6_特殊審問官①
小屋が見えてくると、彼は「あ」と言った。そして慌てて地図を取り出し、しきりに見比べて、「そうか、ここだ……」と言った。
「どうしたの? アシュレイ」
声を掛けると、彼が「あ、あの……」と気まずそうにする。
「仕事が……」
「?」
「仕事がまだ残ってるのを思い出して……あの、その、騙したわけじゃなくて」
彼の中から、ぶわり、ぶわり、と罪悪感のようなものが湧き出てくるのが見える。
(なんのことだろう?)
不思議に思っていると、ちょうど中から扉が開いて、
「おお、エリス、遅いから探しに行くところじゃったよ。……そちらの方は?」
と魔導士の方の老人、ロズが出迎えた。
「あ、この人はアシュレイ。薬草の研究に来るって言ってた国家魔導士の人。そういえばロズじいちゃん、この森って侵入者向けの結界とか妨害魔法とかあるの?」
「うん?」
「この人、箒で飛ぶから落ちると危ないと思って」
もう落ちた上に、エリスも危ない目に遭ったことは黙っておいた。心配させると脳に血が上りすぎて、老人にはあんまり良くないらしい。
「ああ、害意のある攻撃魔法でもなければ平気じゃ。箒で飛ぶくらい、なんも干渉せんぞ」
(じゃあ不調で落ちちゃったの?)
ちらりとアシュレイを見ると、彼はなにか考えるような顔をしていた。見られていると気づくと、慌ててフードを引っ張って顔を隠す。
しかしそれも失礼だと思ったのか、フードを取り、老魔導士に挨拶をする。
「東支部から参りました、アシュレイと申します」
「おお、そうかそうか、これからちょうど夕食じゃ。泊まっていきなさい」
「あ、ええと」
いいのかな、と言う顔でエリスを見た。
「ほらね、駄目なんて言わないでしょ。泊まっていってよ」
「で、でも、僕……仕事をしないと」
「? まだ外で何かやるの? 採取?」
「外じゃないんだけど……」
「明日じゃだめ?」
「…………ええと」
彼は悩んでいるようだった。エリスは「まあ、せめて食べてからにしよう」と彼を半ば無理やり中に引き入れた。
◇◇◇
エリスが採ってきたキノコをスープに加えて夕食が完成した。元武人だった方の老爺――マルスじいさんの獲ってきてくれた鳥の肉もあるので、なかなか豪華な夕食だ。
四人で席に着いて、食べ始めた。
「……おいしい。このキノコ、二人の健康に気を遣ってるの?」
「わかる?」
「うん、このキノコはお年寄りには特に食べてほしいものだから――僕も、普段の食事から健康に寄与できるようにできたらなって思ってて、自分でも一人で作ってたりするから……簡単なスープとかだけど」
「へえ、気になるわ。アシュレイのスープ、食べてみたいな」
なんとなくそう言ってみると、老爺たちも笑顔で言う。
「儂も気になるのぅ。今からもう一品作ってもらおうかの」
「スープ二杯も飲んだら、お腹たぷたぷにならない?」
エリスが苦笑していると、アシュレイが申し出る。
「そ、その、明日の朝ごはんに、よければ作りましょうか……僕、たぶん眠れないので、朝早くても大丈夫です」
それは楽しみだ、と言いたいところだが、「眠れない」というのは気にかかった。
「知らない家だと眠れないの?」
訊くと、彼が「あ、いや、ええと」と困ったように目を逸らす。
「遠慮しないで、本当のことを言って」
「あ、あの……うん、たしかに、慣れてない場所だと、初日はどうしても寝れなくて……」
「そっか、ごめんなさい、無理に連れてきて」
「あ、いや、むしろ夕食までご馳走になって、屋根を貸してもらえるだけでもこっちが申し訳ないくらいで……だから、その、朝まで暇なので……勝手に使ってよければ、朝食の準備とか、簡単なスープくらいなら……」
眠れない人を無理に連れてきて申し訳なかったな、と思いつつ、彼の料理は気になったので、朝食づくりを頼むことにした。老爺二人も「朝食が楽しみだのう」「ぜひお願いしよう」と嬉しそうだ。
それから、大柄な方のマルスじいさんが静かに言った。
「無理に寝なくてもいいが、横になって目をつぶっておるだけでも、少しは身体も心も休まるものだ。起きていたければ本や蝋燭を貸すが、あったかくするんだぞ。老人も朝は勝手に目が覚めるものだから、気持ちはわかる。なんなら晩酌にでも付き合おうか」
「あ、私も夜更かししようかな」
「お前さんは寝ておけ」
エリスたちのやりとりに、彼はほっとしたように小さな笑みを浮かべた。――そしてその直後に、彼からもやもやと、罪悪感や躊躇いが浮かぶのが見えた。
(どうしたんだろう?)
しかも、苦痛の色まで見えるのではないか。
(え、どういうこと!? この会話が苦痛だったの!? それともどこか痛むの!?)
エリスまで心がきゅっと苦しくなるような気になった。
「ア、アシュレイ? 大丈夫?」
おそるおそる声を掛けると、
「――や、やっぱりだめだ。黙っておけない。心が痛い」
と彼が立ち上がる。
エリスたちがぽかんと彼を見上げていると、
「明日じゃなくて、着いてすぐに仕事の話をすればよかった……」
そう言って彼は懐からごそごそと地図を取り出した。
そういえばこの小屋の前まで来た時に、彼は「仕事が」と言いかけていたが、無理やり食事の席に座らせたのはこちらである。
「なにか言わないといけないことがあるの?」
訊ねれば、彼が真剣な面持ちで頷く。そして三人の顔を見渡して、こう言った。
「ごめんなさい。僕は薬草を研究しているのも嘘じゃないんだけど、それは個人的なもので――本当の所属は、魔道具部門、特殊審問官なんです」
「魔道具? ……特殊審問官?」
エリスはきょとんと首を傾げたが、――老人たちはその言葉に硬直した。