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5_森での邂逅②



「私はエリスと言います。あなたのお名前を聞いてもいいですか?」


 歩き出してすぐに問えば、「あっ、名乗ってなかった」と彼が焦る。


「アシュレイと言います。……東支部に所属しています。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします、アシュレイさん」


 東支部、というのは国家魔導士の支部のことだろうか。たしかにこの森は帝国の東側にある。


「あ、この花……」


 歩いていると彼が一つの花に目を止めた。白い花で、可愛らしいピンクに縁取られて、ふんわりとした花弁を持っている。こんなドレスがあったら素敵だな、と思うような花だ。


「ご興味ありますか?」


 そっと訊ねてみると、

「……い、妹が好きそうだと思って」

 と、彼はためらいがちにそう言って、優しい顔で花を見つめていた。


「妹さんがいらっしゃるんですね」


 いいなぁ、とエリスは呟いた。家族というものに憧れる。彼の口ぶりからして、妹との仲は良好だろう。


「二人兄妹ですか?」

「……あと二人、兄たちがいるよ」


 ますます羨ましいなぁ、とつい思ってしまうと、彼はその表情を見て、少し申し訳なさそうにする。


「……で、でも僕だけ養子で、本当は従兄弟にあたるんだ。僕はあんまり最近寄り付いてないし……妹は――従妹は、まだ幼いから、僕が養子で本当は従兄だってこともわかってなくて……今は普通に接してくれるけど、将来はどうなるかわからなくて……従兄二人も、引き取られた僕のことを本当は厄介だって思ってるかもしれなくて……だから、そんなに、憧れた目で見てもらえるような感じかどうか……」


 複雑そうな顔だった。あまり突っ込んで話すのもよくないだろう。彼らの仲が実際はどうなのか、ましてやエリスが会ったこともない人の感情など、エリスには読めない。


「あ、ご、ごめんね、暗い話をしちゃって……!」


 彼は先を急ごうとしつつも、ちらちらと淡い花を気にしている。きっと持ち帰りたいのだろうと思って、

「妹さん、白色やピンクの花が好きなんですか?」

 と言うと、「え」と何故か目を丸くされる。


「私、何か変なこと言いましたか?」


 彼の反応が妙だったので訊ねてみると、彼はさらに驚いたような顔をした。


「いや、実際は従兄妹だって知っても、君は妹って言ってくれるんだなって」

「え? アシュレイさん、最初に『妹』って言ってたから……私が言うのはだめでしたか?」

「ううん。僕に合わせてくれたんだね」


 ちいさくこぼれるような笑みを浮かべた。ふわり、と温かい色の感情が見える。


「ありがとう……優しいね」


 とても嬉しそうに、エリスに微笑んでいた。

 こんな些細なことで感謝されるなんて――褒められ慣れてないエリスは、どうしていいのかわからず、目を逸らす。


「……べ、別に優しいわけじゃありません。実の家族とか、そうじゃないとか、私にはよくわかりませんが……その人の好きなものを知っていて、そばにいない時もその人の笑顔を思い浮かべるなら、それが本当の家族だって思いたいから」


 老爺二人と――エリスを迎えに来た目的を知る前は――家族ってこんな感じがいいな、こっちがいいな、と思っていた。血の繋がった叔母たちの家よりも、こちらが『家族』なのだと思いたかった。


「妹さん、喜んでくれるといいですね。これ、押し花もいいですけど鉢も用意しましょうか?」

「ありがとう、一応道具も持ってるよ」


 彼が取り出した採取用の小瓶は魔道具だった。透明な硝子(ガラス)瓶に土と一緒に根ごとその花を小瓶に近づければ――綺麗に圧縮されたように、その硝子瓶に吸い込まれていった。花は生き生きとしたまま保たれており、きっとこのまま一切の衝撃を受けずに目的の場所まで持ち運べるのだろう。

 その流れるような魔法の扱い方は、素人のエリスにも洗練されているとわかるほどだった。


(すごいわ……さすが国家魔導士。こんなこともできるのね)


 人間誰もが少しは魔法を使えるので、今は人類総魔導士時代などと言われてはいるが、人類全体で魔力を分け合うようになったせいか、わずかな優れた魔導士だけがいた大昔よりも、個々が使える魔法のレベルは年々落ちているという。

 それでもやはり、優秀な魔導士はこの時代にもいるようだ。


(さっきも平然と箒で飛んでいたし……優秀な人なんだろうな)


 ついつい憧れの目で見つめていると、彼はきょとんとした顔でエリスを見つめ返していたが、ふいに、はっと思い出したようにフードを引っ張って顔を隠す。そしてまたその行動に自分でも驚いたように、さらに慌てふためいた。フードと長い前髪に隠されていても、その下で紫の瞳が何度も左右に泳ぐのがわかった。


「あ、ごめ、ごめんね、違うよ、君が悪いんじゃなくて……あの、いや、見てもいいんだけど、僕が恥ずかしいってだけで、君が見るのを妨げたいわけじゃなくて……ご、ごめん、今のは失礼だった」

「……?」


 なぜかしどろもどろで謝ってくれた。

 あまり見つめられるのは得意ではないらしい。



 それからまた歩き出した。彼はエリスと会う前にもそれなりに自分で森の中を見て回っていたらしく、あとは彼が見たいと言っていた二種だけで良いらしかった。その採取も終わると、「もう終わっちゃった」と彼が名残惜しそうに言う。


「今日一日で全部見て回ったんですか? すごいですね」

「あ、ううん、二日前から来てるよ」

「そうなんですか。夜は村まで戻って泊まってるんですか?」


 なにげなく訊くと、彼はそっと目を逸らした。


「……アシュレイさん?」

「いや、あの……」


 彼は言いにくそうにした後、ぼそりと「……野宿」と言った。


「え? どうして野宿?」


 村に泊まればいいのに、とエリスは思った。


「野宿ってつらくないですか?」


 というか、彼は野宿しているようには見えない。清潔だし、そもそも荷物が少なすぎるのだ。食料すら持っているようには見えない。


(……嘘ついてる?)


 彼の顔の周りに、なんとなく罪悪感のようなもやもやが見える。それでも一応訊いてみる。


「どうして野宿なんですか? 村だと駄目なんですか?」

「い、いや、ええと……最初に挨拶に寄ったんだけど、村の人、三十人くらいいて……大勢と話すのとか苦手で……なんか、みんな優しくて、きっと泊まったら、夜に宴会とかしてくれそうな雰囲気で……怖くて」


 彼が若干泣きそうになりながら言う。客としてもてなそうとしてくれる村の人に対して避けるような真似をしたことを、ひどく申し訳ないと思っている色が見えた。濃い罪悪感だ。そして同時に、自分を恥じているような様子も見えた。


(……なんというか、硝子細工みたいに繊細な人なのね)


 断ったことにすら罪悪感を抱くなんて――きっとちいさなものを、一つ一つ大切にする人なのだろう。


「そんなにご自分を責めないでください。私だって知らない三十人の人と完璧に話す自信はありません。自分の失言で場の楽しい空気を壊しちゃったら嫌だな、とか思います」

「え、君でもそう思うんだ……」


 意外そうな顔をする。


「どういう意味ですか?」

「だって初対面の僕に対しても堂々としているから……」


 エリスは別に堂々としているわけではない。怖いものが無いのだ。失えないものが無いから、何も警戒しなくて済んでいるだけなのだ。……それはあまり良い状態ではない。


「アシュレイさんは、きっと、みんなが笑顔で迎えてくれたから――みんなが良い人そうだから、ずっと楽しいままでいてほしくて――その顔を自分が曇らせてしまったら悲しいから、だから遠ざかったんですよね」

「うん、そう……えっ、すごくよくわかるんだね?」


 彼が目を瞬かせる。前髪の隙間から、澄んだ紫色がきらめいて綺麗だった。


「じゃあアシュレイさんは優しくて心配性なだけです。そんなにご自分が駄目な人間だとか思わないでください」

「ぼ、僕の心が読めるの?」


 言い過ぎたかな、と思いつつも、彼の感情が見えてしまうので、ついお節介をしてしまった。


「心を読んだりはできませんよ。ちょっと感情がわかりやすいだけです」

「僕ってそんなにわかりやすい……? あ、うん、確かにわかりやすいかも……もっとエリスさんみたいに堂々としないとね……」

「エリスでいいですよ、たぶんアシュレイさんの方が年上でしょう? 呼び捨てにしてください」

「えっ、そんなことできないよ」


 彼がとんでもないことだとばかりに怯えるので、エリスはじっと彼を見つめた。


「この先何十年もお付き合いのある雇い主とかじゃないんですから、一時的に関わる私といる時くらい、気軽にしてください。……私で練習しておけば、ちょっとは楽になるんじゃないですか?」

「が、頑張る……エリス、さん。いや、エリス」


 彼は拳を握りつつ、エリスの名前を呼んだ。かなり身体に余計な力が入っている。

 そして、何かの決意を込めたように、


「――僕のことも、アシュレイって呼び捨てにして。……敬語もなしで」

 と言った。


「私、十六歳ですけど、アシュレイさんの方が年上なんじゃないですか?」

「僕は十八歳だけど、年齢差で口調を改めてほしいとは思わないよ。……できればエリスに、気軽に喋ってほしい」

「じゃあアシュレイ。よろしくね。今日はうちに泊まったら?」

「へ!?」


 一気に用件を伝えたせいで、彼は飛び上がりかねない勢いで驚いている。ぶわっ、と感情が湧くのが見えた。動揺と気恥ずかしさだろう。たとえ感情が見えなくとも、頬の赤みで今のはわかったが。


「ど、どうして急に……」

「だってアシュレイ、食料や寝袋を持っているようには見えないから」

「あ……」


 彼は手で持てるようなトランクケース一つしか持っていない。そこに採取した植物の瓶しか入っていないのはさっき見た。


「この森の奥に小屋があるの。私がお世話になってるおじいちゃんたち二人も一緒で、私含めて三人くらいならどう? そんなに怖くないでしょう? 今日はもう日が暮れるから、いくら箒で飛べる人でも帝国までは帰れないかと思って」

「う、うん……でも、いいのかな、いきなりお邪魔して」

「たぶん、駄目なんて言わないわ」


 そういうわけで、彼を小屋に連れていくことにした。



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