枯渇
翌日、アヤネ様の魔法学講師を手配し終えてから休学届を提出し、急足で王宮へ向かったわたくしに突き付けられた現実はあまりにも惨かった。
部屋に荷物を下ろすなり案内された救護室には、痙攣を起こす者や座り込み項垂れる者が溢れている。どう見ても尋常じゃない。魔法士団の中でも回復術を使えるのは数えるほど……それは人手不足にもなるし、たぶん魔力補給も間に合う訳ない。
「ヴィオレティ様! こっちこっち。魔力は全て注ぐのではなく6割程度で構わないから、あとはポーションで補えば良い」
リオス様の元へ合流し、腕に付けられた腕章を頼りに魔力補給を開始した。
どのくらい魔力を注げば良いかは感覚で分かる。自慢じゃないけど、わたくしの魔力量も相当あるから早々疲れる事はないけど交代しながらポーションで自分自身も回復させないと魔力を注ぎ続けるのは不可能。
ここではあまり目立たずやり過ごしたいのが希望であって、周りの魔法士様たちは目の前の事に集中しているからわたくしの事など眼中にないのは不幸中の幸いかもしれないわね。
傍らでお父様の姿も見え、こちらに気付いたけど目の離せる状況ではなさそう。
それにしても、この医務室なにか違和感……。
そこから数日後、再びリオス様と顔を会わせた際ずっと疑問だった事を投げ掛けた。
「リオス様……これではイタチごっこです。ずっと不思議だったのですけど若い方ばかりが運ばれてくるのはなぜでしょう……」
「……そう言われてみればここに来る大半は独身の者ばかりだ……寮か?」
「ありえますわね、次の休憩で少し出て参ります」
「必ず護衛を付けてくれ。レベンディス殿下からも耳が痛いほど言われている。それと一つ分かった事がある。実は――――」
魔力を注ぎながら、意識した片耳に流れるリオス様の話しがわたくしの頭の片隅に重ねられていく。これでこの問題が解決出来るならお安い御用よ。
「分かりました。それでお願いします」
少し悔しさを滲ませるリオス様には申し訳ないけど、スリルは決して嫌いではないの。むしろ好物よ。
言葉通り、休憩時間を見計らって寮にいた経験のある騎士に付き添ってもらい王宮裏に来てみれば、男女色違いの建物が目に入った。
リオス様に急遽用意してもらった入管許可証を首から下げ内部に入ると、家事をする年配の女性以外見当たらない。特に空気が澱んでいるわけでも、内部が汚いわけでもない。
「騎士様、食堂はどちらですか?」
「こちらです。朝と晩に利用しますが至って普通の食堂ですよ」
確かに変わった様子もなく、奥に見えるキッチンとカウンターは綺麗に整理されてる。でも、間違いなくここから魔力切れを起こす何かがあるような気がするの。
ふと、目に入ったカウンター上の菓子箱……触って良いかも聞いてないのに蓋を開けてしまった。どうして、ここにこんな物があるのか……手に取ったそれは、鮮やかなピンク色のクッキーだった。
「このお菓子を知っているんですか? 僕は口に合わなくて食べなかったけど、最近王宮内でよく目にするんですよ。確かここに出入りしてる商人が持ってきたとか言ってたかな」
「その商人は毎日ここへ?」
「いや、月に二〜三回程度ですよ。前に来たのは……確か一週間前くらいだったと思います。僕は商人から武器屋を紹介してもらったので」
「そうですか。わたくしもこのお菓子一枚もらっても大丈夫かしら?」
「大丈夫ですよ、ここにあるものは基本自由ですから」
手に取ったこのピンクのクッキーが原因? いや……ゲーム内でこれを使えたのはヒロインだけだった。それに効果は攻略対象者の好感度を上げるためのものであって、魔力を吸収するような代物ではないはず。食べてみれば分かるかしら?
しかし、この日ダンデリオンからレベンディス様が持ち込まれたゲートと言う装置によって驚くほど早くクッキーが回収されることとなった。微量の薬物にも反応するゲートに反応したそれは、早急に解析するため錬金術師団へ運び込まれた。
原因が分かれば対策は簡単で。
出来る限り回収を進め、次第に患者の数も減少を見せていたがどうやら中毒性があるらしい。過剰摂取した者が運ばれる事もあるため、総出で当たっていた魔法士団は一旦シフトを組んで様子を見ることになった。
今日の当番は、魔法士様一名とわたくしを含めた見習いが二名。
そして、夕方過ぎた頃に事態が動いた。
「どいてくれ!! カフェア殿下をすぐベッドへ!」
「急いで魔力補給だ!!」
下っ端のわたくしが近付けるはずもなく、しばらく様子を見ていたけど……カフェア殿下は今や国一番と言われるほどの魔力量を保持している。しかし一日を終えようとしている今、魔法士の体力も最早限界に近い。
「カフェア殿下!」
誰かの叫び声と共に走り出したわたくしの身体にポーションを流し込んで、殿下のベッドへ駆け寄ると魔力切れの症状が収まるどころか痙攣、顔面蒼白の深刻な状況だった。
「どいて!」
慌てて魔力を全力で注ぎ始めたわたくしに、文句を言う者がいないのが救いね。額から流れる汗を拭うことも出来ず、懸命に注ぎ続けた。
(まずい……)
頭の中では解ってるのよ? でも、ここで止めても絶対足りないのが目に見えてる。第一王子を守りたいし、ラディ様の悲しむ顔は見たくない。
それでも、目の前が揺らぎ始めた。
フッと力が抜けそうになった所で、横目に映ったリオス様とレベンディス様の顔を見て安心したのか……そのまま意識を手放し、耳の奥の方に小さく届いたわたくしを呼ぶ声。
そのままわたくしは一週間眠りついた。
わたくしの魔力補給を行おうとしたリオス様の元に、フリオス殿下が突如現れ規制を引いたの。
カフェア殿下が危機に陥った理由も知らずに、目を覚まさないのは適当な治療をしたせいだと決めつけ、わたくしを無理やり運んだせいで魔力補給が出来ず瀕死の状態だったと……。
一命を取り留めたのは、見習い魔法士の微量な回復術と薬が飲めない代わりに点滴で投与された薬のおかげだと言う。
「おねえさま〜」
お母様に繋がれた手を離して、わたくしのベッドにしがみついたロドニーの可愛い事!!
「ロドニー元気にしてた?」
「はいっ、お利口さんにしてたらおねえさまに会えるって約束したから」
「まぁ! わたくしのロドニーはいつだってお利口さんよ」
「おねえさま大丈夫? どこか痛いの?」
「大丈夫よ、ロドニーの笑顔を見て元気になったから」
「ヴィオレティ……貴方が無事で本当に良かったわ。大変な時にそばにいてあげられなくてごめんなさい……」
「お母様気にしないで、お母様こそ体調は大丈夫なのですか?」
「この通りよ、領地から戻る準備の最中にヴィオレティの事を聞いて飛んできたの。もっと早く準備すれば良かったわ。身体が楽になったらお茶でもしましょう」
「はいっ。お父様はどこに? 少しお話したいことがあるのですけど」
「部屋にいるはずだから呼ぶわね、ロドニーは一緒に行きましょうか」
「いやだ……まだおねえさまといたいのに」
「ロドニー、もういつでも会えるのよ? 好きな時にいらっしゃい」
「本当? いつでも会えるの?」
「ふふっ、おやつを食べてお昼寝したらまたいらっしゃい」
そう約束してお父様と入れ替わった。
お父様の面持ちが優れないのは……。
「ヴィオレティ……すまなかった。あの時断っていれば――」
「良いのです。わたくしはやるべき事をやったまでですから。それよりカフェア殿下は!?」
「おかげで問題ない、すでに公務にも戻られている。体調が戻り次第、登城してほしいと言われたよ」
「そう……無事で良かった」
「……ヴィオレティの魔力だが――」
肝心な話しを耳にする前にレベンディス様が扉を叩いて話が終わった。
わたくしは、伝えなければいけない。
婚約破棄しても貴方の元へ行けないと。
だって、わたくしにはもう魔力がないから……。




