第5話 試練
星しらべの祭りまで、あと二日となった。
王都の広場では舞台の設営が進み、街中が高揚感に包まれている。
王族も貴族も、平民たちも、この夜だけは身分を越えて一つになるからだ。
だが。
シフォンヌにとってその日の朝は、悪夢の続きの様に始まった。
王都の音楽院にある控室に入ると、使用人たちが騒いでいる。
部屋の中央には、竪琴の譜面が無造作に散らばっている。
「これ……どう、したの?」
シフォンヌが譜面を拾い上げると、それは彼女の手書きのものだった。
しかし、右下にあった署名には……。
アニーカの名があった。
『作曲者 アニーカ・オルランス』
一瞬のして、シフォンヌの全身が冷えた。
「そ、そんなはず、ないわ。これ、これは私の!」
シフォンヌが、掠れながらも精一杯声を出したその時、扉が勢いよく開いた。
アニーカが、数人の侍女を従えて入って来た。
「あらあら、何をそんなに慌てているの? シフォンヌ」
アニーカの唇には、薄い笑みが浮かぶ。
「これ、どうしてあなたの署名が……!」
アニーカは悠然と歩み寄り、譜面を一枚手に取る。
「それは、あなたがわたくしのために書いてくれた曲でしょう。『星の祈り』。わたくしの歌にぴったりだったじゃない?」
「ち、違うわ! これは、これはお母さまの歌を元に、私が!」
「証拠は?」
空気が凍る。
アニーカは勝ち誇ったように微笑む。
「あなた、貴族の正式な登録名義で、作曲の申請をしてないでしょう? だったら、あなたとわたくし、どちらが本当の作者なのかは、上の人が決めること」
その時、学院長と審査委員の使者がやって来た。
シフォンヌ嬢、あなたに盗作の疑いがかかっています。説明を」
シフォンヌの膝が、ガクガクしている。
話をしなければと焦るのに、声が出ない。
アニーカが、ここぞとばかり、ハラハラ涙を流す。
「わたくし、あなたを姉妹として労わってきたのに……。まさか、こんなことをするなんて」
芝居がかったアニーカの声。
それは周囲の人々の心を、十分に惑わせた。
冷たい視線がシフォンヌを刺す。
シフォンヌの力が抜けていく。
……どうしたら、いいのだろう。
その夜。
シフォンヌの部屋のドアを叩く音がする。
閉じこもっていたシフォンヌだったが、ドアを開ける。
「シフォンヌ!」
入って来るなりロアードは、彼女を抱きしめた。
思わず、シフォンヌは泣きそうになる。
「朝の出来事は聞きました。盗作なんて、誰がそんなことを信じるというのですか」
「でも、皆、信じてるの。アニーカの言葉を」
「それは知らないからだ。本当の音を」
ロアードが強い口調で言う。
「僕は知っている。あの旋律は、あなたの母上の祈りだと。祈りの歌を受け継いだのは、シフォンヌ、あなたなんだ。あの優しい息遣いは、誰にも真似できない」
ポロっと落ちた彼女の涙を、ロアードは指で拭く。
「明日、証明しましょう」
「証明……できるでしょうか……」
「ええ。本物の音は、必ず人の心に届きます。偽物の音は、空気が拒むのです」
誰も、信じてくれないと思っていた。
でも、彼は、彼だけは信じてくれている。
シフォンヌの体に、熱が生まれる。
でも。
「ちょっと、怖い」
「怖がってもいい。でも逃げないで。あなたの音は、あなた自身の証です」
ロアードはポケットから、銀の笛を取り出し、シフォンヌに握らせた。
「僕の、母の形見です。『音は嘘をつかない』と、教えてくれた人の……」
笛は月光を受けて、静かに輝いた。
盗作と変換しようとして、最初に出たのが「倒錯」だった……。




