ロボット少女がいる日常(12)
あれだけ壮絶な喧嘩をしていたのに、椎葉と和飛は日付が変わったくらいの時間なのに外へ出て行ってしまった。和飛の車がどこかに止めてあって、それを使って家に帰ったのか、はたまた夜の街に消えていったのか。
飛鳥的には、どうでもよかった。可能性としては五分五分であるからして考えるだけ無駄である。
時々椎葉が爆発するだけで、普段の二人は仲が大変よろしいと言える。息子としては喜ばしいことだ。数ヵ月後に家族が増えるような展開があったとしても、それも大変喜ばしいことであろう。
そんなわけで、部屋の中には結局ネネと飛鳥の二人だけとなった。交代でお風呂に入って、フローリングの上に布団を二つ並べて敷き、飛鳥がパソコンに向かうと、ネネは布団に横たわった。
ネネは、飛鳥に背を向けて横になり、肩まで毛布をかけていた。本当は毛布などもいらないのだが、自分だけ毛布を使ってネネが毛布を使わないという光景を想像して大変シュールであると思った飛鳥が、使うように勧めたのだ。
ネネの寝息が微かに聞こえる。ネネの呼吸は、内部構造の冷却、排熱のために行われる。今は動作を最低限に抑えてエネルギー消費を抑えている故に、その寝息は非常にゆっくりとしたものである。
パソコンに向かい、キーボードを叩く。公開しているソフトの、ユーザからのバグ報告に基づくアップデートの最中であった。
しかし、十分ほどで面倒になった飛鳥は、変更を保存してエディタを閉じてしまった。
今日はイレギュラーな両親の訪問もあって、非常に騒がしかったこの部屋も、こうなってしまうと、少しだけ孤独を感じてしまう。まるで祭りの後の静けさ。本当は、心の中では両親と離れて暮らすのが寂しかったのかもしれない。
それに、今の唯一の同居人であるネネが、和飛の言葉のせいで少しだけ無機質なものに感じるようになってしまったのも一因であろう。
結局自分は一人なんだ、と若干中学二年生病のような精神状態になっていた。
ため息をひとつついて、パソコンを休止状態にした。今日はもう寝てしまおう。よくよく考えたら睡眠時間が明らかに足りていないことに気づく。
パソコンスペースの座椅子から、布団の方へと移動。
天井に取り付けられた照明を、枕元の卓袱台の上のリモコンを操作してオレンジ色の豆球に変える。
そして、毛布の中に体を滑り込ませるときに、ふっと、ネネの方を見た。
飛鳥に背中を向けて眠るネネ。お風呂に入るまでは左右二つに纏めていた赤い茶髪は解かれて、肩のあたりで布団の上に散らばっている。うなじのラインとかがすごく生々しい。何度も思うが、本当にロボットかどうか、信用ならん時が多々あった。
しかし、未完成だという和飛の言葉が、喉に刺さった小骨のように引っ掛かる。こんなに人間なのに、人間じゃないという悲劇が突き刺さってくる。
しかし。考えても仕方がないことだった。飛鳥には、ネネの構造なんてまるで理解できない。技術的なものには、何も手出しは出来いない。
結局は、兄として一緒に暮らすことしかしてあげられないことが、ただただもどかしい。
バフッと。身を投げるようにして布団に倒れこんで、毛布をかぶった。
前日の睡眠時間三時間で現在時刻午前一時の破壊力はすさまじかった。明日もネネに押しつぶされるのかとか思いながら、泥沼に沈むように眠りについた。