ロボット少女がいる日常(1)
「おにいーちゃーんっ! 朝だよぅーっ! 朝朝朝!」
まだ声変りもしていない少女のような、甲高いネネの声。なんて耳障りなのだ。睡眠不足の頭に直接突き刺さってくるような鋭い刺激に、飛鳥は肌蹴ていた毛布を手繰り寄せ、頭まで被って、申し訳程度の防音壁とする。当然、ネネの声を完全にシャットダウンするには至らない。
「ん"~~~……」
昨日、夜遅くまでネットの海に泳ぎ出てしまっていた自分を恨んだ。寝る前に普段よりも多く楽しんだ分、朝の苦痛は数倍にも膨らんでしまう。
「んもー! おにいちゃん学校遅れる! えいっ!」
次の瞬間。
衝撃が、飛鳥の体を襲った。それは、決して軽いものではない。内臓が口から出てきそうだと飛鳥に錯覚させるには十分過ぎる、強力極まりないものである。
「ぐぼほぉっ!」
「朝っ! 朝っ!」
耳障りなネネの声が、妙に遠くに聞こえる。
飛鳥は朝の目覚めと同時にショックで昇天しそうになってしまった。妹に押しつぶされて死亡。そんな間抜けな記事が明日の新聞の三面記事を飾り、ネネは、兄殺しの罪で施設に連れて行かれてしまうだろう。
しかし、一瞬天に召されそうになってしまっていた意識が、無事飛鳥の体へ帰還に成功した。口に付いた泡を拭いながら飛鳥が起き上がると、両足をバタバタさせながら、腹這いで飛鳥の腹部に乗っているネネをジト目で睨みつけた。兄を殺しかけたなんて露知らない、残酷なまでに無邪気な笑みを浮かべているのが憎たらしい。
「あっ! 起きたお兄ちゃん? 朝ごはん出来てるよう!」
「……お前にはロボット三原則は適用されんのか―っ! 人間を殺しにかかるとは何事かーっ!」
ちゃぶ台返しよろしくネネの体を弾き飛ばそうとしたが、インドア派で非力な飛鳥では、ネネの重量を弾き飛ばすことなんて叶わない。腕が肘の部分で曲がってはいけない方向に曲がりそうになったので、諦めることにした。
「どけーっ! これか! これがいいんかこれがーっ!」
結局、飛鳥が出来ることと言えば、無邪気にこっちを向いて微笑んでいるネネのプニッとしたシリコン製の頬を両手の指で摘まんで、グイグイ引っ張ってやることくらいだった。
「いたたたた! ちぎれちゃう! ちぎれちゃうよおにいちゃん!」
という感じで、兄という設定のただの人間たる飛鳥と、妹という設定の人型情報端末たるネネ、二人の共同生活、二週間目の朝が始まったのである。