眠りの代償
夏と秋の実りに感謝し、社交界の締めくくりでもある迎秋会。
魔法が発達したこの世界でも、田畑に実る恵みや自然災害には抗えない。この感謝が来年に繋がっていくと人々は神様に祈りながら乾杯を掲げるの。
「ヴィオティ、今日だけは俺の隣にずっといろよ」
「フリオス殿下と参加できること嬉しく思いますわ」
フリオス殿下にエスコートされながら、尽きない挨拶に婚約者としての笑顔を貼り付ける。いつもは上から目線のフリオス殿下も、こういう場に出ればそれなりに王子様らしく見えるから不思議よね。まぁ時々わたくしを見て「あんな余計な事喋るな」とか「笑うな」とか……言ってくるけれど。
仕方ないじゃない。領地の相談事をきちんと答えて差し上げられない殿下の代わりに助言しているのよ。お似合いの婚約者って言われてムスっとするのやめてくださらないかしら。
「ヴィオレティ様」
振り向けば女性たちを引き連れたロード様が、ワイングラス片手にやって来た。
「ロード様もいらっしゃったのね」
「えぇ、貴賓として呼んでいただきました。今日は……フリオス殿下とご一緒なのですね」
「婚約者ですもの。ロード様はなかなか華やかな事になっていますわね」
「役者がもの珍しいんですよ。そういえばレベンディスを見ませんでしたか?」
「先ほど陛下にご挨拶されたきりお姿を見ておりませんね……」
「レベンディスのやつ、女性から誘われたくないからって夜会の度にすぐどっか行っちゃうんですよ! 見かけたら僕が探してたって伝えて頂けませんか?」
「わかりましたわ」
ドンっ!
「きゃぁ! た、大変申し訳ございません! すぐにお召替えをっ」
「そんなに慌てないで、大丈夫よ。貴方を責めたりしないわ」
「本当に申し訳ありませんでした、こちらへ」
給仕のトレイから倒れたドリンクが流れるようにシミを作り、フリオス殿下に着替える事を伝えて控えの間に移動したまでは良かった。ドリンクのシミなんて本当はその場で魔法を使えばすぐ元に戻るのに、敢えてこちらに移動してきた。
わたくしの予想が外れていなければ……。
後ろから突然力づくで固定され、口元に当てられた異臭のするタオルに眩暈がした。このまま眠らされてしまうか、抵抗して倒してしまうか、瞬時に考え眠らされる方を選んだわたくしはソファーにもたれ掛かるようにして意識を手放した。
間者と護衛は、浴室や着替えには立ち入らない決まりになっている。それもそうよね、わたくしも年頃の女の子だもの。だけど、着替えの隙を突かれたら……どうしようもない、と普通は思う所だけど。幼少の頃から全てに精通するように学んできたわたくしに取って、正直こんなの余裕よ。
問題はただ一つ。寝ている間に、いろんな思惑が進んでしまうことだけ。
「んん……」
意識は戻っても、変な薬のおかげで頭がボーっとする気持ち悪さからなかなか抜け出せない。着替えた部屋とは様子が違うから移動させられたんだろうけど、外部からわたくしを隠すかのように魔法で結界が張られてる。
「目、覚めた?」
口元を覆うようにマントを被ってこちらを見下ろすその姿は、どこからどうみても暗殺者だ。差し詰、アヤネ様が仕向けた刺客ってところかしら?
「俺のこと、怖くないの?」
「……別に」
この部屋に感じる気配は、こいつ一人。こんなところにいつまでもいるつもりはないわ。
正直ここが何階なのか、どこなのか全く分からないけど外に出れば何かしら得られるだろう。
結界が解除されれば護衛はきっと気付いてくれるはず。
だから、結界と扉の両方を同時に魔法で解除して、開いた窓から飛び降りた。
地に足をつけて見渡せば、そこは夜会の開かれているオルタンシアの間が目と鼻の先。
「待てっ! お前、上級魔法の使い手なのか!? 聞いてねぇよ……くそっ始末してやる!」
「なんて無駄な遠吠えなのかしら」
でも、ここは目立つ。
あの暗殺者が追える程度の速さで庭園の中を進んだ先、開けた芝と街灯に見えた人影にドキッとした。だって遠目でも分かる……。
「……レベンディス様……?」
追手が来てるのも忘れて立ち止まってしまったわたくしに見えたのは、レベンディス様とアヤネ様の姿だった。アヤネ様が笑いながら向き合うレベンディス様を見上げて何かを話してる。
そうだわ、迎秋会のイベント内容をリオス先生に聞いたじゃない。ホタルの光で魅了魔法の素材を集めるんだって。意中の相手と庭園に出るんだって……。
わたくしの眠らされた間に、イベントは進行してたんだわ。
アヤネ様の罠にわざとハマったフリをして後で洗いざらい白状させようって思ってたけど、眠りの代償が二人の見つめ合う姿なんて想像してなかった。
いや、仮にそうなったとしてもレベンディス様なら拒んで一緒に並んで歩くなんて選択をしないと思い込んでただけだわ。
「逃がさないぞっ!」
身体に走った電気は、わたくしの力を奪い地面に屈み込んだまま立ち上がることができない。
……でも、気付いてしまったの。
このままイベントが成功して魅了魔法でレベンディス様とアヤネ様が相思相愛になったら、わたくしはいつかレベンディス様に魔法で断罪される……でも断罪されるのが嫌なんじゃない。アヤネ様と向き合うレベンディス様を見るだけで、こんなにも心が痛いことに気付いてしまったの。
恋というには早いし、愛なんて烏滸がましいけど、これから先二人がずっと一緒にいるのを見ていなければいけないくらいなら……いっそ、ここで暗殺者に殺されたほうがマシかもしれない。
動かない身体に冷や汗をかいてまで顔をあげたのに、目の前には残酷にもアヤネ様に手を伸ばすレベンディス様の姿が目に入った……。
「嫌……」




