魔力回復
寝れる訳ないじゃない。
『レベンディス様はどこ!? シナリオより先に出会う予定なんだから』
十中八九、ヒロインだわ。しかもレベンディス殿下を許可なく名前で呼んだり、シナリオと言ってる事を踏まえれば、間違いなく転生者よね。話が大きくなってそうだから、調べれば簡単に分かりそうで助かるけど。
それにしても、他国の王族と揉めるってバカなのかしら。
……ヒロインが残念な子の場合、どんな手を使ってでも悪役令嬢を蹴落としに来るもの。と、言う事は、かなり面白くなりそうじゃない? 物語が始まるまでにどんな作戦練ってくるか分かったもんじゃない。
王城まで押しかけるところを見ると、狙いは隠しキャラであるレベンディス殿下と見た。でも、そうだとしたらアイテム使いまくって学園生活で攻略対象者全員と好感度をかなり上げていかなきゃいけないはずだから……まぁ、成り行きを見守りましょう。
わたくしの本日の予定は、夕方ここを出発するはずだから午後から支度する事を踏まえると……午前中は時間が空くはず。朝食の席に殿下がいらっしゃらなかったけど、どうされるのかしら。
「ヴィオレティ様、セリノス様がお見えです」
部屋を掃除していたステフがノックの音に気付き対応すると、そこにはセリノス様一人の姿があった。
「おはようございます、セリノス様。如何されたのですか?」
「お願いです、ヴィオレティ様!殿下を……殿下を見て頂けませんか?」
「どうされたのですか!?」
急足で客間に着いてみれば、苦しそうにベッドに横たわる殿下を見て一瞬で悟った。これは、魔力切れだ。
「……セリノス様、今ここで目にする出来事は内密にお願い出来ますか?」
「えっ!? ……あっ、はい。かしこまりました」
息がし辛いわよね……わかるわ、わたくしも覚えたての頃に同じようになったもの。そりぁ今まで使えなくて苦しんだ分、出来る事を精一杯やりたくなる気持ちはよく分かる。一度こうやって苦しめば加減を覚えるし、反省するでしょう。
両手を殿下にかざし、小さく口元を動かして小声で詠唱する。青白い光がそっと包み込めば、苦しみに滲んだ表情が一変、穏やかな寝顔へと誘った。
「これで、大丈夫だと思います。目覚められたら何か軽めの食事を摂られると良いと思いますよ」
「い、今のは一体……。まさか魔力回復の術をお持ちなのですか!?」
「セリノス様、わたくしは稀有なこの力を公にしたくありません。どうかご容赦くださいませ」
「申し訳ありません。なにぶん初めて見たもので……驚きが優ってしまいました」
「今日は無理されない方が良いですね、魔法も程々にとお伝えくださいませ。夜会も欠席されては?」
「承知致しました。その夜会ですが……昨日お話しした通り、ラディ王女と令嬢が揉めた一件で少々空気が悪くなっているようでして……」
……でしょうね。
「両国間に亀裂を生むわけにもいきませんから、本日は変装魔法ではなく王族の一員として列席するよう急遽伝令がありまして」
「……え? では、わたくしは殿下のパートナーとして参加しなくてはいけないのですか!?」
「そうなります。お召し物を先に確認させて頂きましたので、装飾品等は現在我々がご用意しております」
「まぁ……仕事が早い。体力の回復次第にされた方が良いと思いますが、いちお参加される方向で準備します。もし万が一、午後になっても目を覚さないようでしたら呼んでいただけますか?」
「承知致しました。本当にありがとうございます」
たぶん殿下は大丈夫。お父様がいたら、お父様が魔力補給されてただろうけど、今はお仕事で登城されてるから仕方なく施した……セリノス様ちゃんと黙っててくれるかしら?
それと、夜会を王族の同伴として参加するのは良いけど……ゲーム序盤では全くお目に掛かれないはずのレベンディス殿下と夜会に行くような展開、ちゃんと物語に繋がっていくのよね?
時間はあっという間に過ぎ、わたくしの準備も進められる間、セリノス様からの呼び出しはなかった。その代わり、目を覚まされた後の体調は良さそうだからと夜会はそのまま参加の意向が伝えられたわけで。
用意しておいたドレスは、淡いパープルにクリスタルがいくつも縫い付けられた子どもっぽくないドレス。幼い印象よりもどちらかといえば大人っぽさを出したいと思うのは、前世のせいかしら。中身30代のわたくしが大きな可愛いリボンのドレス……は、少々抵抗がある。パニエで広がるように出来ているこのドレスも本当はあまり広げず着たいけど、そこはステフが譲らなかったの。
「さぁお嬢様、旦那様が玄関でお待ちですよ? 参りましょう」
「お父様、帰ってきてるの?」
「なんでも、忘れ物ついでにヴィオレティ様を見てから向かうそうで」
「なら早く行かなくっちゃ」
少し背伸びしてヒールを履き慎重に階段を降りればお父様と殿下、セリノス様の姿が見えてきた。一瞬、レベンディス殿下と目が合った気がするけど気のせいかしら。
「一段と美しい仕上がりになったねヴィオレティ。何かと周りの目もあるだろうが、楽しんでおいで」
「はいお父様。長い時間の滞在ではないので雰囲気のお勉強をして参ります」
わたくしの隣に立ってエスコートされる殿下はさすがね。王族用の衣装を着こなして背筋を伸ばした凛々しい顔を見れば、やっぱりゲーム画面で見たあの姿を彷彿とさせる面影に少しドキッとしてしまいましたわ。
そうして、静寂が馬車の音を引き立たせ王城へと進んで行ったのだった。