善処します
あれから三年。
明後日に控えた入学式を前に、王城に設けられたわたくしの部屋に何の先ぶれもなくフリオス殿下と数名の騎士様がいらした。
「おいっヴィオレティ、学園での俺たちの立ち振る舞いを確認するぞ」
嫌な予感しかしないのは何故かしら。
「立ち振る舞い?」
「そうだ。まず俺より勉強や魔法で良い成績を納めるのは止めろ。それと、なんでも出来るからって、その上から見るような態度を改めろ。それと俺とお前の婚約は周知の事実だ、帰りは良いとして朝は俺を迎えにきて一緒に登校しろ。それと……」
まぁ次から次へと陳腐な発言の嵐だこと。後ろに控える騎士様が気の毒で仕方ないわ。
「それと、自分が少し綺麗だからって他の男に靡くのは止めろ。俺は別に好みじゃないが、それが好みだって男もいるんだから男とは喋るな」
「……善処しますわ」
「それと、俺が他の女といても嫉妬なんかしてくれるなよ? まぁどうしても寂しくなった時は言ってきてもいいけどな」
「……善処しますわ」
ここ数年、婚約が整ったのを境に態度を変えてわたくしにぎこちない愛の言葉を言おうとしたり、慣れてもいない意味不明な贈り物の数々、夜会に赴けばわざとらしく他の令嬢のところへ行ってはこちらをチラチラ見て後から「ごめんな」と言う始末。
あぁ〜……わたくしの気を引きたいんだわってすぐ分かったから、頭の中を暴くためにも……と、全てに全力で応えて差し上げたわ。
「フリオス殿下、こんな素敵な贈り物をありがとうございますっ。そうだわっ! こんな素敵な絵画なんだから、こちらの壁に飾らせて頂きますね」
王城の応接間に飾ってみたり。
「もう俺なしじゃ生きる意味ないだろ? なっ?」
「……えぇ。フリオス殿下のそばにいたいです」
棒読みも良いところよ。演技って難しいのね……。
それでも、まぁ、殿下らしいボロが出始めた。
「お前みたい奴が…………間違えた、君のような女の子がそんな政治を勉強しなくていい」
「よくも俺の誘いを断ってくれたな、生意気が」
こんなやりとりが毎日なんて、さすがのわたくしも飽きました。どうやらこっそり、ヒロインと手紙のやり取りや時折り公務と称してどこかへ出掛けているようだけど……筒抜けなのをご存知ない。
「はぁ……」
漸く部屋から出て行った殿下を見送ってため息が漏れた。
途中から話の内容がくだらなくて上の空になっていたわたくしの落ち度ね、そう自分に治癒を施そうとしたところで「ヴィオ?」と名前が呼ばれた。わたくしの事をヴィオと呼ぶのは、今のところラディ様だけ。
「ラディ様! カフェア殿下とのお茶会は?」
「すでに済ませたわ。……ってヴィオ! その顔はどうしたのっ!?」
「あっ……お見苦しいところを失礼しました、少しお待ちくださいね」
腫れた頬に治癒魔法を掛け元に戻る様を見たラディ様のすごい顔っ! ラディ様の真顔って迫力あるのね!
「ヴィオ、貴方いつもそうやって治してるの?」
「はい、日常茶飯事ですから。ラディ様どうかご内密に、あれでもいちおこの国の王子ですから……いずれ解決します」
「…………一番許せないタイプだわ、こんなの見たらレベンディスどうなるのかしら――」
ダンデリオンから嫁ぐ準備のため、短期だけれど王城にいらっしゃるラディ様からレベンディス様の名前を聞いたのは久々だった。
そのレベンディス様は、プロステート学園に留学するものの公務のため少し遅れて留学されると伺った。あれからどれだけ魔法を覚えたか、とても気になる!
「とにかく! 放っておくつもりはないわ、今は何もしないけど……。見てるなら何とかしなさいよね、そこの天井の人っ!!」
「……さっ、さすがラディ様。わたくしの間者に気付かれたのはラディ様だけです」
隠し事はできませんね。
わたくしがフリオス殿下の求婚を了承する時に同封したお願いの一つが、この間者。しかも、わたくしとフリオス殿下の双方に学園を卒業するまで就ける条件を付けた。いちお乙女ですから、四六時中という訳ではないけれど。それに、我が家の優秀な諜報員もフリオス殿下のそばにいるから向こうの情報はほぼ筒抜けよ。
「最初からこの婚約には何か狙いがあるのだと思ってました。でなければ、今頃レベ…………いえ、とにかく! 少々ヴィオの学園生活が心配ですけれど……何かあればすぐ相談して頂戴ね。約束よ?」
「ラディ様にはいつもお心遣い痛み入ります。ちなみに、例の件は大丈夫でしたか?」
「もちろんよ、心配しないで。……いつになったら、私をラディって呼び捨てにしてくれるのかしらねっ」
心配そうに何度か振り返りながら手を振って歩いて行ったラディ様を見て、いつかのレベンディス様の背中を思い出した。
何か狙い…………そうね、わたくしの計画をいつか明かすならラディ様かしら。お姉様なんて呼んだら、何か勘違いされそうだから口には出来ないけど、本当にお姉様のように親しく出来て嬉しい。
ラディ様にお願いした、ある方へのお手紙も滞りなく済んだようでとりあえず一安心。
さて代表挨拶の原稿も仕上がってるし、制服もカバンも大丈夫。あとは、実際に行ってみないと分からない。
事前に提出した入学テストの順位でクラス分けされるから、わたくしがAクラスと言う事だけは分かってるけど……まさか殿下がBクラス成績という事に怒って権力でAクラスになってたとはね……。正真正銘のアホだったか。
それと、ヒロインのアヤネ様があの夜会の後から子爵家領地で修行させられてた。王都にいらっしゃれば出来た事もたくさんあったでしょうに……。気の毒とは思いませんけれど。
学園でお会いするのが楽しみになってきたわ。
わたくしは、虐めやイビリなんて低レベルな行いはしないし、真面目にお勉強して悪役令嬢ルートのその先……幸せの路を必ず見つけるんだから!