断罪の理想
「――――社会に出てからも本学で学んだ事を忘れず、大いに活躍する事を願います。卒業おめでとう」
学園で一番大きなホールに集められた卒業生は、挨拶を聞いて盛大な拍手で仲間と卒業の慶を祝った。これからの人生に華が添えられ、卒業諸書を手に涙する者、周囲との別れを惜しむ者。
「ヴィオレティ様…………なんて綺麗なの」
「そっ、そんなに見つめられたら穴が空いてしまうわ」
「だって……これはもう今日の主役ですよ! ご自分で鏡見ました!? ステフの腕も確かだけど……こういうのなんて言うのかしら、お姫様……そう! まさにお姫様よっ。えっ、なんか私すごい興奮してきたんですけど! 今日は私が隣で変な男どもから守ってあげますからね!」
「フローラ様落ち着いてくださいませ。そんなに褒めていただけるなんてお母様が喜ぶわねっ、ねぇステフ」
「そうですね、ですが……私も興奮が隠しきれません……許されるならフローラ様と共にお嬢様を守りたいです。もしお嬢様に何かあれば、レベ――」
「ステフ、それ以上はダメよ。さっ! 人のことを言えないフローラ様っ、参りましょう」
しまった、たぶんステフはそう思ったでしょう。
少し申し訳なさそうに頭を下げ見送りの挨拶をした。
会場には通常エスコートが必要なの。
それが貴族の常識であり、同伴を伴えない場合は親族がつくけれど……うん、わたくしは一人よっ! 会場手前で別れたフローラ様は「あとで護衛に参りますからっ」と笑って婚約者と共に会場の扉を開けた。
ゲームのシナリオ通りだったら、この扉を開けるとヒロインと攻略対象者に囲まれ断罪劇が始まる。シナリオが崩壊したこの世界のクライマックスは、どんなストーリーになるのか……不覚にもドキドキしてきてしまったわ。ご覧の読者様、勘違いしないでね。このドキドキは決してフリオス殿下に断罪されるのが怖くてドキドキしてるんじゃないのよ。今のわたくしに待ち受ける断罪という名の舞台がどうなるのかワクワクの方のドキドキよ。入場は一人でも、わたくしには沢山の仲間がいる。怖くなんてない。
第二王子が卒業するとあって、王宮の広間は豪奢で煌びやかなシャンデリアが卒業生のドレスを幻想的に彩っている。次は誰の入場なのかと注目を浴びる扉から入る一人のわたくしを見て、どうして一人なの? フリオス殿下のエスコートじゃないなんて……そんな声が今にも聞こえてきそうな程ざわついた。
堂々と背筋を伸ばし、優雅に淑やかに歩みを進め、感じる視線を流しながらヒールの音と演奏に音が共鳴している。
前に見据える高砂には国王陛下と王妃様、袖にカフェア殿下が見える。
なぜ一人なのか! 陛下の視線が臣下に這い、フリオス殿下を探して来いとでも言いたげな雰囲気。ほら……慌てて誰か出て行ったわよ。婚約者になってもさほど顔を会わせなかった陛下には何の情もありませんわ。普段王宮にいらっしゃらない王妃様は尚のこと。
暗転した会場に騒めく声が飛び交う。
パッと点いたスポットライトの光が会場中央を照らし、フリオス殿下の登場を知らせた。
「皆、卒業おめでとう。今日という祝いの席は無礼講である。立場関係なく最後の宴を楽しもうじゃないか。しかしその前に、皆に伝えねばならぬことがある。陛下、どうか少しの時間を私に頂けないでしょうか」
「…………いいだろう」
「ありがとうございます。この三年間で詳らかになった数々の事案や現在の状況を全て鑑みた結果をご報告します」
ライトと共に移動してきたフリオス殿下が止まったのは、もちろんわたくしの前。
「よくも堂々とこのような場に参加出来たものだな。いや、しかし感謝せねばならない。今日参加してくれなければ大勢に披露することは叶わなかったのだから。我が婚約者ヴィオレティ・マクリス、貴様とはこの場を持って婚約破棄とする!」
ざわっ。
「貴様が学園のとある女子生徒に行ってきた所業に始まり、先日起こった兄上の事件、延いては私の婚約者として魔力を保持しないなど許される事ではない!」
「…………証拠はお有りでしょうか?」
「ふんっ、貴様が最初からこのような者だと分かっていれば記録魔法も使っていたが……それだけが唯一の後悔だ。それに、兄上の事件において魔力回復術など戯言を延べ発揮も出来ぬ力で危険にさらしたではないか!」
「…………」
「父上、この者は魔力を失ったにも関わらずこうして私の婚約者として堂々と過ごしていたのです。これでは我々王家を愚弄していたも同然。婚約破棄を了承頂けますよね? それに、私にはすでに心に決めた真の令嬢がいるのです」
「……真の令嬢……だと?」
「はい、高い魔力を保有し最高魔法士候補と成り得る令嬢です。……おいで」
手を伸ばされた先、人混みの中から現れたアヤネ様がわたくしを見てフッと笑った。
でもその笑みは……性格の悪いヒロインでも何かを企むヒロインでもない、そこには温かさが見える。
「父上、彼女がアヤネ・シエラ嬢です。魔法の才に溢れ、今後我が国の発展に大きな影響を与えていくでしょう。どこぞの魔力もない令嬢と比べ愛嬌もあり、私を支えてくれるのです」
陛下が物言いたげに口をハクハクさせているけど、どうやら言葉にならないようで……見兼ねたわたくしから先に口を開いた。本来なら許しを得ることがマナーとされるんでしょうけど、どうかこの状況に免じて許してもらいましょう。
「フリオス殿下の仰りたいことはよく分かりました。わたくしは罪を犯してはおりませんし、王家を愚弄するような真似をしていたつもりもございません。……ですが、婚約当初からの扱い含め、婚約中にも関わらず別のご令嬢をお慕いしているようですので婚約破棄して頂いて結構です」
「まっ待て! ヴィオレティ嬢、愚息の気の迷い故しばし待ってはもらえんだろうか!」
陛下の一際大きな声が会場に響き、シーンと静まり返った。
「父上、気の迷いなどではあり――」
「黙らぬか!」
「私はこんなにアヤネを愛しているのです! ねぇアヤネ!」
「……嫌です」
「……はっ?」
「私、フリオス殿下と結婚なんてしません。だって――」
「なっ何を言ってるんだ、アヤネ! 私の計画通りにすれば大丈夫だとあれ程言っただろ、問題なく私たちは一緒になれるんだから」
「だって悪いことしたんでしょ? ちゃんと謝って」
「そんなわけな……いだろ? あぁまたヴィオレティに余計な事を吹き込まれたんだな? 可哀想に……」
キッとこちらを睨みつけるや、足音を豪快に立てながらこちらへ向かって「余計な事を……」ってボソボソ呟くフリオス殿下の足元を凍らせた。
正解に言えば凍らせてくれたのは、少し離れたところにいるリオス様。ナイスタイミングっ!
「あらっフリオス殿下は、アヤネ様のお話にもついに耳を傾けてなくなったなんて……本当残念な方。それならどうぞこちらをご覧になって?」
スッと歩いてきたリオス様の手に握られた書類を束が空中に放り出されると、ゆっくり円を描きながら横一列に回転し始めた。
「先日まで王城内を騒がせていた魔力切れを起こす原因が鮮やかな色をしたお菓子であった事は皆様も承知の事実でしょうが、その成分である違法薬物はフリオス様も承知でしたよね?」
「なっ……!」
「それに、カフェア殿下を魔力切れにさせた菓子を運ばせたのもフリオス殿下だと証言が取れております」
「そんな馬鹿な!」
「それから……婚約者のいる身でありながら、女性に対し性的な暴力を振るった証拠もございます。最低っ」
「ふざけるな! 俺を陥れようとデタラメはかり!」
自身の魔法で足元の氷を砕いたフリオス殿下の鬼の形相が更にわたくしに近付いてきたところで、守る様にわたくしの前に立ったアヤネ様が天井に向けて映像を放った。
そこに映し出されたフリオス殿下との会話。
「どうやってヴィオレティ様の魔力奪ったの?」
「簡単だよ、魔力を限界まで使わせれば医療行為ができるだろ? そこで消滅薬を使えば、この通りだ」
「でもお医者様が気付くでしょ?」
「アヤネはおバカさんだな〜、俺を誰だと思ってんだ? 俺に逆らえる奴なんかここにいないんだよ。王子の肩書きはこれだからやめられないんだよなぁ」
…………おバカさんね〜。
それにしてもこんな映像を記録出来るなんて……。
「アヤネ!! これは一体、なっ、何かの間違いだ! ヴィオレティ! 貴様だな!? 貴様が俺の事を嵌めるように指示したんだろ! ふざけやがって、どけアヤネっただじゃ――……」
「それなら私の用意した証拠も見せてやろう」




