逆手の作戦
いつもの俺じゃないみたいだ。
もっとこう、悪態をついたり相手の気になるところをズバズバ言って気を晴らしていたはずなのに、今目の前にいるアヤネには不思議となんとも思わない。
いや、何とも……とは少し違うな。馴れ馴れしく話されているのに案外心地良かったり、侍女がいても女の子と二人きりなんてほとんど経験がないはずなのに会話に困らない。
これが俺の運命なんじゃないか……?
……だが、子爵という下位貴族では俺の婚約者として不釣り合いだ。
何より元平民というのがネックだ。確実に父上の許しを得られない。どうすれば……。
「私、もっとお勉強を頑張って魔法をたくさん覚えたら、悪を排除してフリオス様のお役に立ちたいんですぅ。フリオス様に降りかかる災難は、アヤネが全部払ってあげますからねっ」
「俺を守りたいなんて……」
俺に降りかかる災難なんてまずないと思うが……今のところ一番の災難は、正反対の女と婚約させられそうになっているこの状況だな。
「フリオス様、眉間に皺が寄ってますよ? 何か心配事でもあるんですかぁ?」
「いや……なんでもない。そういえば、他国から来てる来賓の歓迎パーティがあるんだが、アヤネも来るのか?」
「叔父様には何も言われてないから、たぶん行かないと思うけど……それってあのダンデリオンの王女?」
「王女だけじゃなく、王子も来ることになったんだよ。何でか知らないけど」
「えっ……えぇ! 本当ですか!? 行きたい! どうしたら行けるんだろ……」
「なんだアヤネ、お前まさかレベンディスの方に会いに行きたいなんて言わないよな?」
「……ち、違いますってぇ。ほらっ普段他国の王族なんて見ないから珍しいなって」
「なら良いが……そんなに行きたいなら俺が手配してやっても良いぞ?」
「フリオス様、本当!? きゃぁーフリオス様、大好きっ!」
「だ、大好き!?」
「はいっ」
とんでもない笑顔で、とんでもない事を口にするな……。第二王子の俺に大好きなんて言えるのはアヤネくらいだぞ。周りはもっと「お慕いしております」とか「お側にいさせてください」とか言うが……アヤネの真っ直ぐした気持ちは……なぜこんなに突き刺さるんだろう。鷲掴みにされるような感覚にさえなる。
「今回の夜会では同伴出来ないが、いずれ私のパートナーとして参加出来る様に私も尽力しよう」
「フリオス様のパートナー……夢の様ですっ! 楽しみだな〜、早くマナー覚えなくっちゃ」
健気で可愛い。
子爵に事情を伝え、城に戻った俺は家庭教師の出した課題を片付けながら考えた。どうしたらアヤネを婚約者に据えることができるのだろうか、と。
アヤネが言っていた魔力量の高さも検証が必要だが、平民から貴族になれるくらいだ……そうとう保持していると考えて良い。
『私、もっとお勉強を頑張って魔法をたくさん覚えたら、悪を排除してフリオス様のお役に立ちたいんですぅ。フリオス様に降りかかる災難は、アヤネが全部払ってあげますからねっ』
いっその事、マクリスの令嬢を悪役に出来ればいいのに、方法がない。
アヤネが本当に私に降りかかる災難を解決出来れば、褒賞や子爵の地位も上げられるかもしれない。それに、位の高い最高魔法士になれば婚約も可能かもしれない。淡い期待で胸がいっぱいだ。
「フリオス殿下、こちらが本日の衣装でございます」
金縁の衣装に袖を通して王子らしい服装になれば、自然と自信が湧いてくる。
地位もそうだが、顔も整っている自負があるし令嬢にチヤホヤされるのは小さい頃から慣れてる。この服とこの顔で、俺に出来ないことなんかないと背中を押されるような気さえ起きる。
「殿下、支度が整いましたらオルテンシア控えの間で陛下がお待ちです」
さっきから俺のそばで世話をしてくれてるケイトが、俺の上着を片手に待っていた。
「なんで俺が呼ばれるんだよ、いつも兄上ばかりのくせに」
「なら尚更急ぎませんと」
そう言われて着いてみれば……
「フリオス!お前が早く手を打たないから、ダンデリオンの王子に先を越されたじゃないか! いいか!? あれ程の身分と能力を持った令嬢は他にいないと何度も言っただろ」
「なんで俺なんだよ! 兄上の相手にすれば良いじゃないか!」
「お前と言う奴は……カフェアには、ラディ王女がいると何度説明すれば良いんだ。カフェアは両国の架け橋となるあの王女と婚姻を結び、お前は自国内で最も優れた令嬢を娶れば安泰だろう」
「俺は……俺の気持ちはどうなるんだ!」
「お前の気持ちなど知ったことではない」
「今からダンデリオンの王子の元に行って、ヴィオレティ嬢の気を引いてこい」
「今日は……会いたい者がいます……」
「なんだ、お前が勝手に招待した子爵家の娘か?」
「……!」
「馬鹿者、ワシを誰だと思っているんだ。ヴィオレティ嬢の元へ行かぬなら、今日の夜会にお前が参加する事は許さん。自室で勉強でもしていろ!」
「なっ……」
「もしお前を広間で見つけたら、王子としての今後はないものと思え」
くそっ、イライラする。
部屋に戻ってジャケットを放り投げた俺に、ケイトが一言「いっそ婚約してしまえば良いんですよ」そう言い残して部屋を出た。
ケイトの奴、何言ってんだ?
そう思いながら、目を閉じた。浅い眠りは夢を誘い、アヤネを思いながら寝たせいかアヤネが笑顔で俺に向かって走ってきた。しかし、目の前に立ちはだかるマクリスの令嬢は嘲笑うように俺を見下す。あと一歩で届きそうで届かない距離に拳を握ったところで目を覚ました。
……夢か。
なんで俺があんな女と婚約しなきゃいけないんだ。そんな事をすれば、アヤネが悲しむだろ……?
いや、ケイトは俺の意に沿わない事は言わない。だとしたら、婚約した先に何かあるのか。もし俺がアヤネばかりを優先すれば……性根の悪いところが露見して、アヤネに攻撃してくるかもしれない。
『お前は自国内で最も優れた令嬢を娶れば安泰だろう』
そうだ、そう言ったのは父上だ。マクリスより優秀で、国内屈指の令嬢にすればいい。
それに、俺の結婚は学園卒業後だ。マクリスが優秀なアヤネを虐げた罪で婚約破棄………………させられる!
えっ……我ながら名案すぎないか?
ならばダンデリオンの王子より先に婚約しなければ計画がパーだ! こっちから求婚すれば、断る術もない。父上には書簡に書いてケイトに託そう。急いであの女に会いに行かねば。
そうして急足で向かった。…………なのに。
話があるから来いと言っても断られ、手を引こうとすればレベンディスに阻まれ腹が立って一旦退いた。俺の計画を狂わせる奴は許さない。どいつもこいつも俺をイラつかせやがって。
……それにしても、やっぱ女は化粧をすれば綺麗に見える。あれはあれで美人なんだろう。
「まぁ婚約破棄した後、泣いてるアレを側室くらいなら娶ってやれない事もないけどな」