決意
「……この黒塗りの馬車って、もしかして――」
自邸の前に停まる、どこか見覚えのある馬車と深々頭を下げる御者に、いつかの記憶が蘇る。
勢いよくロビーを駆けて応接間をノックし、お父様の返事を待って中に入った。
「ヴィオレティ!」
笑み眩しいレベンディス様がヒラっと手を上げた。
「ただいま帰りました。ご機嫌よう、レベンディス様。見覚えのある馬車でしたので……思わずノックしてしまいましたわ」
「ヴィオレティも座りなさい。お前にも関係のある話だから帰りを待っていたんだよ」
「わたくしも?」
「今、とても城内が揺れていてね。部署に限らず魔力切れと見られる症状が相次ぎ、人が次々運ばれているんだ。魔力回復の術を持つ魔法士団が対応に当たっているが、正直人手が足りない。上級魔法と回復術を使える者は国へ届ける決まりとなっているし、もちろん私もヴィオレティも届出ているが……学生という立場とフリオス殿下の婚約者という事もあって、限られた者しか知らないのが現状だったのに……」
「わたくしに話という事は、要請が来たのですね?」
「そうだ」
いつか知られることだわ。
別にわたくしとしては、救える命があるならば喜んで行くけれど……そうしたくないお父様の気持ちもわかる。魔力回復の術は、自身の魔力を削るだけじゃない。貴重な人材故、今後の人生をこの国のために捧げる覚悟で向かわなければならない。王家が手放さないともなれば……フリオス殿下との婚約は解消できる訳もない。
実際、お父様の配慮だと思うけどわたくしの事を知る人の中に陛下とフリオス殿下は含まれてない。
「マクリス公爵、私は諦めるつもりなど毛頭ない。だから呼んでくれたんだろう?」
「…………親として、娘には幸せになってもらいたい。覆すなら今しかないと踏んだまでです殿下」
「私に考えがあります。任せて頂けますか? ただし、ヴィオレティ……貴方と一度きちんと話がしたい。公爵の許可を頂ければですが」
「そうだな。ヴィオレティは制服を着替えて来なさい」
「えっ、は……はい」
ステラの手を借りて慌しく着替え、髪を整えた頃を見計らって準備を終えた使用人が整えた席へと案内するため訪れた。
「どこに行くの?」
「ふふっ、お嬢様もびっくりされるかもしれませんね」
薄暗くなった外を窓から見ながら歩いた廊下の先、庭園に繋がるドアを開けると……。
「待ってたよヴィオレティ」
まるで前世で言う、イルミネーションのような灯りが灯されたいつもと違う庭園にうっとり見惚れてしまう。
電気で照らされたイルミネーションと違って、魔法で小さな光の球が所々に浮遊しながら花や葉を照らしている。広げた手のひらに、そっと浮遊してきた光が当たり温かさが滲んだ所へレベンディス様の手が重ねられた。
「おいで」
「…………」
二人きりになった時の甘さを知ってる上に、この整った顔、耳が溶けそうになる心地良い声。中身アラサーのわたくしが、このイルミネーションを背景にトキめかないとでも思ってるの!?
エスコートされ座った席には、見たことのないカップに香りの良い紅茶が注がれ鼻をくすぐった。
「私が持参した紅茶なんだ、どうぞ召し上がれ」
「ありがとうございます……」
「……どう? 口に合う?」
「とても美味しい……です……」
……自分ぎこちなさすぎるわ! ほらっ背筋を伸ばして真っ直ぐ前を見て……
「ん?」
「うっ……」
あとで一人反省会をしましょう。
「と……ところで、わたくしと話しと言うのは?」
「うん、ヴィオレティに問わなければならない大事な話しだよ」
パチンっ! 指を鳴らし、辺り一帯に防音の魔法が展開され、外からの音は聞こえても内側のこちらからの声が漏れない魔法が施された。
「これで大丈夫。さてヴィオレティ、今日こそ真実を教えて欲しい。どうしてフリオスと婚約したの?」
「そっ……それは……」
「…………」
沈黙は嫌。……もう隠せないんだわ。
引かれるかもしれない。軽蔑されるかもしれない。でも、ここまで来たら……。
「……破棄を…………てみたかった……です」
「ん?」
「婚約破棄と断罪をされてみたかったのです!」
「なっ……本気か!?」
そうよね、普通そういう反応になるわよね。もう白状してしまったのだし、前世のことを伏せた上できちんとお話ししよう。
「はい……。わたくしは幼い頃からたくさん本を読んで参りました。恋愛小説にハマった時期があって、そこで年頃の男女の間に起こる諍い事に興味を持ったのです。フリオス殿下がこちらに愛はないと分かっていましたし、わたくしも興味はありませんでしたから……」
「…………」
「婚約前に、アヤネ様とフリオス殿下の内情を耳にしたので……もしかしたら小説のような一幕が……味わえるかもしれないと……その……」
「くくくっ、私が先に婚約しなくて良かったと今初めて思えたよ」
「レベンディス様?」
「婚約破棄された後のことは考えなかったの?」
「いえ、破棄された後は自分の幸せを見つけようと思っておりました。良縁は諦めています」
「なるほどね……ヴィオレティを信じよう。先日タウンハウスでも伝えたが、もう一度伝えようかな。……ヴィオレティに初めてここで会ったあの日から、全て貴方のために努力してきたんだ。私がその、婚約破棄と言う舞台を最高のものにしてあげるから、貴方の願いが叶った暁には私と婚約……いや、結婚してほしい。どうか恋に溺れた哀れな王子の妃になってはくれないだろうか」
重ねられた手が少し震えてる。
悪役令嬢の恋なんて所詮ゲームの一コマだと思ってた。無惨にも砕ける恋心など抱くものかと思いながらも、こうして心を寄せたいと切望する方に出会い、求婚してもらえるなんて誰が想像出来るんだろう。
この手を取りたい。この手を掴みたい。
それでも防音があるとはいえ、わたくしは自国の王子の婚約者だ。今、レベンディス様に応えて良いのか分からない。きっとレベンディス様もその辺は察してくれてるんじゃないかしら?
「ヴィオレティ返事を聞かせて」
……さ……察してなかった!
「い、今お返事を!?」
「返事を聞いてからだ。そもそもフリオスと婚約を継続したいなら私からの提案など不要だからね」
「それもそうですね……」
確かに、このまま王城で魔力回復術を行えば、アヤネ様がいてもいなくてもフリオス殿下と婚約継続になる可能性が高い。要するに、わたくし自身の選択をするなら今しかないって事なんだわ。
「……わたくしの望みを口にしても宜しいのですか?」
「ヴィオレティの望みが知りたい」
「それならば……気付いた時にはもう、フリオス殿下と婚約した事を後悔するくらいに……レベンディス様を……」
「うん」
「わたくしには幸せになる道はないと諦めていたのです。救ってくださるなら……レベンディス様が良い」
「うん」
相槌を打ちながら、わたくしの顔にそっと手を添えて下さるレベンディス様の顔は、目を細めて噛み締めているような……自分に都合よく解釈してしまう程に嬉しそうで。
パチパチ……外側の音に目をやれば、こちらの声は聞こえずとも小さな拍手を送る、そんな展開に気付いて微笑むステラやセリノス様の顔が見えた。
わたくしも……幸せになって良いんだと実感できる。問題は山積みだけど、なんか簡単に解決出来てしまうんじゃないかと思わせてくれるのは……やっぱりレベンディス様だからなのかもしれない。
「ヴィオレティ、よく聞いてくれ。今回の魔力切れの症状は意図して仕組まれたものだ。背後に違法薬物が使用されている。私は一度自国に戻って今回の事件に役立つ物を持って帰ってくるから、それまで魔法士団で耐えてほしい。その際、私が今日持参した紅茶以外は絶対口にしてはいけないよ」
「この紅茶ですか?」
「君を守ってくれるはずだ。ヴィオレティの周りには優秀な護衛もいるが念のためね」
「承知しました」
重ねられた手を見つめて、これからの怒涛を乗り切る勇気を貰ったと。心から思えたの。
「好きだ、ヴィオレティ」
掠める吐息が耳を熱くして、咄嗟に押さえた耳に残るレベンディス様の低音。
レベンディス様が帰宅された後も庭園に残ったわたくしは、しばらく余韻に浸って消えかける魔法の光に目を閉じたのだった……。




