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7_特殊審問官②



 硬直した老爺二人を見て、アシュレイは何かを確信したように、二人を見つめた。


「二ヶ月ほど前、ここから一日掛かる北東の街外れで、強い魔道具を使用しませんでしたか?」


 彼の言葉に、エリスの心臓はどきりと跳ねる。


(強い魔道具って……もしかして『運命の乙女』を探すために使った鏡のこと?)


 黙った三人を見て、アシュレイは困った顔で机の上に地図を広げ始めた。


「魔神の封印が解けた時や、その前後の魔物の移動を感知するために、各地に魔力の増減を計測する魔道具があるんです。二ヶ月前、北東のそれが異常値を計測して警告音を出しました。そのあとすぐに魔力は感知できなくなったそうですが――古代魔道具レベルの魔力だったので、僕は個人的に気になって、ここ数日、微量な魔力の残滓を追い始めたんです。……あ、僕は人より感知が得意なのですが、ちょうどその頃は南西の方で別の仕事があったので二ヶ月遅れで残滓を追いかけることになり……そのせいで術者の姿は見ませんでしたが、おそらく『古代魔道具を持った誰か』は、微弱な魔力を発しながら移動して、我が国の北西のちいさな村に辿り着き、そしてその土地で古代魔道具の効果は消失したと推測しています」


 彼が地図上で、とある場所を指差した。

 エリスはぎょっとした。それはまさにエリスが叔母たちと住んでいた村だったからだ。


「発動が終わった魔道具となると、常人ではもう追えるレベルではありませんが、僕はわずかに残った魔道具の魔力を――ほとんど探知できないレベルの残滓を追い続け――止まったのがこの森になります。つまり『古代魔道具を持ったまま移動したであろう人物』は、北東から出発し、北西で何らかの用事を済ませ、また戻ってきてこの東端に落ち着いた――その用事が何だったのかが心配で、僕は個人的に調べに来たわけですが……何か心当たりはありますか?」


 アシュレイがそっと訊ねると、しん、と部屋は静まり返った。

 先ほどの『特殊審問官』という言葉への反応から、老爺二人が使ったと予想しているのか、彼はエリスではなく二人に絞って話しかける。


「感知直後も、国家魔導士たちができる限り調査をしましたが、魔道具による事件は起こっていませんでした。調査は一旦打ち切りになりましたが、何かあってからでは取り返しがつきません。――できれば、話していただけると助かります」


 アシュレイは静かに老爺たちを見据え続けた。気遣うようでありながら、その堂々とした振る舞いは、先ほどまでの臆病さなど微塵も見当たらない。――彼は職務のために、ひいては国の平穏のために、一歩も譲る気はないように見えた。


 老爺二人は、観念したように溜息を吐く。


「……発動する場所は気に掛けて、わざとここから離れておいたが、まさか壊れた後も、追えてしまうとはのう」

「ああ、わざわざ遠い土地で発動させたが、持ち帰るのもまずかったとはな」


 ほとんど告白のような言葉に、「魔道具を使ったのはあなたたちなんですね」とアシュレイが真剣な顔で訊く。

 エリスは慌てて立ち上がった。


「ごめんなさい、罰ならすべて私が受けます」

「エリス!? 何を言うとるんじゃ! お前は何も悪いことなどしとらん!」


 老爺二人は慌て出す。

 アシュレイも驚いたようにエリスを見た。


「きっかけは私の――私のためだったんです。私はどうなってもいいので、この二人を罰しないでください」

「エリス!!」


 老爺二人の叫びに、アシュレイが慌てる。


「あ、あの、違――いえ、あの、罰することは無いです! 三人とも落ち着いて! 僕が言葉足らずでごめんなさい!」

「……本当に?」

「う、うん、だから、ええと……エリスも座ろう」


 立ち上がっていたアシュレイに促されて、エリスも静かに椅子に座る。

 そして、アシュレイは三人の顔を見渡してゆっくりと喋った。


「なにも罰しようとか、没収しようというわけではなくてですね、ええと……たとえ古代魔道具でも持ち主に権利があるので、使うのも持ち主の自由なんです。ただ、あまりに強い魔道具を使われると、こちらとしても、何の魔道具なのか、把握しないと心配というか――」


 確かに、強い魔力を感知したのに、用途が不明だと国防に携わる人たちは不安だろう。

 ロズじいさんが拗ねたように言う。


「悪いことには使っておらん。それに、あの魔道具はもう役目を終えた」

「そうですか。……もしよろしければ、国の宝物庫でお預かりしますし、自分でお持ちになりたい場合も、古代魔道具は非常に貴重なものなので、老朽化に対する修理や保全をこちらで援助したりもできます。……一応、どういうものをどこの誰が持っているのか、国として把握しておきたいだけでして……」

「援助? 国が修理代を出してくれるの?」


 エリスの問いに、「うん」とアシュレイが頷く。


「それで、その援助の代わりといってはなんですが、その魔道具の性質によっては、有事の際に貸していただけたら――」


 ぴくり、とロズじいさんの肩眉が跳ね上がった。怒気がぶわりと湧いて出る。


「貸す? 貸すじゃと? おぬしらはいつもそうじゃ! 最初はそうやって下手(したて)に出ておきながら、儂らの大切な――むがっ」


 勢いで『死者の鏡』のことまで話しそうなロズじいさんを、マルスじいさんが大きな手で押さえに掛かった。


(ナイス判断、マルスじいちゃん!)


 このままロズじいさんが、「ミラルス村の老人は『死者の鏡』を奪われたことを今も恨んでいる」とバラしてしまうと、今度の作戦がやりにくくなる。


 そもそも当時のことを知らない若いアシュレイに、五十年前のことを訴えたところで今さらどうにかなるとも思えない。


(というか、この気弱そうな人が平然とミラルス村の人のところに悪びれもなく来て、今きょとんとしているあたり、記録上は正当に買い取ったことにされているんじゃないかしら……)


 実際、アシュレイは急に怒り出したロズじいさんに困惑している。


「ええと、あの、ごめんなさい、僕、なにか失言が――? ああ、いや、他人に貸すのは不安ですよね、古代魔道具ともなれば、きっと大切なご先祖から継いだものでしょうから……貸している間に壊されたりしたらどうしようって心配ですよね? でも大切に扱いますので……僕の先輩たちは本当に魔道具が大好きで、むしろ人間より魔道具が好きな人ばかりで……」

「うん、アシュレイが良い人なのと、わりと職場で過ごしやすそうにしてるのはわかったわ……」


 ロズじいさんも彼に怒っても仕方ないとわかったのか、ふう、と息を吐いて、自分の怒気を逃そうとする。


 場が落ち着いたと悟ったアシュレイは、もう一度静かにロズじいさんに話しかける。


「その……どういう効果の魔道具なのかだけでも教えていただけませんか? 残滓からして、有害な効果を周囲に及ぼすものではないと僕は判断しているのですが、一応正体がわからないと『要注意』のままなので」


 ロズじいさんは黙っている。

 代わりにエリスが弁解をする。


「……ええと、本当に、兵器とかではなくて……」


 世界のどこにいるかもわからない人をみつける魔道具なんて、かなり有用な物だと思う。国の役に立つに違いない。だけど、これ以上この老人たちから何も取り上げないでほしい、という気持ちもあった。


「この二人は、本当に私を助けるためだけに使ってくれたの……あ、私は救われたけど、人の命を救うようなすごい魔道具でもなくて……ええと」


 なんとかこの場を逃れようと考えながら喋っていると、「そもそもあれは壊れたぞ」とぼそりとロズじいさんが言う。


「たぶんもう二度と直らん」

「に、二度と……?」


 アシュレイが驚き半分、悲しみ半分の顔になる。


「もともと老朽化しとったしなぁ、あれで使い切ったんじゃろう」


 ロズじいさんの言葉に、「まあ無茶な注文をしたからな」とマルスじいさんも頷く。


(やっぱり『顔も名前も知らないけど、世界のどこかから運命の乙女をみつけて』って相当無茶な注文だったのね……)


 エリスはなんとなく苦い気持ちになる。


「壊れているんですか……あの、魔力不足とかではなくて? 失礼ながら、最初に感知した膨大な魔力は――お二人なら五十年かければ貯められるような量でしたよね」

「そんなことまでわかるのか。すごいのぅ」

「それで今は使い切って動かないだけで、魔力を充填すればまた動いたり――」

「いや、あれは完全に壊れた」


 アシュレイは静かになった。なにやら悩んでいるようだった。


「お、怒る? ……呆れた?」


 おそるおそるエリスが訊くと、彼はきょとんと目を瞬かせた。


「え、僕が? 怒らないよ。持ち主が使って、それで耐えきれなかったんでしょう? 古いものだから仕方ないよ。それに、ええと――もし直したければ、やはり帝国に相談していただければ、物によっては国家魔導士が修復できたり――彼らが無理でも、いずれ――魔法救皇なら直せるかもしれないし」

「魔法救皇!?」


 急に思わぬ単語が出てきて驚いた。


「でもそっか、万能の魔法救皇なら、壊れた古代魔道具も直せるのね。さすがだわ」


 エリスが感嘆していると、なぜか彼が焦り出した。


「あ、いや、魔法救皇は魔力が高いから魔法に関しては自由自在だし、万能だなんて言われてるけど、魔道具の仕組みとか知識とか技術は職人技でまだ勉強中っていうか、まだ何年か修行しないと直せない……と思うけど――」

「? もしかして魔法救皇と知り合いだったりするの?」

「え!?」


 ぶわり、と彼から焦りの(もや)が飛び出した。


「な、なんでそう思ったの? 知り合いじゃないよ」

「だって、かなり身近な感じで話すから――ねえ、どうして慌てているの?」

「慌ててないよ!?」


 アシュレイが声を裏返らせかねない勢いで否定した。


(あやしい……)


 嘘を吐いている時のもやもやが彼から出ている。


 それに、普通の人なら「魔法救皇って何でもできるらしいよ」とか、「らしい」「って聞いた」などと伝聞形式で話すものだ。だが彼はそういう話し方ではなかった。


「やっぱり国家魔導士だと会えたりするの? あ、そういえばアシュレイは特殊審問官ってやつなんだっけ? それって偉い役職? 魔法救皇とお話できるくらい?」

「えっ」


 彼は驚いた顔をした後に、ものすごく目を逸らしながら言った。


「あ、ううん、僕は下っ端だから自由に会えたりしないけど、ちょっと見かけたり――まあ、彼が魔道具を直せるかどうかは知ってるかな、くらいで」

「ちなみに魔法救皇ってどっちの皇子様?」

「!? そ、それは、ほら、仮面をつけて内緒にしてるから、僕もわかんないよ」

「そっか、残念。本当に仮面をつけてるのね」


 最近だと二ヶ月ほど前に南西の方で起きた大規模な土砂崩れの復興作業を、仮面をつけた魔法救皇が魔法で支援したと聞く。


(どっちの皇子なのか事前にわかっておけば、私も『仕事』をやりやすいんだけど……)


 アシュレイはどぎまぎと緊張しているのが()えた。動揺が多く、隠したい何かがある時の感情の()え方だ。これ以上追及しないでくれと全身の強張りから察せられる。こちらも魔道具について追及されたくないのはお互い様なので、深追いはしないでおこうと思った。


「それで、魔道具についてだけど――どうしようかな、ちょうどいいやつあったっけ……」


 そう言って彼はごそごそと懐を探ったり、鞄の中を漁り始めた。

 何の話だろうと思って見守っていると、彼は苦笑してみせる。


「僕の私物――僕が練習用に作って失敗したやつを一応提出しようかなって思ったんだ。先輩たちにはバレるけど、上の偉い人たちはあんまり違いがわからないから。それで報告書を出します。……僕が嘘をつくこと、内緒にしてくれますか?」


 エリスたちの顔を順番に見て、彼が言った。

 つまり、報告を誤魔化してくれるということだ。


「え……いいの?」


 思わず聞き返すと、彼は苦笑した。


「だって壊れちゃったんでしょう? 危ないものじゃなくて、国に持っていかれたくないっていうなら、これで解決にしよう。誰が引き起こしたかわからないままだと、やっぱり問題の先送りになっちゃうからね。……もし万が一、僕以外の審問官がここに辿り着いちゃうと結構厳しいことになるかもしれないし、国境沿いだったから、余計な火種になるかもしれないし……平和が一番だから」

「……信じてくれるの? 危ないものじゃないって」


 静かに問いかけるエリスを、彼は見つめ返し、頷いた。


「嘘を言う人たちじゃなさそうだから」


 そして眩しそうに微笑む。

 穏やかで、ちいさい花のような――温かな蝋燭のちいさな火のような人だと思った。


「ありがとう、アシュレイ……」

「気にしないで」


 困り果てていた老爺たちも、彼に頭を下げた。


「申し訳ない……ありがとう。それに、儂らの不注意のせいで、こんなところまで来させてしまった」

「いえ、お気になさらず。僕が個人的に気になって追加調査に来ただけなので。……でも、個人的にはやっぱりいろんな魔道具を見たいので、どんな魔道具だったんだろうって少し興味はあって――もしいずれ修理したくなったら、僕に預けてもらえませんか? 直せるかもしれないし……今はまだ無理かもしれないけれど」


 彼の言葉に、大柄なマルスじいさんがしっかり頷く。


「お前さんなら信頼できる。時が来たら、いずれ預けよう」

「いずれと言っても、儂ら生きておるかのぅ……」


 細身のロズじいさんは、少し遠い目をしていた。



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