図書室の告白
なんでこうなったのかしら……。
来客だからと準備したら、大国ダンデリオンから第一王子がいらっしゃって。何用かと思えば、わたくしに第一王子を三日間お願いしますって……。何が狙い?
「あの、お父様。それから側近の……」
「失礼しました。私は殿下に仕えるセリノスと申します」
「セリノス様、先ほど『三日間よろしくお願いします』と聞こえましたけれど我が家に三日間滞在されるのですね?」
「はい。三日間ご滞在の間、殿下の相手をヴィオレティ様にお願いしたいと存じます」
「……お父様?」
「なに、ただのホームステイだ。食事を共にし、外出時に同伴したり、お茶の相手をしてくれれば良い」
それって、普通王家同士でやらないかしら? 公爵家とは言え、他国の王族を相手にするなら王城でそれなりの待遇が必要だと思うのですけれど。
「わ、わかりました。今後の予定をお伺いしても?」
「本日は特にございません。明日は夕方から王城で開催される宴にお二人で参加をお願いします」
「……え? わたくしも?」
「はい、そのように伺っております」
思わずお父様をバッと見つめたけど、そしらぬ顔で頷くばかり。
「その代わり、殿下には変装魔法を掛けます。周囲の認識はありませんのでご安心くださいませ」
「変装魔法をしてまで参加するのですか……」
本当一旦何が目的でプロステートにいらしたのかサッパリ分からないけれど、仕方ない。
「では、まず屋敷を案内しますわ。どうぞ、わたくしの事はヴィオレティとお呼びくださいませ」
「…………私の事は、レベンディスと」
こちらも見ず無愛想に言葉を紡ぐ殿下は……緊張してるから? ゲームでも滅多に笑わない多くを語らないイケメンだったけど、無愛想とクール系って別の様な気がするのよね。
「レベンディス殿下、こちらへどうぞ」
手招きして扉を開けると、表情を変えずわたくしの後について来た。三日間も滞在される上に、明日は夜会の同伴もしなければならないもの……出来れば少しの会話でも出来る様になりたいところ。
殿下が何を好まれるのかも全く分からない今の状況で、まず案内するなら……庭園よりも図書室かしら? どうせ図書室に行くなら、途中にある場所も案内すれば良い。
「殿下、こちらがお過ごし頂く客間です」
「……」
「こちらは食堂で、こちらはサロンになります」
「……」
「そして、こちらが我が家の図書室です。わたくしのお気に入りの場所なんですよ」
「……見ても?」
「もちろんです。お好きなだけご覧になって下さい」
あら。表情は変えないけど雰囲気は変わった気がする。少し肩の力が抜けたのかしら?
マクリス家の図書室と言えば少々有名なの。蔵書も多く、希少な本も保管されており多国籍の本もあるせいか、王立図書館でさえも保管していない文献もあるのだとか。わたくしも、前世を思い出す前からここに来ては多くの本を読んでいる。特に前世を思い出してからは魔法! 魔法の本に夢中なの! だって、この世界だからこそ使える魔法を蔑ろにするなんて勿体無いことこの上ないじゃない?
初級魔法はレベル20まで。詠唱によって物を浮かせたり動かしたり照らしたり……要するに生活魔法。傷を治したり清潔な水に変える浄化は中級レベルになるわ。物体を別の場所に移動出来る様にしたりも出来るの。そして、レベル50以上が上級魔法になるのだけど、上級魔法を使えるのは魔法師団に所属する方々や王族で、普通はせいぜい中級レベル30の一般的な魔法くらい。上級魔法は、魔力保持量が高くなければ扱えないし、攻撃性の高い魔法も出てくるから国の管理下に置かれる決まりになっている。
生まれ持った魔力量は訓練次第で上がるけど、そういったお勉強は学園に入学してからになるし、微力な魔力に反応して初期魔法が使えるようになるのは10歳前後と言われている。
ちなみに、わたくしが魔法を最初に使ったのは七歳。お父様の使う魔法を見よう見まねで試したら使えてしまって……お父様も驚いていたけど、チャンスと思ったのか早々に魔法学の家庭教師が派遣されてきたわ。お陰で今はレベル40。今は変装魔法や、治癒も結構出来る様になってきたわ。
気付けば、数冊の本を机に置き、静かに読書されているようだけど……全て魔法学に関する本ばかり。殿下も魔法を好まれているのかしら? それなら話が合うはず!
でも、没頭されているようだし……声を掛けるのは後にしようと、自分の読みたい本を何冊か取って少し離れた席に座った。
「ふぅ……」
吐き出した息がとても重く感じられて、思わず殿下を見ると何とも悲しげな顔で本の表紙を見つめている。
「殿下、お疲れ様でしたらお部屋に……」
「………………ない」
「えっ?」
「…………ここにもない。情報が……」
「なんの情報を――」
「魔力がなくとも使える魔法……」
「…………?」
「…………私には魔力がない」
……はい? 魔力がない? 殿下に? ちょっと、待って。ゲームの中では普通に魔法使ってヒロイン守ってたわよ? しかも攻撃魔法を。……魔力がない?
「魔力測定器でも反応しないんだ。だから諦め……」
……あぁ、なるほど。真意が分かったわ。
「でしたら、ここに来て正解ですわ」
わたくしの言葉が上べのものに感じられたのか、怪訝な顔を向けてきた。
「だって、わたくしも魔力測定器では何の反応もしなかったんですもの。ですが今はレベル40の魔法が使えます」
「…………!?」
目を見開く殿下を横目にわたくしは席を立って、本棚から一冊の本を持って静かに目当てのページを開くと、そこに書かれた文章をそのまま読み上げた。
『魔力測定器の範囲を超えるものは測定不可』
「わたくしは七歳の時にお父様の真似事で魔法を使いました。ですが、魔力測定器で測ろうとしても反応せず随分周囲を困惑させました。総出で調べた文献がこちらです。殿下はたぶん初歩の魔法で諦めてしまったんではありませんか?」
「…………魔法を学ぶなら一からだろ……」
「いいえ、わたくしが最初に出来た魔法はレベル20です。魔力が強すぎる故、その魔力にきちんと反応出来る魔法でないと扱えないのです」
「んなっ……馬鹿な……」
「わたくしはある程度魔法を使えるようになってから初期魔法を習得しました。要するに魔力量が多い故、レベルの低い簡単な魔法こそ出力を抑える訓練が必要だからだと思います」
「じゃ、私は……」
「使えますよ、魔法」