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非現実的

  目の前で起きている事が夢なのか現実なのか分からなくなったのは、これで二回目だ。


 初めてヴィオレティに会った、あの日が一回目。

 そして、カフェアへ注いだ魔力が限界を超え青ざめるヴィオレティを叫びながら支える今が二回目……。軽すぎるその肩を抱いた瞬間、背筋が凍った。魔力を有する者が、その身体から魔力を失うと言う事は命を脅かしている事と同じ。


「リオス殿!! 急いで魔力を――」

「待て!」


 振り向いた声の主は、突然騎士を引き連れ現れたフリオスで、睨む目の奥に何か違和感を感じさせながらこちらへ向かって歩いてくる。

「ヴィオレティはカフェアを危険に晒した! 連れて行け!」

 

 こいつは……何を言っているんだろうか……。

 

「フリオスの言葉の意味が分からないが、まずは手当が先だ! リオス殿!」

「部外者は黙ってろ。出来もしない魔力補給だと!? 笑わせるな。魔力回復術の持ち主なんて所詮その程度だろ、現に目の前のカフェアだって目を覚まさないじゃないか。適当な治療をして第一王子を危険に晒したならその罪もその身を持って償わせなければならないしな」

「……お前……は、ヴィオレティの何を見てきたんだ……」

「聞こえなかったか! 早く運べ! それと、そこの見習い服を着た奴も連れてこい」


 騎士に抱えられ、力無く垂れ下がるヴィオレティの手。この怒りはどこにぶつければ良いのか、他国というだけでこんなにも無力な自分と状況を把握できない無能なフリオス。

「リオス殿、これは一刻の猶予もない。私ではヴィオレティを助けてやれない……頼む……ヴィオレティを助けてくれ」

「至急向かいます、殿下はどうかこちらでしばしお待ちください」

「頼んだ……」


 どうしてこんな事になったんだ。

 ゲートを急ぎ取りに行き馬車に積み込んで、こちらの王城に設置してみれば数時間後には違法薬物に反応したゲートが警報音を響かせ、怪しい菓子やその場にいた数人の貴族を捕らえた。別の場所に仕掛けたゲートには、出入りする商人の荷物からも警報を知らせ、解決に向かっていると思い込んでいた。

 リオス殿と合流し、今日の当番がヴィオレティだと聞くと嫌な胸騒ぎを覚え様子を見に行ったが。まさかカフェアが魔力切れに陥り、ヴィオレティまで倒れるなんて……私には想像出来なかったんだ。


 あれからどのくらい待ったんだろう……。

 窓の向こう側は何も映さない夜が深まり、医務室のソファーに腰を掛けたまま、ただただ時間だけが過ぎた。

 廊下の足音に敏感な自分も嫌になる。

 

「レベンディス殿下!」

 勢いよく飛び込んできたリオス殿に焦る色が見える。

「ヴィオレティは大丈夫なのか!?」

「それが……。ヴィオレティ嬢の魔力量は桁外れです……一介の魔法士の魔力補給などたかが知れてるのです。だから私が魔力補給に当たりたかったのですが許可が下りず……失われた時間が長かったせいもあり、まだ目を覚ましません。ポーションを口から飲むことも出来ず、今は点滴によって補給が行われている状況です。これは仕組まれた罠です。カフェア殿下が狙われたのかと思ったけど、最初から狙いはヴィオレティ嬢だったのかもしれない」

「そんな……まさか、いくらフリオスでも……」

「フリオス殿下の指示で、ヴィオレティ嬢の部屋には誰も入れません。……こちらをレベンディス殿下に託します」


 手渡された小瓶と折られた紙。

「これは?」

「今のヴィオレティ嬢を助ける唯一の薬です。ただし飲む事でしか効果が得られない上、殿下の魔力を注いで色が変わったらすぐ飲ませてください」

「…………」

「私は、別に調べる事がありますのでこれで失礼します」

「リオス殿ありがとう……」

「殿下、ヴィオレティ嬢をよろしくお願いします」


 再び一人になったソファーで小瓶を見つめた。

 小瓶を握り締め「移動」の詠唱を口にし、ヴィオレティの眠る部屋に飛んだ。リオス殿には感謝しかない……ヴィオレティの部屋が書かれた紙を渡されなければ、こうして移動することも叶わないのだから。

 

「ヴィオレティ……」

 

 苦痛を滲ませる顔にそっと触れると、一瞬和らいだように見えたのは気のせいだろうか。点滴の刺された痛々しい腕、汗が浮く額……このままここでずっとそばにいて守ってやりたい。もう二度と苦しみなど味わえない程に守り抜きたい。


 邪魔はさせない。

 今自分が展開できる最上級のシールドを張って、悪意ある者はこの部屋に侵入できないようにした。これでひとまず大丈夫だ。

 目を開ける気配のないヴィオレティに薬を飲ませる方法が分からない……。色が変わったらすぐ、という事は時間もない。身体を無理に起こすわけにもいかないし、口を開く事も出来ない。


 口移し……ならば。

 少しだけ含んで上手くいけば続ければ良い。ダメなら他の手を考えよう。

 小瓶を握り締め自分の魔力を流すと、透明だった液体がみるみる深い青に代わり薬の完成を知らせた。

 ヴィオレティの顎にそっと触れ、少しだけ口を開いたところに薬を含んだ自身の唇をそっと重ねた。

 これは医療行為、医療行為……そう言い聞かせないとやってられない。触れた柔らかく温かい唇に、高鳴る胸を殺す方がどうかしてる。

 それでも流し込んだ薬が溢れることなく、喉を伝うのが分かると安堵したのは言うまでもない。これなら残りの薬も上手くいくだろう。目が覚めたら謝ろう。



 目覚めた知らせを受け、屋敷を訪ねる許可を得て向かったその扉の先にいたのは、幾分か痩せ表情の優れないヴィオレティだった。薬は飲めたはずだし、心配ない……本当にそう思っていたんだ。

 

「レベンディス様、もうこちらへ来るのはどうかお控えください」

「……なぜだ、見舞いに来たいと思うのは当然の事だろう?」

「わたくしには、その資格がありません。婚約を破棄したところでレベンディス様の元に行くことが出来ないから……」

「どういうことだ」

「……魔力がないからです。魔法が全てのこの世界で、魔力を持たないわたくしなど価値がないのです」

「なにを……言って……」



 窓際を向いたまま、こちらを見ようとしないヴィオレティに掛ける言葉も詰まり、仕方なくステフに誘導されるまま部屋を出た。

「納得いかない……魔力がないとはどういう事だ……」

「……こちらで旦那様がお待ちです」


 応接間にいたマクリス公爵と夫人が、私を見るなり頭を下げ礼をするが、冷静さを失った私は礼を返す事も忘れ公爵に詰め寄った。

「説明してくれ」

「……ヴィオレティに投与された点滴は、回復薬ではありませんでした。……魔力消滅薬だったのです……」

「…………」

 魔力……消滅薬……。罪人の刑に処される薬が、なぜヴィオレティに投与されるんだ。罪状もなく刑が施行されることなど言語道断だし、ましてや意識なく横たわり話など出来ぬ人間にそんな事が許されるはずない。

 

「ヴィオレティが何をしたって言うんだ……カフェアを命懸けで助けた代償がこれなのか!?」

「目覚めたヴィオレティが唖然としていて……そこで初めて点滴薬を調べたのです。私としても全力で調べさせています」


 どんな気持ちで私にあんな言葉を紡ぐんだ。

 愛する人を守れなかった――

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