第6話 祭りの夜
星しらべの祭り。
その夜が訪れた。
舞台の上にはアニーカが、真珠色のドレスを纏い、王族席の前に立つ。
アニーカの前には譜面台が置かれ、シフォンヌが書いた曲が乗っていた。
笛の合図とともに、観客席のざわめきが止む。
アニーカの声が広場に響いた。
確かに美しい声音。だが冷たい。
夜空の星が凍るような、完璧な技巧の歌だった。
拍手が湧き上がる。
アニーカは唇を上げ、深く礼を執った。
その時だった。
舞台の端から静かに、竪琴の音が流れたのだ。
――シフォンヌ。
アニーカは取り乱すことなく顔を上げた。
広場にはざわめきが生じている。
シフォンヌは真っ白なドレスを翻し、ロアードと舞台へ上がった。
「王弟殿下、何をなさるのですか!」
審査官が慌てて声を上げるが、ロアードは片手を上げて、それを制した。
「この曲には、もう一つの旋律があります。それを作者本人の手で、奏でさせていただきます」
数多の観客が息を呑む。
シフォンヌは震える指で、弦を弾いた。
音が駆け出す。
空へ、星へと伸びていく。
広場は静寂に包まれた。
シフォンヌはそっと、唇を開く。
それは掠れた声。
けれどその一音は、観客の胸を貫いた。
ロアードが笛を添える。
二人の音は一つに溶けあい、夜空に舞い上がる。
星々が震えた。
亡き母の歌。それは祈りであった。
――泣かないで。あなたは、幸せになって
シフォンヌの声が震えるたび、星々は一層瞬く。
聴衆は誰一人、息を止めていた。
祈りは、皆の胸に届いた。
最後の音が空へ溶けた時、静寂が広場に降りた。
一瞬の後。
拍手が、熱波のように広場から駆け上った。
王座から立ち上がった国王が静かに言う。
「見事なり。これこそが、真の『星のしらべ』だ」
アニーカは蒼ざめて、譜面を握りつぶす。
だが彼女の手から紙片が舞い上がり、星明りに吸い込まれた。
舞台の裏で、泣き崩れそうになったシフォンヌを、ロアードがそっと抱きしめた。
「あなたの母上も、きっと今、星の中で聴いています」
「私、唄えましたね」
「ええ。世界で一番、美しい声でね」
シフォンヌの頬を伝う涙は、光を帯びていた。
ロアードは囁く。
「約束を、果たしてくれてありがとう。次は僕の願いを、聞いてくれますか?」
シフォンヌは頷く。
「あなたと奏でる音を、これからも聞き続けたい。作り続けていきたいのです」
瞳を開いたシフォンヌは、何度も頷く。
「はい。ずっと……」
その夜。
王都の空に降った星は、例年よりも眩しかったと言われている。
あたかも、音が光に変わったように。
祭りの夜が明けた。
王都は音楽の余韻に浸っている。
あちこちで人々は語り合う。
「星が降るようだった」「竪琴と笛の音が、天界の扉を開いたのだ」
そんな喧噪を離れて、シフォンヌは王都のはずれにある、古い礼拝堂を訪れた。
母がかつて歌い、祈りを捧げた場所である。
朝日がステンドグラスを透かして、礼拝堂の床を七色に染める。
シフォンヌは竪琴を膝に置き、弦を弾いた。
音が光とともに揺れる。
指が自然に旋律を紡ぐ。
まるで、母が導いてくれているようだ。
「お母さま……」
呟いた瞬間、シフォンヌの瞳から零れた涙が弦に落ち、不思議な響きを生み出した。
懐かしい声が聞こえる。
――泣かないで。あなたは、あなたのままで、いいのだから。
シフォンヌは目を閉じ、音を追いかけた。
音は風を呼び、風は祈りを運ぶ。
コトリ。
竪琴の裏版から、何かが落ちた。
拾い上げたら、古びた紙片が見えた。封筒だろうか。
封蝋には、母の紋章である、オルランス家の意匠が刻まれていた。
破らないように気をつけながら、シフォンヌは封を開いた。
小さな便箋に、短い言葉が綴られている。
母の文字だ。
――この歌を唄えるのは、愛を知る者だけ。それが『真実の星の「しらべ』
言葉のあとに、譜面が現れた。
星のいのりには、続きがあったのだ。
譜面を追いながら、シフォンヌはロアードに伝えたいと強く思った。
同日。
アニーカと叔父叔母の処分が、王宮より通達された。
音楽詳しくないもので、間違っていたら見逃してください(何
次回、ややざまあ、かも。




