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入学式

「わたくし達は、この三年間に多くを学び、多くの方々に支えられることでしょう。この学園生活をよりよい物として充実させ、実りある時間を共に過ごしましょう。本日は、このような盛大な式を挙行して頂き、心より感謝申し上げます。新入生代表ヴィオレティ・マクリス」



 ステージで読み上げられたスピーチは、集まる新入生や先生方、生徒会と思われる在校生達の拍手によって無事終わったことを知らせ、安堵の元わたくしは着席した。

 心の余裕からかしら、壇上から見下げた中にはこの物語の中心となる人物達の顔がとってもよく見えたわ。


 フリオス殿下のそばには、学園生活で連れ添うコルノ・ガリコー様とトミー・スカリノ様が並び、少し離れた場所にはヒロインであるアヤネ・シエラ様がすごい形相でわたくしを睨みつけ、生徒会長であるカフェア殿下が凛々しい眼差しで会場を見渡してた。


 今日からゲームという名のノンフィクションが始まる。まずは、わたくしが代表挨拶をした事にお怒りの殿下を宥めるところから始めようかしら。


 入学式を終え、クラスへと移動する中庭。

 見事な噴水を取り囲むように左右対称に整備されたベンチや花壇は、ゲーム画面で見たものそのまま。

 オープニングは、この噴水でヒロインが落としたハンカチを攻略対象者の誰かが拾うところから始まるの。

 あっ、ほら……わざとらしく手からハンカチを離し、ゆっくり歩くアヤネ様の姿。バレない程度にさりげなく見ていると、拾ったのは宰相子息のコルノ・ガリコー様だった。


「あの、落としましたよ」

「まぁありがとうございます! とても大切なハンカチだったの」

「それは無くしたら大変だ。気をつけて」

 満面の笑みで返事をするアヤネ様と、至って冷静なコルノ様。好感度の低いうちは、攻略対象から微笑みかけられるなんて皆無なのに不満そうな顔をするのは……拾ったのがコルノ様だから?


「チッ、私が笑い掛けるんだからもっと反応してよね」

 ボソボソ聞こえてくるアヤネ様の地声。やっぱりそれが本音よね。領地に行っていたアヤネ様が入学式までに親しくなっているなんて不可能だって分かるでしょうに……あぁ、どこかのアホ王子は別だけれどね。

「コルノ!!」

「は、はいっ」

「アヤネには構うな! 俺の後ろに付いてるんだろっ」

「アヤネ……様? いえっ、申し訳ございません」


 離れた所からでも、必要な会話が拾えるのは上級魔法のおかげ。風と収集の魔法を上手く組み合わせる事で、遠くの会話も思うように拾うことが出来るの。

 今、わたくしの取得した魔法レベルは60を超えた。フリオス殿下は知らないけれど、わたくし自身が国の管理下に置かれているわ。自分のステータスは基本的に他人へ教えないし、犯罪歴がなければ生活に支障もない。けれど、学生でこのレベルは正直桁違いの扱いになってしまって……婚約の際に付けた間者が、そちらの監視も兼任する形になってしまったけれど。


 教室に並べられた机やカーテン、教卓も画面で見たそのままに内心興奮を隠すのが精一杯だ。ゲームの内容とはだいぶ異なってしまったけど、この時間を精一杯楽しまなくては持ったないないわね。

 

 それと、わたくしが以前からやりたいと思っていたことの一つに、街の子たちに勉強を教えてあげたいと思っていたの。我が家が運営する孤児院もそうだけど、誰でも気軽に来れる子どもたちの空間を作りたいと思っていたのよね!

 すでにお父様には許可を頂いているから、学園のスケジュールが分かり次第進めようかしら。出来れば同じような考えの方と出会えたら一緒に出来るのだけど。それは気長に待ちましょう。


 

「ヴィオレティ様っ! 同じクラスでしたのね」

 明るく可愛い笑顔で話しかけてくれたのは、ランターナ侯爵家の次女フローラ様。お父様同士が学友で幼少期はよく遊んでいたけど、夜会で毒を盛られた頃から周囲を巻き込みたくないと、わたくしのワガママでお会いする機会が減っていってしまったの。

 

「フローラ様! 気付くのが遅くなってごめんなさい、いつぶりかしら! これから宜しくお願いしますね」

「それはこちらのセリフだわ。もう今となってはヴィオレティ様は有名人ですもの! 雲の上の方みたいだわ」

「フリオス殿下の婚約者……だから?」

「いいえっ! まぁそれもありますけど……」


 耳元で打ち明けられた有名人の理由は、隣国の王子レベンディス殿下とダンスをした唯一の令嬢だかららしい。わたくし以外誰とも踊ってないなんてそんな……。


「あらっ、結構有名な話しですのよ? レベンディス殿下がこのプロステートでダンスされてから自国に戻っても誰とも踊ろうとしないって」

「そんな事あり得ないと思うけど……」

「留学もこっちに来るってもっぱらの噂だし、それに私ヴィオレティ様には――」


 "フリオス殿下よりレベンディス殿下の方がお似合いだと思ってますから"


「しぃー! 聞こえたらマズいわっ」

「だって、あれがヴィオレティ様の婚約者なんて……」

 思わず二人で視線を向けた先にいたフリオス殿下は、王子が物珍しいクラスメイト達に、誇張した自慢話を聞かせては注目を集めて優越に浸っていた。

 とにかくレベンディス様を巻き込むような噂話は宜しくないわ。例え、他の令嬢と踊らないとしても、彼の将来に影響が出るのは困るし、幸せになってほしいと願っているのだから……。


「ヴィオレティ様ともこうして同じクラスになれたのですから、また昔のようにたくさん遊びましょうね」

「それなら近々お茶でもしましょう」


 こうしてわたくしの波瀾万丈な学園生活がスタートしたのでした。


 ――――――――


「おいっお前たち放課後付き合え」

「フリオス様どちらに向かわれるのですか?」


 フリオス様に言われるがまま、放課後制服姿で街へ出た。大きな通りから一本外れた奥まった路地を悠然と歩くのを見ると、明らかに初めてではなさそうな……。人通りも少なく、少ない護衛でよくこんな路を歩けるなと少し疑問にも思ったけど仕方ない。


「ここだな、トミー開けろ」

「ですがここは……」

「良いから早く開けろっ」


 僕はトミーと顔を向き合わせて軽く頷いた。

 ここで開けない選択肢はないのだ。しかしどう見ても店の古びた看板には『売薬店』と書かれ、表通りにある薬屋とは雰囲気が違う。トミーが開けた扉から匂う独特の香りに「うっ」と口を押さえながら入店するとカウンターには一人の老婆がこちらをじっと見ながら微笑んだ。

「これはこれは……珍しい客だね」

「……魔力を落とす薬が欲しい」

「ほう、これのことか? だけどお前には払えん」

「金ならある」

「金じゃないさ、対価を払うんだよ」

「どんな対価だ」

「そうだな、薬と引き換えに片目と交換してやろう」

「ふっふざけろな! やれるわけないだろう」

「じゃぁ薬は渡せん、帰りな坊ちゃん達」

「くっ……」

「フリオス様帰りましょう、このようなやり取りは問題になります」


 それにフリオス様の欲しい薬が、魔力を落とす薬って……そんなもの聞いた事ない。何に使うか恐ろしくて聞けたもんじゃない。

 手に出来ない悔しさみたいなものを滲ませて売薬店を後にした。

 でも……ここからすでに破滅へと踏み込んでたんだ。


「あれは……シエラ子爵ではありませんか?」

 売薬店の裏に繋がる店と店の隙間に数人の人影が見える。トミーの声で振り向いた私たちは、木箱を何個も運ぶ人たちの中に見覚えのある顔を見つけてマジマジ見つめてしまったんだ……。


「フッフリオス殿下!? どうしてこのような場所に、あっ、いや……」

「貴殿こそ何故このような場所にいる、ここで何をしているんだ」

「わっ、我々は薬を卸に来ただけですっ」


 運ばれる小箱が一つ倒れ、目の前に散らばったそれを見て鳥肌が立った。だってどう見ても、さっき老婆に欲しいとフリオス様が願われた薬の袋と一緒だから……。


「子爵、あとで私の執務室に来い。良い商談が出来そうだ」


 散らばった薬袋を一つ手に取ってニッと笑ったフリオス様に鳥肌がたった瞬間だった。

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