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第二章:思い出の丘

俺は風が吹くままに、フランスのパリへと来ていた。


場所はモンマントルの丘。


パリ1の卑猥な街として知られるここだが、昔は名だたる芸術家たちが屯って互いに親交を深め合った由緒ある街だ。


更に映画でも取り上げられた場所で観光客にも人気のある場所として知られている。


だが・・・・俺にとっては血生臭い場所の方が記憶に新しい。


ここではよく昔、女の事や仕事で揉めた・・・所謂、揉め事を片付ける場所だった。


なぜ、こんな高い丘でやるのかって?


簡単さ。


この丘の上で勝負をすれば、大勢の奴らが見物して証人になってくれる。


そして下手に卑怯な手を使えば証人がどやし付ける、という理由もある。


だからさ。


俺も尻の青い若造だった頃は、よく女の事でやり合ったものだ。


腰からモーゼルM712を取り出した。


黒い銃身をしたモーゼル。


ガブリエルからは「骨董品」、ウリエルからは「不細工」、クレセントからは「老い過ぎた老兵」と言われる俺の恋人だ。


酷い言われようだが、強ち間違いではない。


と言うか、確かにあいつ等の言う通りだ。


大きくて、複雑で、高いというアルティメットなマイナス要素を3つも備え付けた銃だ。


しかし、こいつにはこいつなりの良さがある。


どんな奴にも良い所の一つ位はあるもんさ。


こいつの場合は、フルオートが可能であり弾も強力である事かな?


フルオートなんて拳銃には不向きが専門家の意見だし、銃を殆ど知らない体外の奴等も同じ意見だろう。


だが、こいつは横向きで撃てば、その反動で銃が動いて相手を攻撃できる。


所謂、「馬賊撃ち」というやつさ。


それか下に敢えて向けて、その反動で上に発射するやつもある。


後はフルオートが出来るから俄かサブマシンガンとしての意味合いもある。


これだけ色々な事が出来るが誰にも・・・極僅かな奴にしか認められない。


要はどんなに頑張っても極僅かな者にしか認められなかった女なのさ。


こいつの弾は7.63×25mmマウザー弾でトカレフの使用する7.62×25mmトカレフ弾のベースにもなった。


この弾を使用するモーゼルは低伸特性の為ホルスターでもある木製のストックを取り付ければ200m先の的に当てる事も可能だ。


それでも200mも離れた場所では拳銃の威力など高が知られているが、それでもこんな芸当が出来る時点で凄いと思うだろ?


そして複雑という内部もきっちりと頭の中に叩きこんじまえば、暗闇でも間違えずに組み立て可能だ。


高額なのもそれだけの力を・・・気質を備えているからだ。


まぁ、今ならこれより良い銃は幾らでもあるし安くて強い銃なんかごまんとある。


だが、俺にとってはこいつが一番の銃なのさ。


・・・・今でも覚えている。


こいつを手に戦った奴と・・・俺が愛した女の事を。


奴はフランス1を公言する殺し屋だった。


確かに腕はあった。


だが、果たしてフランス1かと問われたら否と答えられる。


そんな男と俺は一人の女で喧嘩した。


まぁ、それ以外でも奴が俺を嫌い何かと絡んできた事もある。


そんなこんなで仕舞いには流血沙汰になった。


ここで、この丘の上で、奴と俺は対峙していた。


勝った方が女とヨーロッパの暗黒街の長を決める。


勝負はコインが落ちたら勝負と言う実にシンプルな方法だ。


弾は一発。


一発で相手を仕留められるだけの腕を互いに持っていた。


恐らく女が掛っていなかろうと、俺と奴は戦っていただろう。


俺自身も奴自身も互いを嫌っていた。


それに俺らの世界で同じ腕を持つ奴は二人も要らない。


武道家でもそうだ。


同等の腕を持つ者は必要ない。


勝った方が流派を受け継ぎ、負けた者は死ぬだけ。


これが俺らみたいな流血の道を歩む者たちの宿命さ。


あいつと俺は互いに向き合っていた。


どういう訳か、そん時はこんな夜だった。


風が吹いて、何処かに歩きたくなるような夜さ。


あいつがコインを宙に上げた。


俺はヒップ・ホルスターからナガンM1895を、奴はルガーP08を・・・・・・・・・・


尺取り虫と渾名されるルガーだが、奴が持つルガーはゲーリング・モデルのゴールドバージョンだ。


まったく、見栄っ張りな所も“モルヒネ野郎”と同じだったぜ。


俺のナガンは旧ソ連が愛用したリボルバーでサプレッサーを取り付け、消音効果を望めるリボルバーだ。


外人部隊に居た頃、潜入任務を受けて敵陣に潜入した時に手に入れてから愛用している。


ナガンはダブルアクション式だから引き金を引けば弾が出る。


ナガンの引き金を引いたが弾は出なかった。


あいつは口端を上げて笑った。


『勝負はやる前から始まっているのさ』


あいつに言われて、誰かが既に火薬を抜いた弾と交換したんだと解かった。


あいつはルガーの引き金を引いた。


本来なら俺に弾が当たる筈だった。


だが、こいつを使っていた女に当たった。


今にして思えば、あの女はガブリエルそっくりだ。


産まれはロシアの片田舎で流れに流れてここに来たと話していた。


男顔負けの銃の腕前に格闘技。


顔も美系で男装すれば女に囲まれていた。


逆にドレスを着れば男達に。


家系は苦しく、娼婦に雇われ殺し屋などをして生計を立てていた。


そんなあいつが愛用していたのが、このモーゼルM712・・・・俺の愛銃だった。


何でも父が第二次世界大戦の頃に東部前線でナチス野郎から分捕った物らしい。


やがて父が死ぬと自分が使用していると自慢気に話しているのを今でも覚えている。


あいつは右肺に9mm弾を受けた。


白いブラウスから血飛沫を上げてあいつは俺に向き直った。


俺の胸に倒れ込むようにして血で濡れたモーゼルを震える手で渡してきた。


『・・・撃って』


直ぐにモーゼルを持ち、あいつの額に撃ち込んでやった。


あいつは額から血飛沫を上げて倒れた。


そして、女も俺の胸で息絶えた。


だが死ぬ直前になって、あいつは俺に謝った。


『貴方の弾を摩り替えた、のは・・・・・私、なの・・・・・・・』


理由は訊かなかった。


どうせ、金を幾ばくか掴まれたに違いないと俺は思っていた。


だが、ならどうして俺を庇い、あまつさえモーゼルを渡したのか分からなかった。


後になって分かった事だが、父親が病床で治すには金が掛るらしい。


それを漬け込まれた。


三流小説家の小説に出て来そうな話だが、嘘のような本当の話だ。


金が欲しかったあいつは言われるままに、俺のナガンから弾を抜いた。


しかし、どういう訳か俺を庇い死んだ。


その理由は分からない。


あいつが墓の中まで持って行ったからな。


そういう所は貝みたいに口を閉じたからな。


俺は煙草を取り出して銜えた。


銘柄は無い。


正確に言えばあったと言うべきだろうか。


既に絶版となって誰も知らないから銘柄は無いんだ。


以前の頃は、夜歩くなんて言う名前で呼ばれていたな。


何でそんな名前で呼ばれたのかは知らないが、かなり安い値打ちで売られていたのを覚えている。


これを吸い出したのも、ある女から勧められたのが理由だ。


まぁ、この話はまた今度にしよう。


煙草に火を点けながら俺はモーゼルの銃身を撫でた。


あの時から何十年も経つが、未だに故障一つしない。


あいつの話じゃ、こうだ。


『銃は女と一緒よ。男が常に目を光らせておかないと浮気するわ』


だから、俺はこいつを毎日、掃除してやる。


まったく手の掛る女だ。


こういう女は俺みたいな男には不向きだ。


だが、相性とでも言えば良いのかな?


バッチリ合うから困るんだよ。


まぁ、当分の間はお前で我慢してやるよ。


俺はモーゼルをホルスターに仕舞い、背を向けた。


まだ風は吹いている。


まだ夜は長い。


もう暫くは、歩こう。


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