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勝負どき

「このように念を込めれば、発動が早くなりますわ」


 翌日、魔法の練習をして過ごした。

 ラディ様は、朝食後早々カフェア殿下に帰国の挨拶をしに王城へ向かわれ、そのまま帰国の途に着くからと、滞在の御礼にダンデリオン王国特産のストールを頂いて手紙を送るお約束までさせて頂いた。

 

「…………難しい」

 そう口にしながらも、何回もご自分で試されては会得していく速さが尋常じゃない。帰り支度を終えたセリノス様も飲み込みの速さに唖然とされてる。わたくしも負けじと魔法を繰り出しては競い合える程、このたった二日で目覚ましい進化を遂げた。

 

 好きな事をしている時間は、あっという間。

 馬車に荷物を積み終わる頃を見計らって、そっと殿下に魔力回復術を施した。

 

「これで帰り道もダルさはなくなると思います」

「…………何から何まで助かった」

「わたくしも貴重な経験となりましたわ」

「……覚えてる?」

「何をでしょうか?」

「……待ってて欲しい……と言った言葉」


 ポッと顔に熱が集まりぎこちない視線で頷くと、雲の切れ間から注ぐ光を背景に「忘れないで」と微笑んだ。その姿があまりに綺麗で、きっと幼少期の特典映像があったら間違いなくこのスチルが出るんだろうな……なんて考えてしまった。

 もしも、この「待っていて」というのが、愛だの恋だのという話しならば……わたくしは伝えなければならない事が沢山あるわ。でも、今はきっとその時じゃない。


「……はい。お待ちしております、レベンディス様」

 ニコッと微笑んで礼を尽くした。

 馬車の小窓に映る殿下の横顔はやっぱり綺麗で。去っていく馬の足音だけが響く庭園に肌寒い風が走った。

 

 レベンディス様を見送ったその足で、ステフに準備しておいてもらった荷物を公爵家の馬車に詰め込んで、久々に領地へお母様とロドニーに会いに出発したのだった。

 体調が戻ったら会いに行く予定だったけど、レベンディス様の急な訪問があったためこのタイミングになったの。久々にロドニーの笑顔が見れるとワクワクしてたのに。着いた領地の屋敷で笑顔が引き攣ることになるとは思いもしなかったわ……。

 


 王城の一室、一際煌びやかな部屋で交わされた内容に、ため息を吐くお父様なんて想像も出来ず……魔法によって届いたお父様のお手紙と書状が思考を止めた。


『マクリス公爵令嬢へ結婚を申し入れる』


 こうやって物語が始まるまでの準備が着々と進んでいくわけね。

 一緒に書状を見たお母様は少し不安気に「大丈夫?」と覗き込んで下さったけど、わたくしにこの求婚を断る術はない。正直、心の底から嫌だけど。

 でも、夢にまで見た断罪に繋がっていくと思えばこの機会を逃すわけにはいかない。了承の返事をお父様に認め少し早めの帰宅となった。

 

 だけど、抜け目なんか作らせない。

 わたくしはすでにゲーム内とは違うところが結構あるわ。勉強も魔法も、このまま学園に入学すればトップクラス。社交的で淑女教育もかなりのレベル。そして……フリオス殿下を全く愛していない。

 悪役令嬢だって幸せになるんだから、今が一番の勝負どきかもしれない。あんな態度を見せられながら求婚だなんて何か狙いがありそうだし、向こうの思うようになんてさせない。


 了承のお手紙には、二、三お願いを書いた。

 このお願いが数年後のわたくしを助けてくれるように願いを込めた。手紙にそっと息を吹きかけ、空に手を伸ばせば忽ち手紙が伝書鳩に姿を変え大空を羽ばたいた。


 そういえばラディ様にもお手紙を書くお約束したんだったわ……。この婚約が成立したら報告しようかしら。でも、なぜだろう。きっと、喜ばれないんだろうななんて想像してしまう。愛のない婚約なんて、この世界では当たり前で……それでも夫婦になって子どもが生まれる。そうして家族の愛を育んでいく。


 前世の私には無縁だったけど、それでも人生が呆気なく終わった事を考えれば、家族がいても良かったのかなって思わなくもない。


 見えなくなった伝書鳩を見送って閉じた瞳の裏に、レベンディス様の姿が浮かんだ。

 あの日、あの夜会の日。

 帰り道の馬車は、短くも忘れられない時間となった。


 ――――――


「……名前……」

「名前ですか?」

「許可なく名前で呼んだこと、気を悪くした?」

「悪くするなどとんでもない事です。本日は助けて頂いて本当にありがとうございました。汚れず帰れるのは殿下のおかげですから」

「…………今日言った事は全て本心だから」


 頭の中で繰り返される言葉の数々。

「……ヴィオレティ嬢、君を守れて良かった」

「今夜はヴィオレティ以外と踊るつもりはありません」

「ダンスも勉強も魔法も、国に帰ったらもう一度勉強し直す。だから……待ってて欲しい」


 守られた腕の強さも、抱き寄せられた時の恥ずかしさも。思わず赤らんだ顔を隠そうと俯いてしまった。

 ぎゅっと、ドレスの上で力が入ってしまった拳に重ねられた熱の籠る手がわたくしの思考の全てを奪ってく。対面の座席にいたはずの殿下が、膝をついて目の前に……。


「…………今は、この手を離さない」


 二度目のダンス前と同じように、掬い上げるように甲へキスを落としたその熱さに、自分が悪役令嬢ではなくヒロインにでもなったような錯覚になってしまった。

「……殿下、なにを……」

 この方、本当に同じ12歳なの!? 真剣な眼差しで手を握ったまま、まるで時が止まったかのように馬車と心臓の鼓動だけに包まれてる。


「レベンディス……そう呼んでほしい」


 ――――――


 結局、レベンディス様と敬称なしに呼べたのは最後の最後でしたけれど……許してほしい。こちらにも心の準備というものがあるのよ。アラサーがイケメン幼子王子を名前で呼ぶ勇気が貯まるには少々時間が掛かったけれど……。

 

 それでも、この三日間がこれからのわたくしの人生を大きく揺さぶった事は言うまでもなかった。

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