おとぎ話
卒業パーティーから数日。
あの日を境に起こった、目に見える大きな変化がしばらく話題の中心になる事は間違いないわね。
それは、フリオス殿下が表舞台から消えたこと。
卒業パーティーの断罪劇後、いつの間にかいなくなっていた国王陛下は荒れに荒れたらしい。
「今すぐフリオスを連れ戻せっ! でなければ取り返しのつかない事になるのだぞ!」
怒鳴っても、幽閉された部屋から出ることも出来ないフリオス殿下の代わりに、陛下の前に現れたのはわたくしの父だった。
「おや、陛下……残念ですな、あの協約は明日からと言う事で――」
「待てっ! 待ってくれ、これは何かの間違いだ。私からフリオスを説得する」
「しかしあのような大勢の場で娘を罵られた挙句、フリオス殿下の抱える罪を考えれば、ここからどう撤回されるのだろうか。陛下がどのような決断を下されるか、しかと拝見させて頂きます」
「ぐっ…………」
婚約の返事と共にお父様へお願いした三つ。
一つ目は、双方に間者をつける事。
二つ目は、優秀な錬金術師の紹介。
三つ目は、王子側の個人的な事情により婚約を破棄した場合、我が領地から王都へ卸していた大半の品々を他国輸出へ切り替える事。このお願いを目にしたお父様はとても驚いていたけど……娘が自分の婚約にこんな希望をするなど何かあるに違いないと思ったんでしょうね。
婚約誓約書と共に、一つ目と三つ目の誓約書をお父様が作成されて、陛下から直々にサインを貰った時には思わずガッツポーズをしてしまいましたわ。
もちろん自国に全く流通させない訳じゃない。でも希少価値の高い商品は他国でも取引が多くなる分、関税という名目で収入が増えるもの。
そういった収入は、我が領地では領民に大いに還元していくし今でも評判が良いからか移民も多いの。このまま行けば王都と同じ規模になってしまいそうで少し怖いけど。
まさか自分の息子がこんな愚かな事をするとは夢にも思っていなかった陛下からすれば、誓約書にサインした原本をどうにか破棄したいと躍起になるでしょうね。
何せマクリス領の鉱石類も生地もブランド化されている上に、王室御用達で他とは比べ物にならない程だから……今後、王室から注文頂く時には今までの何倍も価格が上がりますわ。
何にせよ、フリオス殿下を始め国王陛下の処遇に関してもこれから話し合いが持たれることになる。
「ヴィオレティ嬢!」
王子妃教育で使用していた部屋の片付けに来ていたわたくしに声を掛けて下さったのは、カフェア殿下。
「カフェア殿下ご機嫌よう」
「すまなかった……もっと早く手を打てれば、傷もここまで深くならなかっただろに」
「色々とお気遣い下さった事、感謝しております。それに、これで良かったのです。わたくしには必要な事でしたから」
「……? そう言う優しさがレベンディスの心を鷲掴みにしてるんだろうな。今後の事をこれから父上と話し合ってくるんだが、何か希望があれば言って欲しい。出来る限り私が叶えようと思う」
「わたくしの望み……」
「ヴィオは自分の望みを素直に口にしないものね〜」
カフェア殿下の後ろからヒョコっと顔を出したラディ様がわたくしに近付きながら何やら嬉しそうで。
「素直に口にすれば良いのにっ」
そう言ってわたくしの手を取った。
わたくしの望み……。
「レベンディス様と平和に過ごし――」
「あらっ……それは無理な望みだわヴィオ」
「えっ……?」
「だってあの子がそばにいる限り平和は少し難しい気がするもの。くっつき虫みたいに離れなくて大変な――」
「んんっ!」
大きく咳払いしたカフェア殿下は、目尻を下げながら口元を拳で隠して「では私の希望だけとりあえず伝えてこよう」と陛下の待つ部屋へ向かわれた。
「もぉカフェアはこういう話に弱いんだからっ。まぁ何にしても覚悟して嫁ぎなさい」
なんだか不穏な発言なんですけど!
目に見えない変化は、正式にレベンディス様の婚約者になった事。なにやら不穏とも取れるこのような会話が堂々と出来るのも、そのおかげ。
ダンデリオン王室から我が家へ届けられた書簡によって正式にレベンディス様の婚約者となってから、慌ただしくもダンデリオンへ向かう準備が着々と進められているの。目に見えない変化……でもないかもしれないわね、これだけ慌ただしくしてたら気付く気もするから。
「ラディ様の結婚式ももうすぐですね」
「時期を延ばそうかと相談もしてみたんだけど、このまま行くんですって」
「愛、ですね。とても楽しみにしてますからっ」
「ありがとう」
ニコッと素敵な笑みをされるラディ様を早く自分の妻に迎えたいと、カフェア殿下が思われるのもよく分かる。愛されてると実感できる今、この気持ちがどれ程尊いものなのか。
きっとプロステートはもっと素敵な国になるわ。
コンコンッ!
扉の向こうから聞こえた声で招き入れたセリノス様から「お願いがあります」と嬉しそうな笑顔。
ラディ様も何か察したらしく、ソファに座ってセリノス様の入れる紅茶に舌鼓を打った。
「それであの、お願いというのは?」
「ヴィオレティ様の指輪をもう一度見せていただけませんでしょうか?」
「やっぱりね〜絶対そうだと思ったわ」
「……セリノス様、このまま指に嵌めたままでも良いかしら? 実は、指輪を嵌めた日から外すことが出来なくなってしまって」
「おぉぉぉ! これもまた……もちろんです、レベンディス様がそばにいると指輪を見るタイミングもありませんから今のうちにっ」
差し出した手に輝く指輪は、マクリス産の最高級サファイヤとも違う独特な物で、更に宝石の中を時折り流星の様に光が流れるの。それがあまりにも美しくて、時間を忘れて眺めてることもあるわ。
「美しい――。私はこの物語の大ファンなのです!」
「物語……?」
「ヴィオは知らないわよっ、ダンデリオンの昔話だもの。良いのかしら……レベンディスに許しをもらわず話してしまっても」
「教えてくださいませ! どんなお話ですか?」
ふんっと鼻を鳴らし、ソファから立ち上がったセリノス様がそれはそれは熱く語り始めた昔話――
その昔、落ちるはずのなかった星が空に帰れず、一人の少女に救われた。いつか空に帰りたいと言う星のために、少女はたくさん本を読んだけど答えは見つからなかった。そこで、亡くなった両親から貰ったという藍色の指輪を見せ、ここにお空を作ってあげると話した。
すると、星は空に帰れると喜び、藍色の指輪の中へと入り込んだ。
落ちることのない夜空を自由に飛ぶ星は、まるで流星のような美しさを見せ、指輪を肌身離さず付けて星を守ってくれるなら、たった一つ願いを叶えると言う。
少女は自分と同じ様な孤児が増えて欲しくないと、平和を願い、そして聞き入れられた。
少女の話しを信じたシスターによって城に伝えられ、星の祝福によって平和が訪れたダンデリオンは、大国へと成長を遂げた。少女は救い主として得た称号を利用し、孤児院や病院を助けながら生涯を全うしたと言う。
「絵本によって今も子どもから知る話しなのです。ダンデリオンでは、いつかまた迷い星が現れ、指輪に星を救う者が現れた時には国をあげて祝福しようと言われています」
「…………とても素敵なお話ですが、たった一つ叶えるその願いが良い事とは限りませんよね!?」
「はい、国を滅ぼす可能性も秘めた物語です」
「恐れないのですか?」
「本当ですよね。でも、誰も信じて疑いません。それに少女が最初に願った『平和』は永遠に続くと言われていますし、何よりダンデリオンに嫁がれるヴィオレティ様が星の祝福を受けられた事が我々の喜びなのです」
この指輪に込められた物語が、こんなに清廉潔白なものだったなんて。
「ヴィオ、『レベンディスと平和に過ごしたい』って言ってたじゃない。さっきは無理よって遮ってしまったけど平和は即ち、争いや天災、人災がない事に等しいわ。レベンディスと共に平和を願ってくれるヴィオだからこそ星に選ばれたんだと思うの。もっと自信もって」
そう言ってもらえると随分心が軽くなる。
今度レベンディス様に相談してみようかな。わたくしもダンデリオン王国とレベンディス様のために出来る事をしたい。力になりたい――。




