へ倒錯的な愛情を向けるのはどうかと思うぞ。私は認めん!』
「別に姉萌えでも妹萌えでもない! ともかく何だこの子は! 隠し子か!」
テレビ電話でも無い故にこちらの動きは向こうに伝わらないことは分かっているが、飛鳥は後ろの幼女を指さしながら叫ばざるを得なかった。
『妹という設定だ』
「何ださっきから設定って! そんなぽいぽいと血縁関係を変えてたまるか! それとも何か、イメクラ的なあれなのかーっ!」
『うーむ。確かにそういう用途でも使えるか……。セールスポイントの一つとしておくか……』
飛鳥の言葉に、電話の向こうにいる和飛は、その考えは無かったと言わんばかりに感慨深げにしている。
飛鳥は、本気で心配になってしまった。今現在でも犯罪の匂いしかしないのに、それが一層強くなってしまった形である。人身売買がうんたらかんたら。エロ漫画だけだと思っていた裏の世界の片鱗のようなものを感じてしまう。
「「いつかやると思っていました」と言っておくよ」
『おいおい、何か勘違いしていないか。その子はロボットだ、ロボット』
「ロボットぉ!?」
『そう。ロボット。厳密に言うと、人間の形をしたコンピュータ、人型情報端末』
信じられなかった。飛鳥は、後ろの幼女に振り向き、改めてその姿を見、そして全く隠れていない大事な部分とかに目が行ってしまった慌ててまた背を向ける。
自らの常識を粉々に打ち砕く存在。それは幽霊だとかそういう類の存在に近く、それをハイハイと許容することは到底出来なかった。
「こんな生々しいロボットがいるわけ……!」
『おいおい。ロボットじゃなったらトランクで輸送する途中で窒息するだろう常識的に考えて』
しかし、和飛の最も過ぎる反論に、飛鳥は閉口するしかなかった。確かに、今ネネが座っている開いたトランクの中には、生命維持装置やましてや空気穴のようなものは見当たらない。つまり、ここに来るまで呼吸をしていなかったというわけで。
『ちなみに起動後に呼吸を止めたら排熱が出来なくなってオーバーヒート、システム強制終了してしまうから注意』
その和飛の言葉を、飛鳥は噛み締めるようにしながら聞いていたが、一つの疑問にぶち当たった。
「なんで僕のところに送ってきたのさ」
その存在を認めたとする。認めたとして、何故自分のところに配送してくるのか。
『……起動実験。いかに人型情報端末と言う存在が社会に溶け込めるか、を確認するための』
しかし飛鳥はそう言われても乗り気になれなかった。せっかく一人暮らしで気軽な生活を満喫していたのに、この幼女の存在によってその生活を台風のごとく乱されてしまうことは推測に容易い。
「だったら、そっちでやればいいだろ。いくら研究所が山の中にあると言っても社会との交流が無いわけじゃ」
『研究補助金として毎月二十万支払おう』
「分かった。引き受けよう。僕に任せろ」
今現在一人暮らしで仕送り三万。この家は飛鳥が近くの高校に通うために親が買い与えたマンションの一室故に家賃は無い。食費や光熱費を支払ってある程度の余るが、パソコンという飛鳥の趣味を充実させるには如何せん苦しい。
それが一挙二十万だ。同居人が一人増えても明らかに毎月十万以上の余剰が発生することは明白。それだけの金があればパソコンのグレードアップも、それによって発生する光熱費の増加にも余裕で対応が出来るではないか。
そんな下心なんか飛鳥の純粋無垢な心にあるわけもなく、飛鳥はただ純粋に家族が増えることへの悦びにうち震え、何の迷いも無く和飛の依頼を快諾したわけである。
これが、二週間前のこと。飛鳥とネネの、上っ面は兄妹二人暮らしの、奇妙な共同生活の始まりであった。