JEWEL SONG
北海道で見られる貴重なジュエルアイス。
その美しい光景を見て、この話を書きました。
「ねぇ、哲也?」
「何? どうした?」
突然、彼女の舞に呼ばれて読んでいた雑誌から視線を外し、彼女の方へと送った。
彼女は出来上がったばかりの夕食をテーブルに並べていたのだが、お皿から手を離し、細くて綺麗な指を組んだかと思うと少し躊躇った表情を浮かべ口を開いた。
「行ってみたい……場所があるの。一緒に行ってくれる?」
「行ってみたい場所? 珍しいね、舞からのお願いとか。俺は全然構わないけど」
突然の質問にそう答えると、彼女はホッとした顔をし小さく笑顔を見せた。
彼女が一体どんな場所に行きたいのか?
少し気になってその後尋ねてみたが
「……ちょっと気になる事があって……」
そう言っただけで彼女は口を閉ざしてしまった。
彼女とは3年前に働き始めた職場で知り合った。
皆に優しく、趣味も同じで意気投合した俺達はすぐに恋に落ち恋人同士になった。
早くに父親を亡くし、母親と二人暮らしだった彼女はとても母親想いで、父親が居ない寂しささえ感じさせない程にいつも明るく笑っていた。
だけど半年前、そんな彼女の笑顔を萎ませる出来事が起こった。
彼女の母親が病に倒れ、しばらく入院生活を続けていたのだが、その後病気が良くなる事はなくそのまま天国へと旅立ってしまったのだ。
最近やっと笑顔を見せれる程にまで心が落ち着いてはきたが、以前のように大声を上げて笑う事はしなくなっていた。
そんな時に出た今回の彼女からの申し出を断るわけも無く、理由は分からないままだったが次の連休を使って彼女が行きたいと行っていた場所へ向かう事になった。
ゴトゴトと揺れる車の中、ハンドルを握り締める。
少し窓を開けているせいか、冷たい風が車内に入り込んで彼女の髪を揺らしていた。
「寒くない?」
「……ううん、大丈夫」
「そう」
彼女の横顔をチラリと見つめると舞は俺の視線に気付き、フワリと笑顔を見せた。
そんな舞の頭を優しく撫で、俺は彼女が設定したナビ通りに車を走らせていく。
どれぐらい走らせたのか?
出発してから3時間程経過した頃、車のナビが目的地付近に到着した事を知らせた。
路肩に車を駐車し辺りを見回すが、古めかしい自販機がひとつポツンとあるぐらいで真っ暗で何も見えない。
「舞、来たかったのってここ?」
「うん」
「……何も無いぞ?」
「もう少し……」
彼女はそう呟き、ナビの時計を見つめているようだった。
その後、彼女は外を見つめたまま何かをする様子も無かったので、仕方なく車を降り自販機でホットコーヒーを2本買って彼女に渡す。
「ありがとう」
カシュっという缶を開ける乾いた様な音が車内に響き、ふたりで缶コーヒーに口を付けた。
「……あったかいね」
「まだ寒いもんな」
身体の芯が温まるような感覚の中、横を見ると彼女は缶コーヒーの温かさを逃さないように手のひらで包み込んでいるが、親指は缶の縁をなぞるように動かしている。
「哲也」
「ん?」
黙ったままだった彼女が急に口を開く。
「私、ずっとお母さんとふたりで暮してたじゃない?」
「……うん」
「一度ね、お母さんに聞いた事があるんだ」
「何を?」
「再婚しないの? って……」
「そう……お母さんはどう答えたの?」
「今もまだお父さんを愛してるって。だから再婚なんて考えられないんだって」
「そうなんだ」
「それでね、お母さんが亡くなる前にずっとずっと大切に肌身離さず着けていた指輪を私にくれたの。私が小さい頃……その指輪が凄く綺麗で何度もお母さんに欲しいっておねだりしてたんだけど、舞が大人の女性になったらね? って言われてて……
今はその指輪がお父さんに貰った大切な指輪だって分かってたから、一度は断ったんだけど……」
そう言うと彼女はカバンの中から大切そうに取り出したケースを開けて指輪を取り出した。
その指輪はとても綺麗なダイヤが付いていて、この暗闇でさえも光り輝いている。
「とても綺麗だね」
「うん」
何故、彼女がいきなりこの話題を出したのか?
この場所に来た事と何か関係があるのだろうか……?
そんな事をふと考えていたその時……
「……あ!」
彼女がいきなり声を上げ、フロントガラスに食入るように身体を前のめりにさせた。
驚いた俺は彼女が見つめる先へ振り返ると、少しだけ朝日が登り始めたようで、何とも言えない美しい色が空を染め上げている。
そして俺は初めて何も無いと思っていたこの場所が海の近くだったのだと気が付いた。
「哲也! 早くっ!」
「え!? 舞?」
彼女は急かすように車から飛び出すと、海の方へと駆け出して行く。
急いで車から降りた俺は、彼女が向かった先へと追い掛けて行く。
波打ち際で立ち竦んでいる彼女の後ろ姿を見て、歩みを止め声を掛けた。
「……舞?」
呼び掛けるが、彼女は返事をするどころか振り向くこともなかったので、少し不安になってしまう。
すると急に彼女がその場に崩れるように座り込んだ。
「舞!」
すぐさま彼女の方へと駆け寄り細い肩を抱く。
「哲也……見て?」
「……え?」
彼女の細い指がある場所を指し示す。
その先にあるものを見た俺は、思わず息を飲んだ。
そこにはいくつもの美しい宝石のようなものが何度も何度も波を被り、そして朝日を浴びて美しく輝きを放っていた。
「舞……これ……」
「凄く……綺麗だよね……ジュエリーアイスって言うんだって」
「……舞はこれを見るために?」
彼女は俺の質問に黙って頷いた。
「お母さんが、お父さんと結婚する前にここに一緒に来たらしいの」
「ここへ?」
「うん……お父さん、その時はまだ若かったし指輪を買うお金も無くて……だけどここで約束したんだって。
この綺麗なジュエリーアイスよりも素敵な指輪を必ず贈るから、僕と結婚して下さいって」
「……それがさっきの指輪?」
「うん」
「そっか」
彼女の肩を擦る俺の手を、そっと舞の細い指が優しく包み込む。
冷たい風が海から上がる霧を空へと運んでいき、見た事も無いような幻想的な世界を創り出す。
「お母さんは、この指輪を私にくれた時に『この指輪を贈って貰った時も、もちろん嬉しかったけど……もっと素敵なものをずっと前にお父さんから贈って貰ったから』って言って幸せそうに笑ったの。
今日、このジュエリーアイスを見て分かった……
こんなにも綺麗で素敵なものをお母さんは貰ったんだって」
「舞……」
「ねぇ、哲也……? お母さんは今頃、お父さんとまた一緒に居るんだよね?」
「うん、そうだよ」
女性ひとりで子供を育てていくには沢山の苦労があっただろう……
悩みや不安を相談出来る筈の愛する夫も居ない……
誰にも頼らずただひたすら走り続けてきた舞の母親。
そんな母親の幸せを誰よりも舞は望んでいたのかもしれない。
「……良かった」
そう呟いた舞の瞳からは、大きな涙の粒が零れ落ち、頬を伝う。
その涙は俺の目にはどの宝石よりも美しく輝いて見えた。
母親を想う優しい彼女を大切にしたい……俺は彼女の肩を引き寄せ強く抱きしめた。
「舞……俺と家族になろう」
「うん……」
微笑む彼女の手を取りキスをする。
波打ち際では、ジュエリーアイスが優しく温かい光を放ち続けていた。




