空から落ちるは天の涙 ──裁き前夜の雨宿り──
「止みませんね、雨」
建物の軒先から恨めしく空を見上げていると、雨宿りの先客だった青年がポツリと呟く。アンナは曖昧に頷き、腕の中の荷物を抱え直した。
アンナは街中の食堂の店員だ。酒も出す店で、身動きの取れない店主に代わり、買い出しもこなしている。今晩も切れかけていた食材を慌てて買いに出てて、予定外の大雨に降られてしまった。
無聊を慰めようとでも言うのか、青年は戸惑うアンナに構わず続ける。
「雨は天の涙だと、古い書物にはあるそうですね」
「はぁ……」
「だとすれば、天は何を嘆くのか。傲慢な支配者か、怠惰な民か」
「あなた、宗教家か何か?」
あからさまに警戒するアンナに、青年は苦笑した。
「いいえ。――でも、そう、嘆いてはいるのでしょうね」
意味が分からない。
黙り込むアンナをよそに、青年はふと厚い雲に覆われた夜空を見上げて、言った。
「ここで会ったのも、何かの縁でしょう。――ねえ、あなた。明日は外に出てはなりません」
「……はあ?」
「決して出てはなりません。いいですね」
一方的に告げ、青年は雨の中を駆け出していく。
(なんなの、あの人……)
呆然と見送るアンナの問いに、答えるものはいない。
翌日、アンナは仕事を休んで家にいた。
青年の忠告に従ったわけでは、もちろんない。止まない雨に焦れるあまり、豪雨の中を無理に走った結果、見事に熱を出してしまったのだ。
未だ小雨は降り止まず、街をグレーに染めている。
ベッドの上でアンナが溜め息をついたその時、耳をつんざく轟音が響き渡った。
(なっ、何!?)
アンナが慌てて飛び起きた時には、遠く離れてもなお民を威圧するようにそびえ立つ王城が、黒煙を噴き出していた。窓の奥には炎。
「なんだ、爆撃か!?」
「いや、雷だ! 王城に落ちたぞ!」
(嘘でしょう……!?)
雨は、天の涙。
そう呟いていた青年の姿が、なぜだか頭を過ぎる。
王城の主である国王は、貧民救済に充てられた予算を愛人のために使い込んだとして、貴族院から厳しい糾弾を受けていたはずだ。その王の暮らす城に、雷は落ちた。
まるで、天罰のように。
(まさか……)
アンナは背筋を粟立たせる。あの青年は、まさか。
(なんだったの、あの人……?)
アンナの問いに、答えるものは、いない。




