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ロボット少女がいる日常(10)

 ついでに校長に挨拶してくる、と、和飛は翆龍学園へと出向いて行った。かつては和飛も、翆龍学園の生徒で、現校長は和飛の恩師であったという。そしてもっと言うと、和飛は美少女研究会の第二代部長であったというが、飛鳥的にはとてもどうでもいいことだ。

 今回の起動実験も、校長には了承を取って行っているらしい。

 人間らしい理性が芽生えるか否か、という実験を行うには、学校という社会の縮図と言うべきコミュニティはうってつけである。

 そして、翆龍学園に溢れる変態は、ネネというイレギュラーな存在を一般化するためには、絶好の隠れ蓑。そして兄という設定の飛鳥の存在が、そのリアリティーを増大させる。

 実は飛鳥を翆龍学園に入れたこと自体、ネネの実験を想定していた、と言っても十分に納得がいく。飛鳥的には、少しだけ不満であった。息子を一人立ちさせる、とかいう大仰な理由を当時は言っていたが怪しいものだ。

 今飛鳥は、暇そうに卓袱台に頬杖をついて夕方の報道番組を見ていた。ネネはというと、イレギュラーに人数が増えた夕食の準備中であった。

 家事全般の役目をネネに取られてしまって、このように暇していると本当にこれでいいのかと思う飛鳥であるが、下手に手を出したら逆にネネに迷惑がかかってしまうという、出来のいいお母さんとダメなお父さんという構図になってしまっていた。お料理の出来る男子高校生という自分のアイデンティティを完膚なまでに潰されて大変不服である。

 もっと生産的なことをしなくては。ちょっとだけ一念発起してパソコンに向かおうとする。いくらでもやることはある。趣味で作成したフリーソフトの改良とか。そろそろ受験勉強も視野に入れないといけないのだが、それは本能的にシャットアウトである。

 テレビを消して、立ち上がる。

 と、その時。はかったかのように、インターホンが鳴った。和飛が帰ってきたにしては早すぎる。ネットで何か買ったような記憶もない。

 居間へ入ってくるドアの横の壁に引っかかっている電話の受話器を取った。

「はい?」

「あ、飛鳥ぁ? あけて頂戴よぉ」

 受話器の奥から、妙にスローペースで間延びした女性の声が聞こえた。高校に入ってからは週一くらいでしか聞いたことが無い、今の飛鳥にとっては救いの神の声だ。

 飛鳥は小さくガッツポーズをした。こんなにも早く動いてくれるとは。

「分かった。ちょっと待ってて」

 早速玄関に向かい、サムターンを回して鍵を開け、ドアを開けた。

 そこにいたのは、飛鳥より僅かに身の丈が低い女性。艶々した黒髪を腰まで伸ばし、その身に包むのは、このご時世では場違い甚だしい、淡い青色の和服。典型的な和風美人と言って差し支えない。

 歳は三十前くらいに見え、非常にノンビリした感じの笑顔をその表情にたたえている。

「久しぶりぃ、飛鳥ぁ」

「あ、うん。久しぶり。上がってよ、母さん」

 飛鳥の母親、孔雀蓮椎葉。姉ですと言っても十分に通用、いや、そうとしか見えないほど若々しい外見をしているが、飛鳥自身もこの人が何歳なのか知らない。

「ごめんねぇ。和飛さんが迷惑掛けてるでしょぉ?」

 和服姿によく似合う、高級そうな漆塗りの下駄を脱ぎながら、椎葉が少し呆れたように言う。

「そりゃあもう。父さん今いないけど、しばらくしたら帰ってくるはず。やー、助かった。母さんがいたら百人力だって」

「帰ってきたらたっぷりお灸すえてあげなくちゃねぇ」

 うふふふふ、と黒い笑い声を上げながら、飛鳥の部屋に上がりこんでいく。

 死んだな、と、これから繰り広げられるであろう虐殺劇を思う飛鳥であるが、完全に和飛の自業自得であるから、同情する余地は無い。

 と。その声を聞いてか、ネネが台所から出てきた。そして、元気よくお辞儀した。

「こんにちわ、椎葉さん!」

「こらぁー、お母さんって言ってって言ってるでしょー?」

「え、えへへ、ごめんなさい、お母さん」

 その辺の密約は、飛鳥は知らない。実家の方で起動したときにコミュニケーションを取っていたのだろう。椎葉の態度も、本物の娘に接するかのように自然である。

「お料理してるの?」

「はいっ! お母さんも食べていってください!」

「あらー。じゃあお邪魔するわねぇー? 手伝うことあるー?」

「奥で待っててください! すぐ作りますから!」

 そう言い残して台所に引っ込むネネを見送り、椎葉と飛鳥は居間へと向かった。

「あらあら、すごく綺麗に片付いてるのねぇ。ちっとも男子高校生らしくないわぁ」

 元々飛鳥もあまり散らかっているのが好きではないし、ネネが来てから徹底的に掃除するものだから、汚し辛いというものだ。

「エッチな本とか無いのかしら?」

「無いよ!? 自分の息子をどんな目で見てるんだ!?」

 和飛同様やっぱりどこかズれているのは、しょうがないことなのだろう。そもそも和飛と結婚している時点で浮世離れすらしている。

「懐かしいわねぇ。飛鳥ったら、どこで拾ってきたのか分からないエッチな本をベッドの下に」

「わーわーわーわーわー! 一体いつの話だ!」

 まだパソコンなども持っていなかったピュアな少年が、男子小学生の幼いリビドーをぶつけるために拾ってきた雑誌が、あろうことか部屋の掃除に入った母親に見つかるという、男子小学生の過ちを突然回想されて狼狽する飛鳥である。

 しかもあの時、怒られるならまだしも、からかわれるという、ある意味ダメージが一番大きい攻撃をされた飛鳥の精神ダメージは計り知れないものであり、飛鳥のトラウマを抉り返されてしまった。

 しかしあの時、そんな椎葉に対し、和飛は血の涙を流さんとする勢いで責めた。

『飛鳥が! 飛鳥が、どれだけの思いをもってしてこれをもって帰ってきたか! お前に分かるか! 分からんだろう! 分からんでもいい! むしろ男にしか分からん! しかし! しかしだ! これだけは覚えておけ! こういうものは! 見つけてもそっと元の場所に置いておくものだ! そして何事も無かったかのように接してあげるのが母親の優しさというもの! そして影ながらに息子の成長を喜ぶのが母親の愛情と言うものだ! それが出来ないお前は母親失格!』

 そして翌日、これを使え、と、ポーンとパソコンを買い与えてくれた時が、この十数年間の人生で唯一和飛を尊敬してしまった時だった。

「あらぁ? やっぱり“ぱそこん”の中なのかしらぁー?」

「残念ながら入ってないよ」

 そんなわけで、今の飛鳥の部屋はこうして母親に漁られてもやましいものは見つからない。しかし、そもそもネネもいるからパソコンの中にすらやましいものを入れることはままならない点が、飛鳥の悩みでもあった。

「お茶お茶―」

 と。ネネが電気ポットと急須とお茶葉を持って部屋に入ってきて、そんな話題はうやむやになった。

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