広間の雑音
煌びやかな夜会の中心で優雅に舞うワルツ。
初めての相手と思えない程、わたくしのペースに合わせてくださるレベンディス殿下が、ダンスの終わる直前に小声でそっと呟いた。
「君のおかげだ、ヴィオレティ嬢……」
無事にダンスを終えれば、拍手喝采に包まれレベンディス殿下の隣で膝を折って礼をした。もちろん、わたくし達でなく主役であるカフェア第一王子とラディ様への賛辞の方がメインだろうけど……それでも、あたかも自分が主役にでもなったような喝采に心が震えたの。
「さぁ、皆も心ゆくまで宴を楽しんでくれ」
そう陛下が仰れば、ダンスフロアに多くの方々が集まり優美な舞が繰り広げられた。
わたくしは、なぜかエスコートの手も外せずレベンディス殿下の隣をずっと歩いているけれど……邪魔じゃないのかしら?
「殿下、たくさんのご挨拶で疲れませんか? 何か飲み物を取ってきましょうか?」
「……そ、そうだな。それなら私が――」
「これはこれはダンデリオン第一王子殿下! ご挨拶を」
それなら私が、と言い掛けてくれた優しさだけ貰ってわたくしは微笑みながら腕を解き、給仕を探しに歩いた。飲まず食わずなら慣れてきたけど、相手が殿下ならこちらが気を使うべきで。給仕を見つけて手を上げた時、隣から突然声が聞こえた。
「うわぁ、ヤバっ!」
声の方を振り向いて驚いたわ……。少し幼さが見えるけれど、間違いない。ヒロインだ。
「こんばんは、私アヤネ・シエラです。よろしく」
……なに、この礼儀知らず。
平民からの貴族上がりね。しかも教育はほぼ上手くいってないまま、こんな大きな規模の夜会に参加するなんて非常識だわ。
「ご機嫌よう、アヤネ・シエラ様。初めてお顔を拝見するのですけれど……」
敢えてこちらの名前は言わない。名乗りたくないというこちらの意図を汲めるかしら?
「貴方って、ヴィオレティ様でしょ? こんな可愛いのに悪役令嬢なんて可哀想っ」
……汲めるわけないわよね。こちらが名乗ってないのに名前で呼ぶなんて太々しい。悪役令嬢とか言ってしまってるし、わたくしが転生者か調べてる可能性もあるわね?
「あ、あくやく? わたくし何か悪いことでもしてしまいましたか? 気分が優れませんので失礼しますわ」
「隠してるの? それとも本当に知らないのかな……。まぁいいや。ねぇヴィオレティ様がどうしてレベンディス様と踊ってたの?」
「……わたくしは頼まれただけですから」
「私をレベンディス様に紹介して! お願い!」
「あ、あの……」
なんて図々しい! 名乗ってもいないわたくしの名前を呼ぶだけならまだしも、レベンディス殿下を紹介しろだなんて。失礼にも程があるわ。
「大変申し訳ございません、アヤネ・シエラ様。王族の方をわたくしの一存で紹介することなど出来ませんの」
少し目力を込めて見つめれば、ヒロインの悔しそうな表情が少しずつ露見してきた。踵を返して別の給仕を探そうとした、その時。
「何よ、悪役令嬢のくせに!」
振り返った時には、もう目の前まで飲み物が飛びかかってきていた。魔法も間に合わない!
咄嗟に顔を庇おうとしたけど、飛んでくるはずの飲み物が掛からない。肩に掛かる衝撃に驚いて目を開ければ、ジュースが透明な壁を伝う様にして絨毯にシミを作っている。
「……間に合った」
抱かれた肩にはいささか強めの力が込められ、顔を上げればレベンディス殿下が睨む様にしてジュースの飛んできた方向を見つめてた。
「レ、レベンディス様ぁ……!」
睨まれた迫力に押されてか、後退りしつつもご尊顔に出会えた興奮から顔を赤らめ、許可されてもいない殿下の名前を呼んだ。
「やっぱり出たわね、昨日と言い今日と言い……徹底的に抗議させて頂くわ」
わたくしとレベンディス殿下の背後から近付く声は、ラディ様だ。声色から相当お怒りなのが伺える。
「違う、違うの! 手が滑っただけで私は――」
「アヤネ!!!! お前また何かしたのか!?」
「げっ、叔父様……」
「あら、貴方がこの娘の保護者? 礼儀も身分も弁えず、このような夜会に連れてくるなんて無礼じゃなくて? 今後わたくしの参加する会に来ないで頂戴」
「しょ、承知致しました。ラディ・ダンデリオン第一王女殿下、誠に申し訳ございませんでした! 帰るぞ!」
「やだ! まだ一言も話してないもん、帰らない!」
「わがままを言うな!」
「あらお手伝いしましょう。衛兵、摘み出しなさい」
「「はっ!」」
衛兵二人に脇を抱えられたまま、ヒロインはあっさり退場した。バカらしい……。きちんと教養が身に付いて段階を踏めば、レベンディス殿下にも挨拶できたかもしれないのに。最悪の出会い方ね。
「ヴィオレティ様、大丈夫でしたか?」
ラディ様が駆け寄り心配してくださる事が恐れ多くて、大丈夫ですと申し上げたけれど……結局周囲の目や汚れた絨毯の片付けもあるからと、一旦控え室へ移動した。
「まったくあの女! 絶対今日も来ると思ったわ。……それにしてもレベンディス!!貴方さっき魔法を使ってなかった? 魔力がないってずっと悩んでたのにどうして……」
少し興奮気味のラディ様に、一緒に付いていらしたカフェア第一王子がそっと寄り添った。
「ラディちょっと落ち着いて? はい座ろう」
二人でソファーに腰を下ろし、差し出されたドリンクで一呼吸つけばゆっくり質問の続きを口にした。
「さっきのは中級魔法のシールドでしょ? 何があったの?」
「……ヴィオレティ嬢に魔法を教わったんだ。だから公爵邸にいた」
「そうだったの! ヴィオレティ様! なんてお礼を言えば良いのかしら。わたくしは、魔法が使えずとも第一王子として立派に王位継承できる様、姉として表に立ちながら見守っていたのよ。これで、安心して任せられる」
「……姉さんは、王になりたかったんじゃないの?」
「まさか! 貴方を守りたくて外交やら慣れない公務をしていただけ。もしかして、わたくしがお父様の後を狙ってるとでも思ってたの?」
「…………てっきり私は邪魔なのかと……。魔法も使えない役に立たない第一王子なんて何の意味もない、そう思って生きてきたから……だから」
思わず立ち上がったラディ様は、優しくその腕でレベンディス殿下を抱きしめた。
「わたくしの大切な家族ですから」
今まで心に潜めていたお互いの本音は、曝け出す事で優しさだと気付き心の棘が削ぎ落とされていく。
素敵な家族だな……なんて。口には出来ないけど、ゲームの裏側に隠された舞台はとても素敵だと思った。