待つ、の意味
「……ヴィオレティ嬢、君を守れて良かった」
姉弟同士の誤解が解けた、その流れで殿下がこちらに向ける優しい表情。なんですか、その表情は!
大理石を踏む足音が近付き目を見開いた。
だって昨日からついさっきまで見てた無愛想な表情とは一変、無表情の中にも少し照れた様子を見せながら向かってくるんですもの。
「……本当はもっと早くお礼が言いたかったんだ。魔法も回復術も今、私がこの場に立てているのは君のおかげだ」
「いっ、いえ……お礼を申し上げるのはわたくしです」
りゅ、流暢な会話!
「……私は自分の発言が怖いんだ。魔法も使えない王子だと散々馬鹿にされ何も言ってこれなかったから。でも、もう一度ヴィオレティ嬢と踊りたい。あんなに楽しいダンスは初めてだったから……ダメかな?」
はにかんだ笑顔のなんて可愛いこと! ……おっと、30代が顔を覗かせてしまったわ。
「わたくしで宜しければ」
「姉上、また改めて話しをさせてください」
「えぇもちろんよ。楽しみにしているわ! ヴィオレティ様、弟をよろしくね」
「行って参ります」
エスコートされ広間に戻れば、わたくし達に気付いた令嬢たちがレベンディス殿下を取り囲むようにしてダンスを申し込んだ。令嬢たちの年齢はバラバラだけど学園に通う年齢の方も見受けられる。
「ダンデリオン第一王子殿下どうか一曲お相手を」
「私から先よ!」
「どうして? 私の方が身分が高いのよ!?」
スッと右手を伸ばし静止すると、徐にわたくしの手を引いて甲にキスを落とした。
「今夜はヴィオレティ以外と踊るつもりはありません。さぁヴィオレティ行こう」
……なんて格好良い王子様みたいな台詞を吐くのよ。いや王子様ですけれど、不覚にもドキっとしてしまうじゃない。突然名前で呼ぶし……でも、表情は崩してはいけない。淑女たるもの冷静にやり過ごすの。
ダンスフロアに飛び込んだわたくし達は、子どもだけど身分が高い。だからそれなりに注目も浴びる。再び腰に手を当てられダンスが始まれば、恍惚の眼差しが注がれた。
「昨日も今日も不躾な態度で気を悪くしただろう?」
「まだ体調が万全でないのかと」
「いや、むしろ調子が良い。回復術のおかげだ」
「セリノス様には口止めしたのに」
「私が聞き出しただけだ許してくれ」
「許すだなんて、お役に立てて光栄ですわ」
「…………私は口下手だ」
「……?」
「ダンスも勉強も魔法も、国に帰ったらもう一度勉強し直す。だから……待ってて欲しい」
「何を待っていれば宜しいのですか?」
「――――まで――――来るから」
クライマックスに向かう演奏団の力の入り用ったらすごいのね……レベンディス殿下の声の大半が掻き消されてしまったわ。あとで内容を問われても答えられないなんて失礼があってはいけない! そう思って最後のステップ、より殿下に近付いて「もう一度言ってくださらないかしら」と言いたかったのに……。
「もう一度、あっ……」
殿下に寄りすぎたせいでバランスを崩したわたくしの身体が横に倒れかけてしまった。
ダンスでミスをして、殿下に恥をかかせる事なんてあってはならないのに! しまった。こういう時は走馬灯の如く景色がゆっくり見えるのよ。でも。
「きゃぁぁー! 素敵すぎませんこと!?」
「羨ましいー……ヴィオレティ様ズルいわ……」
倒れかけたわたくしの身体をレベンディス殿下は見事に、大きくのけ反った背中を支えディップを決めたと同時に曲が終わった。
何が起こったのか瞬時に把握出来ないなんて、わたくしもまだまだ修行が足りないと言うことね。
結局肝心なところを聞けず終わってしまった。
夜会自体は夜遅くまで行われるけれど、学園入学前の子ども達はここまで。それぞれが挨拶を済ませて馬車に乗り込み岐路へと着いた。
わたくしは、ラディ様とお父様にご挨拶してレベンディス殿下と到着した時と同じ場所へ向かおうと通路を歩いていたのだけれど……目の前から駆け足で近付く人影に気付いて足を止めたの。
「おいっ! 待て!」
この声、聞き覚えがある……倒れたあの日の記憶が蘇って嫌な汗が滲むようで思わずエスコートの腕を握ってしまったみたい。
「ご、ご機嫌ようフリオス第二王子殿下」
隣のレベンディス殿下は、少し不機嫌そうな顔で私を引き寄せ「初めまして、フリオス殿下」と簡単な挨拶だけ交わした。……おい、待てって……どういう教育受けてるのかしら。
「あぁ〜、ダンデリオンの王子じゃないですか。魔法が使えない第一王子でしたっけ」
「なっ、なんて事を」
わたくし、頭に血が昇って抗議しようと身構えたのに「よせ」と遮られてしまった。
「なぜ魔法も使えない王子がヴィオレティといるか知らないが、俺はヴィオレティに用がある。俺と来い」
王子らしい格好をして、顔もそこそこ良いのに、性格ってここまで捻くれるもの? ラノベやゲームで見た王子様は基本真っ当な方ばかりだったのに……。本当、なぜこんなクズをゲームの中のわたくしは愛していたのかしら……。しかも許可してない名前で呼ぶんじゃない!
「夜会が終わり自宅へ帰るところですのでご容赦くださいませ」
「礼儀知らずな奴だな! 俺が来いと言ってるんだ、早くしろ!」
フリオス殿下の手がわたくしに伸びてくるのを見て、思わず魔法を使おうか悩んだ時……伸びたその手を払いのけ、ドレスに付いたクリスタルがまるで流星のように靡いてレベンディス殿下に抱き寄せられた。
「今夜彼女のパートナーはこの私だ。用があるなら正式なルートでお願いしたい」
「はっ何がパートナーだ。本当ならそこには俺が立っているはずだったんだ。ちょっとした行き違いで夜会に参加出来なくなったが……俺とヴィオレティはいずれ婚約する身だ。その手を離すべきはそちらだ、レベンディス殿下」
「………………婚約ですって?」
「まぁ近いうち、もう一度ここで会う事になるだろう。気分を害した、もういい行け」
こちらを振り返る事なく、他国の王子への礼儀もそっちのけでズカズカ言わせた足音が遠のいていった。
わたくしは今、一体どんな顔をしているのかしら……。