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節目

 転生したと気付いた時は悪役令嬢として断罪されたくて、色々練りながらここまで来たけど……確かに楽しい事ばかりでは決してなかったわ。それでもここに辿り着いてみれば、一筋の線にするためにどれだけの方々を巻き込んで支えられてきたのか。


 

 音楽が皆の心に温かさを戻し、パートナーや家族とダンスを踊ったり、用意された食事に舌鼓を打ったりと本来のパーティーが戻りつつある。

 

 バルコニーに続く扉を開けてくださったセリノス様が片目でウィンクしてみせ、微笑んで頭を下げた。

 誰にも見られない様に閉ざされたカーテンの閉じめから溢れるシャンデリアの灯りだけ。

 それに、引き寄せられたレベンディス様の胸元。

 目線を上げれば、優しい瞳がわたくしを見つめてくださる。

 

「本当に何と感謝申し上げれば良いのでしょう」

「いや、私はヴィオレティに謝らなければいけない。貴方の一番苦しい時にいつもそばに居ることが出来なかった……。しかも先程は勝手に記憶を引き出すような事までしてしまった。本当にすまない」

「いつかは明らかになる事でしたし、婚約解消を渋られた時の最終手段にしようと思っておりましたから」


 力の誇示は即ち己の弱さの象徴でもある。

 あの映像を見た方達を始め、今後大きな波紋になることは間違いない。


「そのドレスとてもよく似合っているよ。淑やかであり強かなヴィオレティにピッタリだ」

「ありがとうございます。この色を身に纏う姿をレベンディス様に見られるとは想像もしておりませんでした。これで最後にしようと……気持ちに区切りをつけようと選んだのです」

「最後になんかしない。言っただろ? 二度と離してはいけないと……私はハナから諦めるつもりなど無い」

「ですがわたくしには魔力が――」

「リオス殿から聞き及んでいる。それなら賭けをしよう」

「賭け……ですか?」

「そうだ。もし魔力が戻らなければ私の負けだ、大人しく身を引こう。しかし魔力が戻れば私の勝ちだ、その時は私の願いを叶えてくれ」

「わたくしに願いなど……」

「あるだろう、願いの一つや二つ」


 わたくしの願いとは何だろう。

 そもそもこの時点で魔力が回復しない方向で考えるのもどうかと思いますけれど、戻らない可能性はゼロではないわけで。


「そうだ、ヴィオレティにもう一つ謝らなければいけない事があった。封印薬を飲ませたのは私なんだが……」

「っ……? てっきりリオス様かと思っておりました。倒れて点滴を打たれた間は誰の入室も許可しなかったと聞いておりましたから」

「魔法で気配を殺して瞬間移動したんだ。しかし意識を失ったヴィオレティに薬を飲ませる方法がなかなか無くてね」

「無くて……?」


 レベンディス様の目線が下に落ち、ご自身の右手に握られた小瓶には透明の液体が揺れている。わたくしの目の前で液体が淡い青色に発色したのを確認して蓋を開けた。


 ……ドキっとする程わたくしの顔に近付いたレベンディス様が言ったの。

「私はヴィオレティを愛してる。一生涯この胸に抱えて離すことはない。覚悟は良いか? 私の願いは貴方を妃に迎えることだけだ」

「覚悟って……」


 レベンディスの指がそっとわたくしの唇をなぞって隙間を開けたその瞬間、グイッと青い液体を自身に含ませ口移しで喉に温かな液体が流れ落ちた。

 首元に添えられた手も、重ねられた唇も熱い。

 わたくしの頭は驚きと困惑でいっばいになった。それもそうよねっ!? わたくしのこの気持ちは間違ってないわよね!? なんで……口付けで……。


 まるで身体の内側を伝う液体が発色してるかのようにわたくしの身体が仄かに煌めき、夜のバルコニーが明るくなり始めた。

 わたくしが光ってる……風も吹いてないのにドレスも俄かに揺れ動き、胸の奥から何か熱いものが込み上げてくるような感覚に襲われ両手を胸元に引き寄せた。


 ふわぁ〜と何かから解放されたような。

 あるべき物があるべき場所に帰ってきたような心地の良い安心感。虚無感が充足感に変わった瞬間だった。


「試してごらん」

 レベンディス様が自らを腕まくりし、腰に掛けた剣を振り抜いて血が滴り落ちるほどの大きな傷を作った。

「なんて事をなさ――」

「ヴィオレティが治すんだよ」


 いつかの光景が重なる……。

 初めてお会いしたあの日、わたくしはこうしてレベンディス様の魔力を解放してみせた。そして、今わたくしが試されてる。怖い……これで魔力が戻らなければ本当に最後になってしまうから。

 気持ちに蓋をするなんて、嘘よ。今もこんなにレベンディス様を思う気持ちがあるのに蓋なんて出来ない。

 

 息を整えて。わたくしなら大丈夫、きっと大丈夫。


「……ヒール」

 久々に手の平から溢れ出す魔力の感覚。

 以前とは比較にならない程あっという間に傷を癒やし、バルコニーに滴った血も痕跡を消し去った。


「わたくしの魔力……失われてなかった――」

「私が今と同じように封印薬を飲ませたんだ。意識のない貴方に心の中で謝りながら……。良かった、きちんと間に合っていて本当に……良かった……」


 カタンっ!

 窓の軋む音に敏感にも反応すると、窓際にはそれは多くの方々がこちらを覗き見ているではないですかっ! いつからっ、いつからそこにいるのですか! 思わず赤面して声にならないっ。

「あ〜あ気付かれちゃったじゃん、もう少し見てたかったのに〜」

「でもロード様だって早くヴィオレティ様と話したかったんでしょ?」

「ヴィオレティ様っ、魔力戻って良かったですねっ! これでもう遠慮はいらなくなったんですから」

「レベンディス、早く早くっ!」


 ロード様にアヤネ様……それにリオス様やフローラ様まで、ガッツポーズを見せて頷きながら笑ってる。この状況を楽しみすぎよ……ねぇレベンディス様――

 

「ヴィオレティ……」

 

 片膝を着け随分低くなった位置からわたくしを見上げるレベンディス様が胸元から取り出した小箱。

 リオス様の「さぁ頼んだよ君たち」の声。

 空に投げた光が光を集め、夜空に広がる流星群。


「今、ヴィオレティの身体に流れる魔力の一部は私の魔力なんだ。永遠に尽きる事のない想いを込めた魔力だ。ヴィオレティ・マクリス嬢どうか私の妃として隣にいてはくれないだろうか……心から愛している」


 開かれ箱から覗く美しいサファイヤブルーの指輪は、レベンディス様の瞳に流星を混ぜ合わせて出来上がったような艶かしい輝き。

 

 漸くこの手を堂々と取っていいんだ……。婚約が解消された直後だけど、もう遠慮したくない。


「はい、レベンディス・ダンデリオン殿下のお心に従います……夢みたい……」


 掬った右手にはめられた指輪を噛み締めるように覗き込んだ時、空から零れ落ちた星が吸い込まれるように指輪へ入り込んだ。

「えっ、あ……流れ星が!」


 窓際から見てたみんなも突然の出来事に口を開けた。

「レベンディス様これはまさか……」

 セリノス様が扉の人混みから掻き分け、指輪をご覧になりながら「実際こんな――」「祝福の証が――」なんてボソボソ何かを呟いてる。

 まじまじ覗き込んだアヤネ様まで「へぇ〜裏エンディングって本当に存在したんだ」って何の話かしら!

「レベンディス、早くしないとダンスタイムが終わってしまうよ? 良いのかい? もう一度ヴィオレティ様と踊るために我慢してきたんだろ?」

「ロード、その話をまたこんな大勢の前で……」

「いいからいいからっ、ほら早く行ってきなよ」


 フッと諦めたように笑い、再び呼ばれたわたくしはレベンディスのエスコートで会場に戻り大きな拍手と共にラストを飾るべくレベンディス様と向き合ったの。

 流れ始めた音楽は……。

「覚えているだろう?」

「……もちろんです。あれからダンデリオンでダンスを一切踊らなかったって本当ですか?」

「上書きされたくなかったんだ。あの心地良い調和を第三者に乱されるのがとても嫌だった……私はこのダンスがしたかった」


 舞いながら時折見える指に輝くサファイヤがこんなにも胸を躍らせるなんて……本当、こんなに幸せで良いのかしら。今も戻った魔力が身体を浸透していく感覚がある。魔力を失う覚悟で得た幸福ならば、縋り付いてみても良いのかも知れない。


「愛してる」

 涙を浮かべながら微笑むレベンディス様が可愛くて愛しくて、わたくしもまた目頭が熱くなるのを感じながら「愛しています、レベンディス様」と。震える唇を引き結んで笑顔を向けた瞬間だった――

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