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親善の宴

 夜会にトラブルは付き物よ。

 

 例えば、どこかのご婦人が装飾品を無くして犯人探しをしたり……ダンスで引っ張りだこになった令嬢が足を挫いて運ばれたり、気に入らない令嬢に飲み物を溢してみたり。まぁ、わたくしにとっては所詮他人事。

 だから今夜、こんなトラブルに巻き込まれるなんて全く想像もしていなかったのよ……。



 王城に着いたわたくし達は、レベンディス殿下を王族として招くようお達しがあったからか、一般貴族とは別の入り口で降ろされ控えの間に案内された。

 専用に整えられた控えの間には、数名のメイドが配置され、その部屋の豪華さに思わず息を呑んだ。わたくし……場違いじゃないわよね……?


「ヴィオレティ様、こちらへどうぞ」

 セリノス様が見兼ねたわたくしをソファーへ誘導して下さったけれど、随分視線を感じる。

 それもそうよね、大人びて見える殿下は、本人に自覚があるか分からないけど気品と少しの色気が漏れている。いつの時代も、ヘラヘラチャラチャラした男より寡黙な多くを語らない男の方がモテるものよ。


 視線を感じながら粗相のないよう待っていると、迎えの騎士様が現れ先導されるまま会場へ向かうことになったのは良いけれど。なぜだろう……異様に護衛騎士の数が多い気がする。

 相変わらず黙ったままエスコートしてくださる殿下は、全くこちらを見ないし……少し寂しいけれど、体調が万全ではない可能性もあるからこのまま耐えましょう。

 

「こちらが本日の会場、オルタンシアの間であります」

「殿下、中でラディ様もお待ちですよ」

 護衛騎士とセリノス様の言葉と共に開かれたオルタンシアの間は、王城の中で二番目に大きい広間。わたくしも初めてだから勝手が分からないので、大人しく騎士様の先導に付いて行くけれど、話し声がピタっと止まり足音だけが演奏に乗って注目度の高さを窺わせている。

 ここは、わたくしも凛とした殿下に負けじといつも以上に姿勢に気をつけて前を見なくては。


「どなたかしら?」

「なんて素敵なの……あの方、ダンデリオン王国第一王子のレベンディス様じゃない?」

「隣にいるのは、ヴィオレティ様でしょ? 素敵……」


「ヴィオレティ様、わたくしがご紹介しますまで少々お待ちくださいね」

 色んな声が聞こえてくる中、私の耳元でそう耳打ちをしたセリノス様に頷き、殿下の腕に絡めた手を緩める事なく、すでにテーブルにいる方の元へ向かった。

 

「まぁレベンディス! 会いたかったわ! どちらに行っていたの?」

「…………お姉様、ご機嫌よう……」

「相変わらず無骨ね〜、レベンディスたちの乗った馬車だけ途中で行き先を変えるから焦ったわ! セリノスが説明して頂戴」

「我々は王城ではなく、こちらのマクリス公爵令嬢様のお屋敷に滞在しております。陛下も承知の上ですよ」

「お父様も? そうでしたの……一緒が良かったのに。弟がお世話になっているようで、わたくしダンデリオン第一王女のラディよ。よろしくね」

「お初にお目にかかります、ラディ・ダンデリオン第一王女殿下。わたくしヴィオレティ・マクリスと申します」

 ……顔を見て思い出したわ。この方、カフェア第一王子の婚約者じゃなかったかしら! この出会いをきっかけに婚約される流れになるのかも。……王女の婚約者を奪う設定って、運営側もなかなか辛辣なんですけど。


「ヴィオレティ様とお呼びしていいかしら? 無口でつまらない弟でしょ、パートナーを勤めてもらって助かったわ。わたくし昨日今日とあまり楽しくなくて……良かったら話し相手になって下さらない? ラディと呼んでくださって結構だから」

「身に余る光栄です、ラディ様。わたくしで宜しければ喜んでお話し相手をさせて頂きますわ」

「ありがとう! とりあえず貴方達は陛下へ挨拶していらっしゃい」

「…………」

 ペコッとレベンディス殿下が頭を下げると、半ば強引にわたくしを引き寄せ陛下の元へ挨拶に向かった。陛下からは、労いと昨日の揉め事についての詫びがあり親善に支障がないよう申し出があった。そういう会話はきちんとされるのに、やっぱり腕を組むだけでわたくしには何もない。わたくしから話し掛けて良いのかしら?

 

「レベンディス殿下……あの――」

「お集まりの皆様、今宵我がプロステートとダンデリオン王国の親善による宴へようこそお越しくださいました。初めに陛下よりご挨拶申し上げます」

 

 ……折角話し掛けようと思ったのに、タイミング悪く陛下の挨拶と重なってしまった。もう、勇気を出したのに。

 挨拶も終わり、初めて貴賓として招待されたラディ様とレベンディス殿下が紹介のため名前を読み上げられるとスポットライトの様な光が差して宝飾品が煌びやかに輝いた。紹介が終われば、ダンスの流れになり……カフェア第一王子がラディ様を迎え、広間の中央に向かわれる。と、思いきや!

「ねぇ、一緒に踊りましょう?」

 突然わたくしの手を取り歩き始めてしまわれた。隣で小さくため息を吐くレベンディス殿下が、そっとわたくしに追いついて広間中央へ……。

 ファーストダンスを二組で踊るなんて異例だけれど、仕方ない。音楽が鳴り始めレベンディス殿下と向き合うと、引き寄せられた腰に最高潮の緊張を生み出した。


 わたくしをバッドエンドへ誘うかもしれないレベンディス殿下だけど……無口で全然こっちを向いてくださらないけど……その優しいエスコートを受けるだけで良い思い出になりそう。

 

 こんな輝かしい場所で、こんな端麗の王子様と踊るって…………わたくしの運、全部ここで使い果たすわけじゃないわよね!?

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