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愛の囁き


「レ……ベンディス……様」

「遅くなってすまなかった、ヴィオレティ」


 ふわふわ……

 暗がりを小さな光りがポツ……ポツ……どんどん増えて、わたくしたちを囲むように夜光虫が現れた。レベンディス様がそれは不思議そうな表情で辺りを見て、その光景に身構えているのが分かる。

「これは……夜光虫? どうして……」


「だめぇぇぇぇー!!」


 慌てて叫びながら走ってくるアヤネ様目掛けて、レベンディス様が容赦なく魔法を繰り出そうとするから「レベンディス様、待って!」と、思わずわたくしが止めてしまった。


「……まずは君のその痛みからか」

 解除魔法で、わたくしの身体に張り付いた魔法を解きそっと気遣いながら差し伸べてくださる手を取った。

 叫びながら必死にこちらへ向かうアヤネ様に、他意がないことを伝えたい。

 わかるもの……この光はやっぱりどう見てもヒロインのためのイベントだわ。なぜ、わたくしの周りに夜行虫が現れたか分からないけど、別にイベントを横取りしたい訳じゃない。確かに魅了魔法を会得され、レベンディス様に使われてしまうのは嫌だけど……それでも、この美しい光景を『邪魔された』とは思われたくない。

 さっきまで少し折れ掛けてた心の痛みも確かにあったけど、ここに来てくれた……それだけで救われるわ。

 気付いてしまった自分の心に抗うつもりもないけど、今はフリオス殿下の婚約者として対応しなくては。


「はぁ……はぁ……私がヒロインだって言ったでしょ」

「えぇ」

「あんたはフリオス様の婚約者でしょ?」

「えぇ」

「私の大事なモノ、根こそぎ持っていかないでよ!!」

「……そんなつもりないわ」

「嘘、嘘よっ! このイベントだってせっかく暗さ――」

「何?」

「くっ……むかつく、むかつく……」

「謝って。暗殺者をわたくしに差し向けた事を謝罪して頂戴」

「なっ! なんで私が謝罪なんて」

「謝罪してくださるなら不問にするわ。公にするつもりもない。でもそうじゃないなら、貴方は第二王子の婚約者に手を掛けようとした反逆者として捕えられるわ」

「ふっ……ふざけないで! 愛されてもいないくせに何様のつも……り……」

 

 明らかに顔色が変わった。

 自分が差し向けた刺客は捕まり、危害を加えようとしたのは王子の婚約者。下級貴族の自分が逃れる術もないと、漸く分かったようね。

 側で何も言わずに見ているレベンディス様は、何か言いたげな雰囲気を醸し出してるけど……今は下手に庇われても困る。


「……ご、ごめんなさい……」

「二度としないで」

 そう言って踵を返したところで、ふわふわ漂っていた夜光虫はフッと姿を消し、ほんのり明るかった庭園も迎秋会の会場に灯る明かりで夜道を照らした。

 通信魔法で呼んだ警備隊に暗殺者を引き渡して、アヤネ様を放置したままレベンディス様がそっと囁いた。

 

「おいでヴィオレティ」


 言われるまま繋いだ手は温かいけど……こんなところを誰かに見られれば何を言われるか分からない。

 そう思った瞬間、パッと変わった景色は見たこともない部屋だった。

 

「ごめんね、私が宿泊するタウンハウスの一室だよ」


 よく見れば「お帰りなさいませ」と頭を下げる数人の使用人の中に見覚えのある顔を見つけた。

「お久しぶりです、ヴィオレティ様」

「……セリノス様! あっ、あの……お邪魔します」

「ふふっ、お美しくなられて……部屋が一層明るくなりましね殿下。ヴィオレティ様がこちらにいらっしゃる旨をマクリス公爵様へお知らせしておきます」

「ありがとう……」


 一礼して部屋を後にする使用人の方々を見送ってから、部屋に残ったわたくしは、えっと……。そもそもレベンディス様は、なぜ迎秋会の会場ではなく宿泊先へわたくしを連れて来たのかしら。


「……ヴィオレティ、単刀直入に聞こう。フリオス殿下と婚約した理由は?」

 ツカツカこちらに歩み寄った勢いそのままに、わたくしは後ろにある壁に背をつけ右手で壁ドン状態の囚われた格好に不覚にもドキッとしてしまったわけで。

「り、理由などありません。王家からの求婚を断る術がありませんから……」

「貴方ならいくらでも回避出来たでしょ? あのアホ王子も何か企んでるようだけど……その企みを知った上で婚約したと踏んでるんだけどね」

「レ……ベンディス様、近……近い」

「白状しないと、白状したくなるように仕向けるだけだけど良い?」

「どうして理由を求めるのですか? わたくしが誰と婚約しようと……」


 ……んっ!

 近づいた顔が耳元でそっと囁く。

 

「あの頃からヴィオレティだけのために頑張ってきたんだ。滞在した三日間で婚約を結べなかった自分を戒めながら、必死に取り返そうと今日まで来たんだよ」

 

 ゾクゾクっと背中が痺れるような甘い声に、理性を保つのが精一杯になりつつあるわたくしは、それはそれは必死に頭を回転させながら逃げ道を探す。


 婚約破棄の断罪劇を夢見てました、なんて間違っても言えない! こんな状況じゃなくても言えないわ!

「……今は手を出すことが許されないけど、いつか必ずヴィオレティを私の妃にするからね」

「そっ、それは……」

 赤らんだ顔で見つめてしまったら最後、わたくしに向けるその優しい笑みがいつか……いつか独占できる日が来るの?


 いやいや! 冷静になってわたくし!

 婚約破棄された傷物令嬢が他国の王子、しかも未来の国王に嫁げるはずないじゃない。そうよ……冷静になれば簡単なこと。ときめいた心も、結局叶うことはない。

 

「レベンディス様、仮にわたくしがフリオス殿下と婚約を解消したとしても傷物になったわたくしがレベンディス様の妃になどなれるはずもありませんわ……」

「ふっ、甘いなヴィオレティ。まず、何か理由があって婚約してることはお見通しだ。それに婚約を解消して貴方を連れ帰るとすでに父上にも許可を得ている。それに……貴方が想像する以上に――」


 ボッ! さらに体温が上がるのが分かった。

 だって……「貴方が想像する以上に貴方を愛してるから」って。待って、大人になったレベンディス様ってこんなキャラなの!? 教室では目も合わせない程なのに……。

「が……学園とのギャップが……」

「ギャップ? あぁ……堪えてるんだよ、ヴィオレティに話しかけたい、見ていたいっていう衝動を。仮にもフリオスの婚約者としての評価を貶めたい訳じゃない。反動かな……こうして、二人でいれる時に思い切り自分の思いを伝えていこうと開き直ってるんだ」


 散々囁かれた愛の言霊に汗をかきながら思ったの。

 夢見たはずの「婚約破棄の断罪劇」は、理想通りにはいかないかもしれない。でも……婚約破棄しないと、レベンディス様の愛は永遠に得られないんだわ……。

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