ヴィオとレヴィ
「では、始めようか。今まで出来なかった夫婦になるための準備を」
全ての支度が整った今、わたくしはダンデリオンに向かう馬車に揺られ、見事なまでに戸惑っている。
「違うだろ? そうじゃない――」
婚約は成立したものの互いに忙しい期間を経た今、久々の顔合わせでここまで……本当にここまで必要なんですかっ?
とてもじゃないけど……その……。
「もう一度やってみて」
「いえっ、レベンディス様……もう――」
「ほら、こっち向いて」
顎に触れられた優しい指先が、ぐっと引き寄せられれば、今にも触れてしまいそうな距離にレベンディス様の顔がある。
こっこれは由々しき事態だわ!
「キスをして欲しいとお願いしてるのに、頬にするのはダメだ。こうして――」
離されることのない指先に操られるまま唇が触れ、目を閉じるべきなのか驚いたまま目を見開くのか困惑しか生まれないっ。
「んっ……」
唇が少しだけ離れ、吐息を感じる近さで翻弄するレベンディス様に、鼓動まで聞こえてしまいそう。
「覚えた? ダンデリオンに着くまで数日あるからね、みっちり練習しよう」
「みっ、みっちり!?」
中身アラサー彼氏なしが、いきなりイケメン王子からのキスを洗礼されているのに……いえ、初めてではないのですけれど、封印薬と解除薬は致し方なかったと言うか何と言うか。
とにかく、ダンデリオンに着くまでに覚えたいマナーや王侯貴族の方々のお名前、爵位、領地……覚える事が山ほどあるの! キ、キスしてる場合ではないのよ!
「レベンディス様……近いです……」
「当たり前だろう? すぐにこうしてキス出来るんだから。ほら、少し口を開けて」
「なんで口を? ……んんっ!」
初めは触れるだけの可愛らしいキスだったのに、今のは何っ! こじ開けられるように含まれた感触に、キュンっと疼く様な痺れを感じるなんて。
「――っ、その顔は反則だヴィオレティ」
頭がボーっとする……。
甘い空気さえ漂ってる様な密室で、自分がどんな顔をしてるかなんて知る由もない事くらいレベンディス様なら分かるでしょ?
「私の理性はいつまで保つだろうか」
蕩け切ったわたくしの肩を抱いて余韻に浸りながら窓の外を眺めたレベンディス様が、ゆっくり息を吐きながら足を組んだ。
上気した頬の赤みを、小窓から流れ込む空気に冷やされながら幸せを噛み締めるくらいが丁度良い。
「ふぅ。……そっそういえば、セリノス様に伺いました。ダンデリオンに伝わる星の祝福についてを」
わたくしも深呼吸して、意識を新たな話題に向けてしまえばこっちのものよ。
先日思いもよらず聞いてしまった話ではあるけど、片時も離さず身に付けたこの指輪に纏わる物語は、国の政に関わる重要な事ですもの。
「綺麗だと思わないか?」
「はい、見た事のない煌めきで時間を忘れて眺めていられますわ」
「それもそうだけど指輪を愛おしそうに見つめるヴィオが綺麗なんだよ」
ヴィオ!
そう愛称で呼ばれた瞬間ドキッとして思わず見つめながら黙り込んでしまったけど、愛称で呼ばれる事がこれ程まで嬉しいなんて……。
指輪の話しをしなくてはいけないのに、出来ることならわたくしも愛称で呼びたいと欲が出てしまう。
レベンディス様にいつも愛情をいただく分お返ししたい、きっと喜んで貰える……とても自信があるわ。
「そんなわたくしを見つめて下さるレヴィの笑顔が好き……です……」
す、好きなんて言うつもりではなかったのに――
ほらっレベンディス様の顔が固まってしまったわ!
すでに発してしまった言葉を訂正出来たらどれ程心が楽になるのかしら。魔法、そうよ何か……時を止める? いやダメよ、止めたところで解除すれば元通りだし。いっその事ステフの乗る馬車に移動してしまおうかしらっ。でも……それはそれで寂しいし……。
「まるで百面相だな、ヴィオこっち向いて? もう一度言ってほしい」
「……好き……です……」
「ふふっ、まさかそっちを言ってもらえるとは想定外だ。愛称で呼んでくれるとばかり思ったのに、期待以上だよ」
「あっ……!」
わたくしのバカっ!
愛称を言えばいいのに、意識しすぎた「好き」の方を言ってしまうなんて……恥ずかしいにも程がある。穴があったら入りたいって、こう言う時に使うのね……!
「手を貸して? ヴィオの指輪に込められた話は確かに実話をもとに作られた物語だ。でもね、気負う様なものでもないし国のために何かしてもらおうとも考えていない。今まで散々苦しんだんだ、その分ヴィオが幸せになる未来であってほしい」
「ありがとうございます。……話しを聞く限り、願いが叶うとか。わたくしに出来ることは何でもしたいのです。レヴィの隣に立つに相応しい妃となりたいのです」
「本当に……どこまで私を夢中にさせるんだ」
握られた手にキスをしたレベンディス様が、真剣なその瞳で指輪を見つめて何かを唱えた。聞き取れない程の詠唱で、一瞬輝きを強くした指輪はあっという間に元に戻った。
「レヴィ今何を?」
「今は内緒、そのうち分かるよ。さて今日の宿泊先に着いたようだから降りよう」
――――――――
「――暴力、偽造文書作成、密輸……これらの内容でフリオスを地下牢に幽閉していますが、今後どのような処分をお考えですか父上」
私に出来る事は全てやると決めた。
ラディとの結婚式も遅らせはしない。
プロステートの繁栄のためならば――
「……フリオスは、王族籍からの剥奪と地方の教会で奉公させる。それが儂に出来る精一杯だ」
「分かりました、では……陛下の処遇は如何しましょうか」
「なっ……!」
「そうでしょ? 息子の悪事を知りながらここまで野放しにしてきたんだ、何も咎がないなど国民は黙っていませんよ」
「わ、儂は何も知らん! 彼奴が勝手にした事だろ」
「いいえ、ヴィオレティ嬢がフリオスにつけた間者から全てを聞いていた事を無かったことにするのですか!? 知りながら知らぬふりをしたか、利用しようとしたかは存じませんが」
ラディ伝に間者の事を聞いてから私も独自に調べ上げた。
私たちの会話を扉のそばで聞いていたと貴族の重鎮たちは、私の周りに集まり膝をついて口々に意見を述べ始めた。正当な領地経営と国のために働く我々を愚弄している、結局私利私欲のための政治だと。
「フリオスの責任を取り退位してください父上」
「退位!? 父に向かって何と生意気な」
「父だから申し上げているのです! これ以上私を……父の威厳を失望に変えないでください。それに、父がマクリス公爵と交わした誓約書は私が王位を継げば幾分か譲歩してもらえる事になりました。マクリス産の魔鉱石がなければ魔道具の生産に支障が出るほか、プロステートの繁栄に大きな影響を及ぼす事は父上でもわかるでしょう!」
「…………」
「私は王になるため学んできた。いつか父の様に偉大になりたいと……そう思ってきたけど、それも今日までです」
マクリス領は、その手腕によって大きくなりすぎた。これ以上は飲まれる。いつか王位を簒奪されないとも限らない。そんな事は私でもわかるが、しかしそれが国民の望む形だと知らしめてくれているのだと私は以前から考えていた。貴族の私腹を肥やす時代はとうに終わったのだ。
マクリス領のように収支が誰にでも分かり、領民に読み書きや勉強の機会を与えて、生まれた利益は還元して行く。他人の幸せが自分の幸せだと思える国づくりを目指さなければプロステートは繁栄しないだろう。
私は、出来る事なら今以上に豊かになった国を次の王に継ぎたい。そして、伝えていってほしい。
あれだけ娘を傷付けられたマクリス公爵も、私の意見に賛同し、こうして隣に就いてくれた。帝王学では学ばなかったことをこれから学び、ラディと共にもっと国民と向き合っていこう。
「……わかった、私は地方の別邸へ下がるとしよう」
ここからだ。
レベンディスに負けぬよう、励もう。




