断罪の現実
「――――本当に申し訳ありませんでした」
書籍を読み漁り、プロステートにばら撒いた魔虫を回収しながら、証拠集めに過ごした日々が終わりを迎えようとしていた。
「……リオス殿もう一度聞かせてくれ、ヴィオレティの魔力がどうしたって?」
「黙っていて本当に申し訳ありませんでした。ヴィオレティ様の魔力が回復するかどうかは殿下に掛かっております」
「どういうことだっ」
「ヴィオレティ様の倒れた日、殿下に渡した薬は魔力封印薬でした。魔力を奪われる可能性が浮上した為、急遽用意していたのです。本来であれば私が投与したかったのですが、見張りも厳重の上ヴィオレティ様に不用意に近付く事もできず……殿下に託しました。封印薬は特殊です。魔力を込めてすぐ投与しなければ効果はありませんし、同じ魔力でなければ解除薬を作ることができません。しかしその封印薬で本当に魔力が封印されたのか、先に消滅薬によって魔力が失われたかを判断する事ができなくなる為……ヴィオレティ様は『魔力がなくなった』としか言わざるを得なかったのです」
そんな危険な賭けをしていたと言うのか……? そんな事をせずとも済む方法を模索し相談して欲しかった、それが本音だ。しかし近々の話だったんだろう。私がゲートを用意するためプロステート城を離れたのもまた一因なのかもしれない。
「解除薬の素材は?」
「すでに整えた為、こうしてレベンディス殿下へ謝罪と共にお願いに参りました」
「ヴィオレティは……全て知っているのだな?」
「はいご存知です、そして二週間後に控えた卒業式の場で事実を詳らかにする算段となっています。殿下の信頼を大きく損ねた私は如何様にも罰してくださって構いません! ですが、どうか……ヴィオレティ様を……」
そんな事言われずとも、喜んで馳せ参じるに決まっているだろう。私はヴィオレティに伝えた。断罪という名の舞台を最高のものにすると。
「仮に解除薬を飲んでも魔力が回復しなかった場合の対処法はこちらに任せてもらえるだろうか?」
「……それは、消滅薬によって魔力が失われた場合ということでしょうか? まさか方法があるのですか?」
「あるにはあるが、禁術扱い且つ最上位魔法の区域だ。恐らくこれしか方法はない」
「……公爵様は私の方で説得致します」
失った希望に一筋の光が見えた気がした。
禁術扱いになった魔法は出来れば避けたい、それだけリスクが伴うからだ。それにヴィオレティが私を遠ざけた事も致し方のない事だったんだろう……魔法が全てのこの世界で一時的とは言え魔力を失う事がどういう目で見られるか、私の隣に立つ事を恐れるか。それは私が一番理解しているつもりだ。
でもその仄暗い闇の底から掬い上げてくれたのがヴィオレティなのだ。
この手で今度は私が掬い出してやる。
「二週間後と言ったな」
「はい、王城オルタンシアの間において卒業パーティーが行われる予定です」
「そこに向けて私も準備しよう」
こちら側が入手した証拠を伝え、驚くリオス殿に手の内を明かした。
まさか離れたダンデリオンで集めたとは到底思えなかったんだろう。留学を取りやめたとは言え、私もまだ学生の身分だ。学業と執務と同時進行は些かハードワークだったが、ここに繋がるとなれば苦労の甲斐もあったというものだ。お互いの情報を共有し終えた私たちは、解除薬の素材を受け取って薬を作製した。
これで、あとは私が魔力を込め飲ませるだけ……。魔力は……封印されてる事を願うだけだな。
ダンデリオン王国王立学園の卒業式を終えた私は、急ぎプロステートを目指し馬車を出した。
焦っても仕方ないが到着はギリギリになりそうだと聞き、こっそり馬へ強化魔法を掛けたのは言うまでもない。馬に魔法を掛ける日が来るとは……ふっ、と笑みが溢れた。それだけ愛しい姫に早く会いたい一心なのだ。どうか今はこの気持ちのままに行動させてほしい。もう止められないのだ。
――――――――
「レベンディス殿下お待ちしておりました、こちらです」
合流したリオス殿と入室した会場は豪華なシャンデリアも消え、静まり返った会場は異常な不気味さを演出していた。光の当たるフリオスの神々しい事にも腹が立つ。まるで自分のオンステージだな。
「アヤネ!! これは一体、なっ、何かの間違いだ! ヴィオレティ! 貴様だな!? 貴様が俺の事を嵌めるように指示したんだろ! ふざけやがって、どけアヤネっ! ただじゃ――……」
「それなら私の用意した証拠も見せてやろう」
指を鳴らして、会場中の灯りを一斉に灯した。
シャンデリア、壁に掛かるペンダントランプ、各テーブルに用意された蝋燭、そしていつかヴィオレティの屋敷で出した光球を浮かばせ幻想的な空間を作り上げた。
私の存在に気付いた国王が立ち上がり、目を丸くしている。
「レベンディス……ダンデリオン……だと?」
「久しいですね陛下、いつかの借りを返してもらいに参りました」
「…………」
横に並んだヴィオレティの驚く顔も可愛いが、今やるべき事に集中しよう。
「そうそう証拠だったね、ではっ」
またしても指を鳴らした私の合図によって、浮遊する光球には映像が映し出された。至る所に浮遊するそれは会場中の人に見せることが出来る。
『人の話を聞いてるのかっ! パーンっ』
『新入生代表なんてやりやがって、なんのアピールだっ! 俺に譲るべきだろっ! ボゴっ』
『お前の意見など聞いていないっ! ドカッ』
何度見ても無限に湧いてくるこの怒りを、そろそろ解放しても許されるだろうか。
「何これ……」
「これ、暴力……だよね?」
「最低……ヴィオレティ様、もしかしていつもご自身で治癒を……」
隣のヴィオレティは、なぜこの映像が……って顔だな。
それもそうだ、申し訳ないと思いつつも仕掛けた私の魔法なのだから。
姉上が血相を変えて飛び込んできた日を私は忘れもしない。ヴィオレティに殴られる要素などあるはずもないし、ましてや女性に手を挙げるなど御法度だ。怒りを通り越して殺意さえ芽生えた。
「止めさせろ!」
慌てた国王も叫び衛兵がアタフタし始めたが、ここで終わらせるつもりはない。
ヴィオレティの頭に手を翳し、少し記憶を拝借した。手に乗せた記憶にそっと息を吹きかけ光球へ飛ばす。
『俺に逆らうつもりか?』
『そのようなつもりはございません。ですが、マクリスの領民は慈善事業で働いているわけではないのです。ご希望の宝石をいくつかご用意いたしますので殿下が選びご購入ください』
『購入だ? 献上って言葉を知らないのか? はぁ……本当愛想のない女』
『どう言われようと構いません。彼らが汗を流し働いた対価もお出し頂けないのであれば、マクリス産のパパラチャサファイアは諦めくだ――』
『俺様の……言う事も……聞けない女は……』
馬乗りにされたヴィオレティの顔を何度も何度も……。これはヴィオレティの記憶だ。ヴィオレティの目線で見える戦慄の…………。あり得ない!! 耐えきれず拳を握り締め光球を全て弾き消した。今までヴィオレティから相談された事もマクリス公爵からもない。恐らく人知れず傷を癒やし何事もなかったかのように過ごしてきたんだろう。
見渡せば口を押さえ唖然とする者や、涙を流す者もいる。確かに刺激の強い映像であったし、これが卒業パーティーに相応しいかと問われれば……それは否であろう。しかし仕掛けたのは向こうだ。自分で蒔いた種に水をやり花を咲かせるのはフリオス、お前だ。
「フリオス殿、どうやらあなたの罪が増えそうだ。現時点で分かるだけでも違法薬物の認識ある過失、偽造文書作成、暴行、恐喝……末恐ろしい王子だな。国王もどこまで認識していたのか……気になるところだ」
「お……俺は……なにも……」
そこへカフェアとマクリス公爵も私のそばへ合流し、ついでに縄に括られたシエラ子爵も登場した。
「フリオス、全て子爵が吐いた。お前に弁解の余地はない。兄として……こんな悲しい事はないよ」
「くっ……」
「父上!! ヴィオレティ嬢との婚約は破棄ではなく解消……と言う事で宜しいですね?」
「………………許可しよう。フリオスを連れて行け!」
衛兵に両脇を抱えられたレベンディスは、フリオスの耳元でそっと囁いた。
「この光景が見たかった」
キッと睨むフリオスは懲りていない様子で連れて行かれた。
気付けば国王夫妻も壇上にいない。なんと情けない王だろうか。代わりにカフェアが壇上へ上がった。
「皆、すまなかった。折角の卒業パーティーを台無しにしてしまった。しかし許されるのであれば残された時間を鮮やかに彩ると約束しよう」
カフェアもまた手に魔力を込め、そっと息を吹きかけた。
会場を一層明るく照らし、花びらが舞い、止まっていた演奏が再開され会場全体に笑顔が戻りつつあった。
「ヴィオレティおいで」
「……はいレベンディス様。あの――」
「今日からこの手を離してはいけないよ、二度とだ」
これは私の願望だ。芯が強く、弱みを見せないヴィオレティの手を二度と離さない。
離してなるものか――




