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二度目の「間に合った」

 二年生になって半年が過ぎようとした頃、アヤネ様のテンションが一気に上がっていた。


「フリオス様〜アヤネね今度劇を見に行きたい! 連れてってぇ」


「何あれ……。またやってるよ」

「Aクラスでもないのによく来るよね。ヴィオレティ様が可哀想……」


 そりぁそうなるわよ、アヤネ様。

 わたくしを憐れんだ目で見てくるクラスメイト。こういう時は、少し俯き加減にジッとしとくのがお決まり。ゲームの中なら「フリオス殿下はわたくしの婚約者です。非常識だわ!」って叫んでるかもしれないけど。

 

「ヴィオレティ様に相応しくないって、もっと広まれば良いんだわ! 証拠集めならお任せを」

「先日の教科書紛失も勝手にヴィオレティ様のせいにして責め立ててたけど、私の従者がすぐ探してきましたから。自分で移動教室に忘れてたのに、あたかも盗まれたみたいな言い方して」


 フローラ様と友人が眉間に皺を寄せて、わたくしの机をわざと音が出るように叩いた。

「皆様いつも守ってくださって本当ありがとう。わたくしは気にしていません……それに殿下もいつか目を覚ましてくれると信じていますから」

 前世は、割と一人でいることが多くて一人の方が気が楽だと思っていたけど……こうして恵まれてみると心が温かくなる。


「先程アヤネ様が言ってた観劇って、今流行りの王立劇団が公演している演目よね?」

「確か、一途に想い続ける王子と漸く見つけた最愛の姫が抱える秘密を解いて愛を勝ち取るっていう恋愛劇よね」

「素敵〜……私もそれくらい想われたい! ヴィオレティ様はそう思いませんか?」

「そうね、そんなに強く想われるってやっぱり憧れるわ。わたくし達はどうしても政略結婚が多いから……恋愛は劇や本の中だけだものね」


 本当に……。それに、悪役令嬢には程遠い理想だということをよく分かってる。好きになった人から断罪される可能性に怯えなきゃいけないんだもの。

 そういえば、この劇って半年前にロード様から送られて来たパンフレットのよね。本当に人気作になったんだわ。


「実はチケットを手に入れたのです! 宜しければみんなで見に行きませんこと?」

「行きましょう、ヴィオレティ様!!」

「まぁ! ぜひご一緒させてほしいわ」


 気分転換にはなるかしら。

 ……恐らく、アヤネ様の目的は劇じゃない。ロード・デズモス様の公演だから、でしょ。

 この劇に出演するため、他国から来たと新聞で大々的に知らされていたし、この機会をアヤネ様が逃すとは思えないもの。ゲームの中では、アヤネ様に出会ったロード様がそのまま王立劇団に専属で所属するようになった事から、プロステート王立劇団が一段と有名になって行く話だったはず。


 

 数日後。

「それでは、お父様行って参ります」

「楽しんでおいで、今度お母さんと一緒に観に行くんだ。ネタバレはいかんよ」

「ふふっ、分かってますわ」

 馬車から手を振って、露出控えめのナイトドレスにストールを巻いて劇場を目指した。

 人気な劇ということもあって、馬車停めも混雑している。わたくしだけ劇場前で降りて、御者に迎えを頼み馬車を見送ると待ち合わせの場所を目指して夜風を感じながら歩いた。ちなみに、少し離れた場所から我が家の護衛が二人と例の間者もいる。

 何かあっても友人達をまとめて守ってくれるはず。


「ヴィオレティ様〜」

「お待たせ致しました」

「さぁボックス席へ参りましょう」

 女の子四人でお喋りをしながら劇場内に入れば、豪華絢爛な内装と垂れ幕が大きく目立ち、クロークには荷物を預ける人々が見受けられた。


「きゃー! フリオス様、早く早くっ」

「アヤネ、そんなにはしゃいでは危ないだろ」

 耳に届く聞き慣れた声。

 わたくし達には気付かず、二人の世界に浸った光景を今日に限って見なければならないなんて……こんなに長い日程で公演されてるのに少々残念……。劇に集中出来るかしら。

 ……な〜んて思っていたけど。


 劇は、それは素晴らしかった。

 集中出来ないなんてとんでもない! 台本とは分かっていても、言葉選びや仕草、ストーリーに感激して目を潤ませてしまったわ。どこか懐かしく「ん?」となる場面もあったけど、前世から色んなストーリーを齧ってるから、何か似たものがあったのかもしれない。


 そうして劇が終わり拍手喝采で幕が降りると、次々と客席から人が抜け会場の至るところから話し声が溢れた。わたくし達は二階のボックス席にいた事もあって、少し混雑が引くのを待って席を立ったのだけど……。

 

「あらぁ〜? ヴィオレティ様もいらしたの? 偶然なんですけどっ」


 運悪く階段を降りる手前でフリオス殿下とアヤネ様に遭遇してしまった。

「ご機嫌ようフリオス殿下、アヤネ様」

 フリオス殿下は、婚約者に何も告げず観劇に来た事を少々後ろめたく思ったのか気まずそうな顔をして「いや、これは……」と動揺していらっしゃる。いや、今更ですから。


「ヴィオレティ・マクリス嬢!」

 

 振り返るとそこには、舞台衣装のままのロード・デズモス様が爽やかな笑顔でわたくしの名前を呼んでいる!

「ロード様!? ご無沙汰しております」

「舞台からお姿を見掛けて、思わず衣装のまま来てしまいました。今宵も相変わらず麗しい」

 腰を折り、わたくしに礼を尽くすロード様の姿を見たアヤネ様の顔がヤバい事になっておりますわ!!


「ロード様!! 私、アヤネ・シエラと申しますっ! とってもとっても素敵な劇でしたわ! あの……こちらの差し入れを――」

 

「そういえばヴィオレティ嬢に会いたいと言う者がもう一人いるんですよ。いると言うか、僕が急遽呼んでしまいました。たぶんもう着いていると思いますので、ご案内しますよ。ご友人方もどうぞ」

「ロ、ロード様!? 私も連れてってくださ――」


 どんっ!


 自分の話を聞いてくれない苛立ちと、慌てて取り繕おうとロード様に駆け寄ったアヤネ様の衝撃を受けて体勢を崩したわたくしは、少々覚悟した。

 咄嗟の出来事にただただ落ちる覚悟だけ……。

「きゃぁぁー!!」

「ヴィオレティ様っ!!?」


 

 ガタンッ!

「……間に合った…………」


 受け止められたわたくしの体をギュッと強く抱き寄せ、耳元で囁かれたその声に目を見張った。

「ど、どうして…………」


 あの頃よりもずっと大人びた、ゲームで見たままのレベンディス様。

 今にも唇が触れてしまいそうな距離。


「ただいま」その一言の重みに心が震えた瞬間だった。

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