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ため息の先

 会いたいけど、会いたくない。

 

 三年前からずっと、ずっとそう思って来たわ。

「待ってて」と言われた事を忘れたわけじゃない。でも、待っててもわたくしが誰かに断罪されるのは決定事項であって、むしろそれが望みだった。それでいい。

 

 フリオス殿下を好きなふりして、好きだと思わせて、最後に断罪されて終わり。


 ……でも、その先は……?

 

 婚約破棄されたわたくしには、もう良縁は望めない。そんな事は最初からわかっていたことよ。


――――――――

 

「アホ王子と婚約した目的は?」

「……わたくし前世では悪役令嬢をこよなく愛した上に、悪役令嬢の断罪にハマってたのよ。だからヴィオレティになったからには断罪されたい……な、なんて思ってたけど……」

「けど?」

「同時にヴィオレティを幸せにしてあげたいと思ってたはずなのに、断罪されたあと幸せにしてあげられる自信がだんだんなくなってきたわ。やっぱり悪役令嬢に幸せを求めちゃダメね……クリア出来ない理由がわかって来た気がする」

「悪役令嬢とかじゃなく、ヴィオレティ・マクリスを求めてるその手を掴めばいいだろ? 目を逸らしちゃいけない時に、きちんと向き合えるかだよ」


 ――――――――


 先日、リオス先生はそう言ってた。

 現実的に考えて、フリオス殿下の婚約者であるわたくしを誰かが求めてくるとは思えないけど。


「それではダンスレッスンを行いますよ、まずはどなたかお手本を……あら、フリオス殿下とヴィオレティ様がいらっしゃいますね。よろしいでしょうか?」

 

 こういう時は何かとフリオス殿下と生徒の前に出る機会が多いのだ。腕を取って、中央に移動し、音楽に合わせてダンスを披露する……夜会のような大きな動きはしないけど、お互い真剣な顔に見えるのは無表情だからかしら。

 何の感情も湧かないのよね……。でも、楽しくて心地良い心音のリズムに乗ったダンスをわたくしは知ってる。誰かとダンスすると、いつも比べてしまう。


 いやっ! ダメダメ。

 毎回同じように思い浮かべては、こんな風に自分を牽制して抑制して落ち込むなんて……まるで想いを寄せているようじゃない。


「はいっ、お二人ともありがとうございました。男性の皆さんは女性をリード出来るよう注意を払いましょうね! 女性はヒールでふらつかないで」

 授業の時間内は、様々な生徒と踊って経験を積んでいくの。ダンスの得意なわたくしにとって、アドバイスしたくなる気持ちを抑えて懸命に踊る。

 本当は「そうそう、ここはもっと強く抱き寄せて」とか「この時の手の動きはもっと……」って脳内だけで考える。でも結局、脳内でアドバイスした先に出てくる理想の動きは全てレベンディス様とのダンスになってしまう。どうしたら思い出さなくなるのかしら……。


 ため息をつきながら教室へ戻ると、明らかに誰かが触ったであろうわたくしの引き出しに目が留まった。教室に誰もいない時間を狙ってわたくしの引き出しを開けるなら……まぁそうなるわよね。無くなった物は、マナー講義用の教科書とインク。

 また、ため息をつきながら授業の開始を告げる鐘が耳に響いた。別に教科書がなくても問題ないけど、インクは痛い。お気に入りだったのに……。


 仕方なく休憩時間に別クラスのアヤネ様を尋ねると、お手洗いの方で見たという。そちらへ向かっていると、わたくしと目が合った途端ニヤけたアヤネ様を見つけた。

「アヤネ様、わたくしの教科書とインクご存知ありませんこと?」

「えぇ〜知らないですよっ! もしかして私が取ったとでも言うんですか!? ひど〜い!」

 周りに聞こえるようにわざと響くような声。

「そう……それじゃ」

 

 知らないなら用はない。

 そう思って踵を返した瞬間、本当に小さなわたくしに聞こえるギリギリの声で「これでしょ?」と上着のポケットからインクを覗かせた。

「持ってるなら返してくださいませ。別に盗られたと騒ぐつもりもありませんから」


「きゃぁぁぁぁ――!」

 インクに手を伸ばしたわたくしの目の前で、小さく飛んだアヤネ様は見事に階段を落ちて行くフリを見せた。今日一体何回ため息をつけば良いのかしら。

 

「停止」


 詠唱と共に止まった周囲に目を凝らせば、叫び声に振り向いた生徒たちと、たぶん階段を落ちた時に一目散に駆け寄れるようにとスタンバイしたフリオス殿下の姿が見えた。

 そんなに長く停止していられない。階段上にアヤネ様を戻して、胸元からインクだけ抜き取ってその場を離れ「再生」と告げれば、何でもない廊下で叫んだアヤネ様にその場の全員が視線を向けた。


「えっ!? なんで、なんで戻ってんのよ」

 慌てる声まで響いてるわよアヤネ様。

 ゲーム内で悪役令嬢がやっていたことをヒロインがやっちゃダメでしょ。……最近よく私物が消えたり、実技テストに必要な部材が無くなるのはアヤネ様の仕業かしら。

 結局、護衛や友人達が見つけてくださるんだけどね。



 ため息の多い日に限って突拍子もない事が起きたりする。

「ヴィオレティ、今度の休み出掛けないか?」

 物が消えるより、こっちの方がよっぽど驚くわ……。一体どういう風の吹き回しかしら。

「フリオス殿下の仰せのままに」


 後日、初めて出掛けたフリオス殿下の希望は、意外にも我が領地の視察だった。

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