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ケイト・カーシア

「俺に惚れてるってことは間違い無いだろ?」

 


 我が主人は、政務の一部を処理しながら私にヴィオレティ様の話をすることがたまにある。

 何の確認をしておられるのか?

「ご婚約者様でいらっしゃいますから、好いておられるのではありませんか? あのような容姿端麗な女性を妻にされる殿下は――」

「黙れ! 勘違いするなよ、俺が聞いてるのはアイツが俺に惚れてるからどうかだけだ」

「し、失礼しました」


 学園に入学される少し前から側近として、この執務室に出入りするようになった私の名前は、ケイト・カーシア。衣装の支度や軽食を運びながら殿下との関係性を作った上で側近となった。

 いつだったか、ヴィオレティ様との婚約に乗り気でない殿下のそばに、ポッと現れた子爵令嬢へ現を抜かしそうになったのを見て『いっそ婚約してしまえば良いんですよ』とアドバイスした事もあった。

 子爵令嬢なんかに惑わされるくらいなら、いっそヴィオレティ様と婚約してあの素晴らしい方の魅力をもっとそばで感じれば殿下も夢中になるだろうと思った。


 結局、婚約されてぎこちない愛情表現をされてはいたけど、宝飾品やドレスの贈り物、城外へのお出掛けはほとんどされた事がない。

 これじゃ釣った魚に餌をあげないも同然で……。そんな殿下に文句も言わず王子妃教育もかつてないスピードで進めておられるヴィオレティ様は何て健気なんだろう。昨日も教育時間を終えられた後、私にまで挨拶に来られていた。正直、殿下が羨ましいとさえ思う。


「明日、ヴィオレティと出掛けるから支度しといてくれ。行き先はヴィオレティの領地だ、お前も来い」

「承知しました」


 珍しいと思って同行してみれば、王都の次に発展されたマクリス領には上等な衣装屋や珍しい宝飾品を扱う商店があると賑わいを見せている。

「ヴィオレティ、今日はここで買い物しよう」

 馬車を停め、ヴィオレティ様に衣装屋の扉を開かせた殿下は意気揚々と接待を受けナイトドレスとタキシードのオーダーを始めた。

 でも、なぜだ……?

 ドレスはヴィオレティ様が着るはずなのに、一切話し掛けずデザイナーとだけ淡々と進めていく異様な光景。


 私が口出しできるはずもなく、デザイナーが描き上げた衣装に頷き、生地合わせもしているのにヴィオレティ様はソファーに座られたまま紅茶を飲んでいる。関心がないのか? 殿下ももっと意見を反映して差し上げれば良いのに。


 次に向かった宝飾品の商会でも同じような光景に、黙っているのも憚られた私はヴィオレティ様の背後で殿下に気付かれぬようお声掛けしてしまった。

「ヴィオレティ様はご自身の希望を聞かれなくて不満はないのですか?」

「わたくしのでは……ないでしょうから」


 驚く程冷静で、澄まされた瞳には何が映って見えるのか……この時の私には知る由もなかった。



 後日王城に仕上がった衣装を持って来たという例の衣装屋が、殿下の執務室に招き入れられると満足気な顔をしてサインをしているが……どう見てもヴィオレティ様の好みそうな衣装とはかけ離れている。

「殿下、これは……」

「似合いそうだろ? アヤネに」

「アヤ…………ネ?」

「まぁいつか観劇にでも誘った時に贈ってやるかな」

「わ、私はてっきりヴィオレティ様に……」

「はっ? 父上が婚約者を蔑ろにするなと口うるさく言うから付き合わせてやったまでだ。あいつに贈るなど考えた事もない」


 考えた事もない? 婚約をされてから数年、確かにぎこちないながらにも愛情表現されていたのは何だったんだ? 惚れているか私に確認までしたのに。

 

「そうだケイト、お前に教えてやるよ。俺はヴィオレティとは結婚しない、子爵令嬢のアヤネと結婚するためのただの駒だからなっ。俺に惚れたヴィオレティと、アヤネにばかり構う俺……ヴィオレティがアヤネに手を出すように仕向けてやってるんだ。我ながらナイスアイデアだろ? それにアヤネは膨大な魔力の持ち主だ。最高魔法士候補になれば婚約もスムーズに行くはず」


 私の額から一筋の汗が流れ落ちる。

「もしやヴィオレティ様は……」

「婚約破棄するつもりだ。今はその準備段階だな」


 こんなつもりであの日助言したわけじゃない。婚約してお互いを深め合えればと、そう思っていたのに。

「そうそう、アヤネの魔法学の進みが悪いんだ。父上に内密で講師を手配しておいてくれ」

「……かしこまりました」

「政務も慣れて来たし、カフェアに回される大量の仕事のいくつかをこっちへ回してくれ」

「大丈夫ですか? その……」

「アヤネが、仕事の出来る俺を見たいんだと。今はまだこの部屋にも入れてやれないが、そのうちな」

「……かしこまりました」


 私の主人は、もっと賢い人だと思っていた。いや、賢くなってほしいと望んでいたのかもしれない。

 いずれカフェア殿下を支え、国をも支えていくと信じ、欠点をヴィオレティ様が補って下されば安定だと。この城に仕える誰もがそう思っているのに……。

 

「大丈夫ですか? その……」の先は、「その……今の政務でもかなり手こずっておいでなのに、増やせば職務が滞るかと」と続くはずだった。

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